結城一縷

ゆうきいちる

結城一縷

ゆうきいちる

最近の記事

梅雨と二十九

 蛙の鳴き声がカーテン越しに聞こえる。少し湿度の高い七月の夜、小さな部屋で聞くその声は、私にとってはちっとも騒音ではない。むしろ少年時代を思い起こさせるような、ノスタルジックな歌声である。  あの頃の私は臆病だった。知らない世界が怖くて、知らない未来が怖かった。三つ子の魂百まで、と言われるように、今も昔も私の本質は変わっていないのだろうけれど。  それから数十年の時が流れた。まもなく三十歳の私は、小さな会社の社長を務めながら、実家で母と暮らしている。 ◆  四歳から十八歳

    • 【読む旅路👣】日本の世界遺産(ほぼ)踏破してみた!〈後編〉

      【読む旅路👣】日本の世界遺産(ほぼ)踏破してみた!〈中編〉はこちら↓ (17)富士山-信仰の対象と芸術の源泉[2013年記載] 種別…文化遺産 構成資産 ・富士山域〈山梨県富士河口湖町など〉◎ ・富士山本宮浅間大社〈静岡県富士宮市〉 ・山宮浅間神社〈静岡県富士宮市〉 ・村山浅間神社〈静岡県富士宮市〉 ・須山浅間神社〈静岡県裾野市〉 ・冨士浅間神社〈静岡県小山町〉 ・河口浅間神社〈山梨県富士河口湖町〉 ・冨士御室浅間神社〈山梨県富士河口湖町〉 ・御師住宅(旧外川家住宅)〈山

      • 【読む旅路👣】日本の世界遺産(ほぼ)踏破してみた!〈中編〉

        【読む旅路👣】日本の世界遺産(ほぼ)踏破してみた!〈前編〉はこちら↓ (9)古都奈良の文化財[1998年記載] 種別…文化遺産 構成遺産 ・東大寺〈奈良県奈良市〉◎ ・興福寺〈奈良県奈良市〉 ・春日大社〈奈良県奈良市〉◎ ・春日山原始林〈奈良県奈良市〉 ・元興寺〈奈良県奈良市〉 ・薬師寺〈奈良県奈良市〉◎ ・唐招提寺〈奈良県奈良市〉◎ ・平城宮跡〈奈良県奈良市〉◎ 日本の古都といえば京都が取り沙汰されがちな分、奈良は思ったより巡りやすいうえに、さらなる歴史の重みを感じる

        • 【読む旅路👣】日本の世界遺産(ほぼ)踏破してみた!〈前編〉

          現在、世界遺産は全部で何件登録されているかご存知だろうか。その総数は1,199件に上り、今後も世界遺産登録に向けた取り組みは全世界各地で行われていくと思われる。 そのうち、日本の世界遺産は25件。これだけ見ると少ないように思えるが、登録件数ランキングで日本は11位に位置しており、アジアでは中国、インド、イランに次いで4番目の件数となっている。 私は1年4か月にわたって日本一周をしたことがある。その旅路を振り返ってみれば、全25件のうち23件、92%の世界遺産を網羅していた。

        梅雨と二十九

          【読む旅路👣】すみっコさがし

          昨年2023年、北海道最北端の稚内を観光していた際にこんなキャンペーンのポスターを見かけた。 \すみっコと一緒にまちを盛り上げたい/ すみっこまちコラボ すみっコとは「すみっコぐらし」のキャラクターである。「すみっこにいるとなぜかおちつくということがありませんか?」というコンセプトのもと、「しろくま」「とんかつ」「ぺんぎん?」など、様々な可愛らしい(少し卑屈な)キャラクターが揃っている。 こうしたポップなキャラクターをすみっこまちのプロモーションに起用するのは、なかなか興

          【読む旅路👣】すみっコさがし

          【読む食事🍽️】島国DNA

          打首獄門同好会というバンドをご存知だろうか。このいかつい名前から想像される通り、このバンドはラウドロックを主軸とした楽曲をリリースしている。 しかしそれはただのラウドロックではない。百聞は一見に如かず、とにかく打首(バンド略称)の代表曲を聴いてみよう。 ま・ぐ・ろ! ま・ぐ・ろ! ま・ぐ・ろ・の・さ・し・み! こんな三三七拍子から始まる『島国DNA』は、「我々日本人は魚好き」ということをひたすら歌い続ける、あまりにも共感性の高い楽曲である。このように打首は「生活密着型ラウ

          【読む食事🍽️】島国DNA

          【読む湯治♨️】ユニーク湯に行く

          温泉に求めるものとは何だろうか。それは一般的には「癒し」だと思う。喧騒から解放され、ゆったりする時間は何にも代え難い。この場合想像されがちなのは、温泉宿に宿泊し、一日の終わりに湯船に浸かるひとときだろう。 一方で、温泉に「刺激」を求めるという選択肢はあまり思い浮かべられないのではないだろうか。しかし実は、自然と戯れるアクティビティやアトラクションで楽しむテーマパークに匹敵するほどのポテンシャルが、温泉にはある。そこでは唯一無二の体験ができる「ユニーク湯」が待っている。 私は1

          【読む湯治♨️】ユニーク湯に行く

          【与那国島】雲と原付

           日本最西端の港で揺蕩っている。  与那国島における船の玄関口・久部良(くぶら)港にフェリーよなくにが入港してから、10分ほどが経過していた。最果ての地を目の前にして、早くその地を踏みたいと昂る私の思いをよそに、船のタラップがなかなかやって来ない。為す術もなく、静かに揺られながら待っていると、やっとフェリーの職員さんが来て、ゆっくりとタラップを下船口に接続した。  フェリーを降りて、港の近くにあるレンタルバイク店で原付を借り、予約してあるゲストハウスへと走らせる。ヘルメットが

