見出し画像

短編小説:占い師


 僕のガール・フレンドは以下のようなことを伝えた。
①先日、占い師のもとを訪れた。
②友達と一緒だった。
 そして、僕がそんなおもしろそうなことについて口をはさむその前に、以下の二つをつけ加えた。
③私は、占いなんて興味ない。
④そのときは、友達についていっただけ。
 彼女は「こんな話したくなかったんだけど」というような顔をした。④について、「本当は行きたくなかったし、いつもなら断るところだったけど、その友達と遊んだのは久しぶりのことだったから、仕方なく、しぶしぶ、ついていっただけ」と、非常に重たく註をいいつけた。つまりこれは⑤となる。それで彼女は「やれやれ」という顔つきをしていた。そして彼女はその話をかってにおしまいにしてしまう。自分ではじめたくせに。

 あとになって、つまり、駅前のミスドまですたこらやってきて、二人してオールド・ファッションをかじり始めたときになって、僕は訊ねた。
「さっきの占いの話だけど、友達はともかく、君は結局占ってもらわなかったってこと?」
 彼女はその言葉がまるで聞こえなかったかのように平然としていた。まず、手元のオールド・ファッションをもうすこしかじった。もぐもぐとし、「おいしいわね、これ」と誰に伝えるまでもなくつぶやいた。そしてオールド・ファッションを皿に戻した。コーヒーを手に取り、ぐいっとかたむけてのんだ。
 それでそのカップを戻してからこう言った。
「いえ。私も占ってもらったわ」
「さっきあれだけ……」僕はそう言おうと試みる。
「ただ、占ってもらっただけ。ほんと、それだけ。べつにそれ以上なんでもないの。結果にも興味なんてわかなかったし。占い師って言っても、彼女は、そう女の人だったのだけど、元々フラダンスの先生だったそうだし」彼女は一口でそれだけを言い切る。そしてオールド・ファッションを指と指でもちあげる。
「へえ。フラダンスの先生だったんだ」と、僕。
「そうよ」と、彼女。「フラダンスの先生だったらしいのよ、元々」
「いまは占い師をやってるんだね」
 彼女はオールド・ファッションと合一しながらうなずく。
「それは、すごいことだよ。フラダンスの先生から占い師に転向するなんて、なかなか容易なことじゃないと思うな。僕は」
 彼女はコーヒーをのむ。
「でも、彼女は占い師でうまくやっていけてるの?」
「それがね、大人気なのよ。私たちが行ったときもほんとずらっと列ができるくらい人が並んでて、たぶん一時間くらいは待ってたわ」
「それはそれは」と、僕。「彼女には占いの才能があるんだね」
「それがね、占いについては大したことないのよ。私のときも当たり障りのないことばかりだったし」
「ふうん」
 僕はそのとき、外の道を行く見知らぬおばさんのことを見つめていて、もう彼女の話に集中できなくなっていた。外のおばさんは暑いようでだらだらと汗を流し、その両目は熟れ過ぎた果実のように垂れさがっていた。えりのよれた真っ赤なTシャツには「ルノー」の文字がプリントされていた。そしてそんなえりのところから、すこしずれた桃色のブラジャーと、熱を含んで白く膨らんだ両方の胸が、僕の、この僕に向かって、大きな感情を投げかけていた。
「ねえ、これっておいしいわよね?」
 僕はうなずいた。

 僕らはそれからレンタカー屋に行った。町の小さなレンタカー・ハウスだ。事務所の中でおやじはテレビをつけっぱにしていた。僕が「ルノーを借りたいんですけど」と言うと、「いいよ」と言った。
「いいよ。このご時世、誰もルノーなんて乗りたがらないから」

 僕らはルノーに乗ってしばしの間ドライブをした。町を回り、路地に抜けて、海辺に出た。海岸線にそってずっと行き、真っ白の病院の前をスピードを出したままで過ぎ行きた。
「ねえ」と彼女が口をひらいた。「私、結局平凡なことしか占ってもらえなかったわけ。仕事はよくなりますよ、とか。恋愛を持続させる努力をしたほうがいいですよ、とか」
「そうなんだ」
「ほかに……靴を買い替えなさいって言われたの。運勢がなんとかって」
「うん」

「ねえ、私の靴ってそんなに似合ってないかしら?」
「靴?」
「どうかしら」
「いいと思うよ」僕はハンドルを横に切りながらそうつげた。「君はいつもファッションのセンスがいいよ。いつも似合ってる」
「ほんと」と彼女はいった。
「うん」

 僕はそれから折り返した。真っ白な病院を横目に走り、海岸線に出た。白い浜で遊ぶ海鳥やカップルたちを過ぎ、ほこりをかぶった路地に入った。
 町に出ると夕焼けが迫っていた。しかし、それは長いこと空にはりついていた。ミスドの横をルノーが過ぎてもまだはりついていた。おやじにルノーの返還をしたあともまだそうだった。そして駅まで歩いて行き、そこで二人はわかれた。

 彼女はゲートを越えてから、僕を呼び止めた。
「ねえ! また来週もデートしましょう!」
 僕は手を振った。大きく、ぐんとうえのほうに両手をあげて。

 あとになって、それがイエスでもノーでもない、きちんとした返事でないことに気がついた。でももう電車は行ってしまっていた。しばらく待ってみたが、それが折り返してくることはなさそうに、すくなくとも僕にはそう思えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?