勇者でもなんでもないボクが、一人で危険な旅に出る話(8)

「おかえり。遅かったな。」

帰るなり、父さんはいつものように迎えてくれた。
――と言っても、ボクの本当の父じゃない。

詳しいことは知らないけれど、
ボクは幼い頃にこの人に拾われて、育てられたらしい。
独り身だし、あんまり働かない人だし、何より貧乏で根暗で清潔感がない。
ただ、笑顔が優しいことだけが、取り柄のような人だった。

「うん、ちょっと寄り道してて。」
「そうか――。」

ボクに向けられる笑顔は、本当に優しいし安心する。
ゆっくりとした口調は、街の中にいる時のような時間を忘れさせてくれる。
だけれどボクたちの生活は、街で見るフツウの生活とは、色んなことが違っていた。

ものすごく古い、木で出来た小さな家。手入れなんて全くしていないから、押したらいまにも倒れそうなほどボロボロなのに、今でも何とかその形を保っている。
ボクは半年前、15歳の誕生日まで、この家から一歩も外に出たことが無かった。
父さんもほとんど家から出ない。買い物にもろくに行かず、ご飯は質素なものばかり。朝起きて、ボーっとして、ご飯を食べて、ボーっとして、寝る。毎日がその繰り返し。
だからあの日、ボクを買い物に連れて行ってくれたことは、もの凄く刺激的なことだった。

「少しだけ待ってて。今から晩ご飯作るから。」
「あぁ――。ありがとう。」

そう言ってボクは、奥にあるキッチンへと向かった。
いつも通り。そう自分に言い聞かせて。

「――カナタ。」
「ん、なに?」

あまりにもタイミングの良い声かけに、ドキっとする。

ボクが珍しく大きな鞄を背負っていることや、買い物の袋が大きいことに気付いていたのだろうか。ボクが帰りに立ち寄った場所で、緑色の亜人バラモクさんや、喋る剣に出会った、あの夢のような体験をしたことを、何か、気付いたのだろうか。

「今日、誰に会ったんだ。」

見透かされたような質問、返答に迷う。

「――いつものアンナさんだよ。」
「そうか――。他には。」
「……。」

思わず口ごもってしまう。まさか、あの武器屋に行ったとも言えないし、亜人や剣と話していただなんて信じてもらえない。そもそも、半年前に旅人さんに会ったことさえ、言っていないのだから。

「そうか――。」

沈黙で何かを察したかのように、父さんはまた、黙りこくってしまった。

父さんごめん。
なんだか騙しているようで心苦しいけれど、しっかりとボクの言葉で話せるようになったら話すから。
それまでもうちょっとだけ、待っていて欲しいんだ。

折角作った晩ご飯は、あまり二人の喉を通らなかった。

(9)へつづく。

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