          【与那国島】雲と原付

          【富良野】香りのしおり

           6月半ばの富良野は、ラベンダー畑を堪能するには少し早いようだった。伸びすぎた芝生のようにも見える畑は、近づいてその一本一本を見てみると、その先端に細長い紫色の蕾をつけている。このラベンダー畑が紫色の絨毯となるのは、おそらく7月に入ってからだろう。それでも、ラベンダー畑の向こうにだだっ広い農地が広がり、その向こうに十勝岳連峰が構えている風景は、北海道の雄大さを代表するような、他では見られない情景だった。  ファーム富田は、中富良野町にある巨大な農園である。ラベンダーのシーズ

          【富良野】香りのしおり

          【能登】狼煙の残響

           「狼煙」の文字が青看板に現れるようになれば、目的地まではもうすぐである。海原を右手に見下ろしながら、曲がりくねった道を進んでいくと、その先には「道の駅 狼煙」が待ち構えている。こここそが、能登半島の最果ての地――の一歩手前である。  車を降りて駐車場を突っ切ると、「禄剛崎はこちら」という案内が出ている。案内の先は割と急な上り坂の遊歩道になっていて、その坂を越えた先に、本当の最果てがある。それが禄剛崎(ろっこうざき)灯台という、断崖の上に立つ白亜の灯台である。  灯台の正面に

          【能登】狼煙の残響

          【境港】妖怪が消える前に

           私はいつも妖怪を携えながら旅をしている。その妖怪は私のショルダーバッグに住んでいる。名前は目玉おやじ、鬼太郎の父である。  2022年2月、2泊3日の山陰旅行で最終日に境港を訪れたのだが、そのとき目玉おやじのショルダーバッグに出会った。普段キャラクターものを手にすることはないのだが、その妙な親しみやすさにときめきを覚えてしまった。その心の動きに従って、私は持ち物に目玉おやじを迎え入れた。  その後の日本一周の旅でも、他のショルダーバッグを試してみたのだが、サイズ感や使い勝手

          【境港】妖怪が消える前に

          【青島】日本のひなた

           最も神々しい都道府県とはどこでしょう、という問いがあったとすれば、その答えの一つは間違いなく宮崎県である。なぜなら宮崎県は神話の里であり、特に高千穂といえば、天照大御神の天岩戸伝説や瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の降臨といった「日本の始まり」の舞台となっているからである。また、他にも初代天皇・神武天皇を祀る宮崎神宮、神武天皇の父君・ウガヤフキアエズノミコトを祀る鵜戸神宮、ウガヤフキアエズノミコトの父君(瓊瓊杵尊の息子)・山幸彦を祀る青島神社と、天皇家にも通ずる神々を主祭神とした

          【青島】日本のひなた

          【室戸】あの夏の啓示

           夕日が水平線に吸い込まれていく。空と海との境目が茜色に染まっていく。今日という日のクライマックスが、この高台からはよく見渡せた。  左側に目をやると、ずんぐりむっくりとした室戸岬灯台が立っている。その手前で、一組のカップルがこのロマンチックな光景に見入っている。室戸岬は恋人の聖地だそうだから、まさに二人にとっては素敵な聖地巡礼ということになる。  二人きりの空間を邪魔するのは忍びないので、基本的にカップルと居合わせたときは、私はできるだけ早めにその場を去るようにしている。し

          【室戸】あの夏の啓示

          【白浜】甲冑と龕灯

           2022年11月26日。今日の南紀白浜は曇り時々雨だった。  ぱっとしない天気の中、私は名勝・三段壁(さんだんべき)に足を運んだ。崖の上からは、入り江を挟んだ向こう側の崖が見える。解説によればこの崖は海蝕崖、つまり波に削られて現在の断崖絶壁となったそうだ。こういう崖を見ると、いつもその迫力に圧倒されると同時に、海が持つ想像以上の力に畏怖を覚える。  さらにこの海蝕崖は一味違う。というのも、崖の下は海に削られすぎて窪み、海蝕洞となっているのだ。この三段壁洞窟にはエレベーターで

          【白浜】甲冑と龕灯

          【韮山】溶鉱炉の守り人

           私は「守る」という言葉が嫌いだ。これほど言うは易く行うは難いことはない。一生君を守るから、と言ってそれを成し遂げた人が果たしてどれほどいるかもわからなければ、災害から地域を守ろう、と打ち出した対策を自然の脅威はいとも簡単に呑み込んでいく。だからこそ私は、目の前にある4本の煉瓦造りの煙突が今もここにあることに、畏敬の念を覚える。その建造物の名を、韮山反射炉という。 *  19世紀は自由貿易の時代だった。欧米諸国は偏西風の季節になると、帆掛け船で風に乗り、アジアへとやって来

          【韮山】溶鉱炉の守り人

          【那須】おじさんは温泉でヒーローになる

           栃木県・那須湯本温泉の一角を占める「鹿の湯」。よもやここである「戦い」が行われていようとは、私は思いもしなかった。  この温泉はとにかくユニークである。浴場に入ると、まず足湯のような細長い湯船が待っている。しかしこれは浸かるためのものではない。「かぶり湯」と言って、ひしゃくで頭にそのお湯を被るのだ。郷に入っては郷に従え、私も隣の年配の方に倣って試してみたが、かなりお湯が熱い。それもそうだ、湯船の傍にある木の札に「かぶり湯 48℃」と書いてある。しかしこの温泉への入り方を見

          【那須】おじさんは温泉でヒーローになる