マガジンのカバー画像

おおにしひつじの小説

25
大西羊(onishi_hitsuji)の小説をまとめています。おもしろいのが書けてるとうれしいです。
運営しているクリエイター

2020年11月の記事一覧

掌編小説:人が死んだあと

掌編小説:人が死んだあと


――人は死んだあと、その魂が天国と地獄にわけられるという。それを聞いたとき、僕は地獄に落ちるだろうと思って一週間ばかり落ち込んでいた。

 この話を彼女にすると、彼女は天国と地獄の他に「あの世」の存在を僕に示した。シャワーを浴びたあと彼女は言った。
「天国か地獄にきっぱりと分けられる人間なんて、実際にはいないのよ。みんなそれぞれに天国的な性質と地獄的な性質の両方を抱えているのよ。その程度が人に

もっとみる
短編小説:愛せないこと

短編小説:愛せないこと

「おぼえてる? ねえ。二人でトイザらスに行ったときのこと」
 娘がからかうようにそう言ったのを聞いて、母は皿洗いの手を止めた。「いま、なんて?」
「トイザらスのことよ」
 娘はそう言う。ついさっきまで笑っていたのに、いまではもうテレビに見入っていた。母はキッチン越しにその姿を見た。娘はソファに横たわっていた。
「トイザらスのことねえ」
 母はまた手を動かしはじめる。流れで切るように皿を回し、ごしご

もっとみる
夢の話:除草剤

夢の話:除草剤

 そこは厳密な空間だった。暗いトーンの青が部屋中に張り巡らされていた。われわれはその青いソファにかけた。いくらか緊張していた。ソファにかけてしまったのは、向かいに座る彼がそうするよう勧めたからだ。座ってから、その空間と同じような沈黙が流れていた。それは気分を悪くする静けさだった。われわれは――三人組だった――みながみな緊張しきってしまっていた。誰も話しはじめることはおろか、声を出すこともままならな

もっとみる
短編小説:寺院

短編小説:寺院

「なあ」
「なあ?」
「ん……なあに?」僕が呼びかけると、その小ぶりな影がこちらに向き直る。
「ダンスはどうだい?」
 彼女は甘ったるい声で「うーん」と唸ってみせる。考えるふりをしながら、この暗いフロアのなかで僕の両目を探している。緑色の艶やかな瞳が僕に向けられる。そして、彼女は僕に触れる。
「うーん……どうしようかな? ふふっ……」
 彼女はまたも甘ったるい声でそう言う。僕の身体に彼女の手がふれ

もっとみる
短編小説:男女の楽しむ明るい砂浜

短編小説:男女の楽しむ明るい砂浜

 籐のベッドに腰掛けたとき、奥のところできゅっと小さな音が鳴った。僕はそれが気に入ってしまって、彼女に音の話をする。一度立ち上がり、籐のフレームが膨らんできたあとになって、今度は一緒に腰掛けた。ベッドの深くから小鳥のさえずりのような響きがあって、おもわず二人で笑ってしまう。
「素敵なベッドね」彼女はにっこりとしてそう言う。今度はその白い太ももに手をかけてみる。彼女は僕にうっとりと笑みを向けて返す。

もっとみる
掌編小説:バビロン・シスターズ

掌編小説:バビロン・シスターズ

 バビロンの街は、正方形の建物でつくられていた。ごく正確に縦横の長さが定められ、民家だけでなく、役所も、肉屋でさえまったくの正方形であり、四角の建築だった。日干しレンガの壁は青で統一され、薄い青から濃い青へ、グラデーションのようにして彩っていた。そんな風景がバビロンの丘を埋め尽くしていた。対岸の港から眺めたときには、虫の巣のように見えた。あるいは、大西洋を横断するアカエイの群れのようだった。
 ニ

もっとみる
短編小説:HALLOWEEN SALES

短編小説:HALLOWEEN SALES


 消防署があった。それは、すごおく大きな消防署にみえる。かれは「いや」と思う。「まえの町もこんなじゃなかったっけな?」と、思う。右手にずっしりとした石造りの門があり、左手にシャッターと、そのガレージがある。ガレージはとても広い。かれは門のほうへ、ちょこっと首を伸ばしてみる。さっぱりとひらけた砂地があり、左奥にクリアな自動ドアがみえる。
 砂地では男たちがひまをしてみえる。じっと、目を凝らしてみ

もっとみる