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【青島】日本のひなた

執筆日…2023/1/18
この旅行記は、筆者が2022年7月〜2023年10月にかけて日本一周していた際に執筆したものです。

 最も神々しい都道府県とはどこでしょう、という問いがあったとすれば、その答えの一つは間違いなく宮崎県である。なぜなら宮崎県は神話の里であり、特に高千穂といえば、天照大御神の天岩戸伝説や瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の降臨といった「日本の始まり」の舞台となっているからである。また、他にも初代天皇・神武天皇を祀る宮崎神宮、神武天皇の父君・ウガヤフキアエズノミコトを祀る鵜戸神宮、ウガヤフキアエズノミコトの父君(瓊瓊杵尊の息子)・山幸彦を祀る青島神社と、天皇家にも通ずる神々を主祭神とした神社は多い。
 神々が渋滞してきたので、一度家系図を整理してみよう。そもそも古事記や日本書紀といった歴史的書物に既に著されているこれらの神話は、物語として見るならばキャラクター設定が割としっかりしている。というのも、あくまでも私が知る限り、何代にもわたって家系図が必要になるレベルの物語はあまりないからである。
 神々の家系図はこちら( https://kamijisya.co.jp/story/genealogy/index.html )がわかりやすいが、宮崎県における神話では以下を押さえておけば問題ないだろう。

①伊弉諾命(イザナギノミコト):天照大御神の父君
②天照大御神:瓊瓊杵尊の祖母
③瓊瓊杵尊:山幸彦(※1)、火須勢理命(ホスセリノミコト)、海幸彦の父君
④山幸彦:鸕鷀草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)の父君
⑤鸕鷀草葺不合尊:神武天皇の父君

 神々を覚えていると何が良いかというと、神社への親しみが湧くことである。ここにはこの神様がおわすのだと思うと、まさに聖地巡礼(原義)をしている気持ちになる。
 そんなわけで、私は聖地の一つ、青島に足を運んでいる。

 青島は比較的訪れやすい島である。宮崎駅から青島駅までは30分程度。青島と本土は橋で繋がっているので、青島駅を降りれば歩いて行くことができる。
 青島は訪れやすい島だが、神秘的な島でもある。小さな島の中央部はこんもりとビロウジュの森に覆われ、その周りを砂浜が、さらにその周りを「鬼の洗濯岩」が囲んでいる。厳密には、鬼の洗濯岩は隆起海床の波蝕痕で、砂岩・泥岩の堅さの違いにより凹凸が生じたそうだが、それにしても不思議なほど規則的な見た目をしている。そういうデザインです、と言われれば、ややもすると信じかねない。
 鳥居を潜ればその先は本殿である。本殿は朱色を基調としているが、切妻の部分だけが鮮やかな橙色になっている。ちょっとした色の違いだが、目の前にしてみるととても印象的である。ところどころにある菊花紋章にも、格式の高さを感じる。
 本殿の横を通り抜けると、そこにはビロウジュの森が広がっている。神社の境内に突然ジャングルが広がるのは不思議な光景だが、これこそが青島神社の核である。なぜなら、この森の中央には、元宮と呼ばれる比較的小さな社が鎮座しているからである。まるで、森が神を宿しているかのようだった。

 人は何に神様を見るのだろう。私は砂浜を踏み締めながら、どこか遠くへ思いを馳せる。実はこの島は貝殻の堆積によってできた島なので、足元に広がる砂は貝殻の原形が残っている。こうした儚い清らかさにも、神様の存在を感じうるかもしれないし、ビロウジュの森に覆われた島というのも、どこか異世界のような妖しさがある。
 しかしこの感覚は日本ならではかもしれない。ここまで「神様」と呼んできたのは、伊弉諾命を始め、あくまでも神道の範疇である。それでは神道とは何か。一言で言えば、「動物や植物その他生命のないもの、例えば岩や滝にまでも神や神聖なものの存在を認めるいわゆるアニミズム(精霊信仰)的な宗教(※2)」である。八百万の神々、という発想はこれに由来していて、ある意味日本という文化圏では、神様はどんな場所にでも見出すことができる。
 特にシンボリックな山や海には、鳥居が立っていることが多い。例えば瓊瓊杵尊を祀る霧島神宮も、霊峰とされる霧島山に位置しているし、鵜戸神宮も海のすぐ側、海蝕洞の中に本殿が建てられている。青島のような美しい島が崇められるのも、自然なことのように思える。

 そして21世紀も四半世紀が過ぎようとしており、時の流れが指数関数的に速くなっていくように感じる今でも、日本で生きる人々の多くは、「なんとなく」わざわざ神社を訪れ、その度に作法を思い出しながら参拝する。土日や長期休みになれば、老若男女が集って神社は混み合い、眼前に広がる山や海の風景を見て、「凄い」という言葉が素直に口をついて出てくる。
 このなんとなく、というのが重要で、それほど市井の人々には神道が浸透しているということがわかる。旅は孤独だが、目の前の風景に感動しているのが自分だけではなく、特に同世代かそれより若い人たちもこぞって絶景を写真に収めようとしているのを見ると、少し安堵するときがある。
 青島を去り、海沿いの道を歩いていく。太陽に暖められた冬は、そこまで寒くはない。さすがは日本の日向(ひなた)・宮崎県。天岩戸に、彼女はもういない。



※1…古事記においては「火遠理命(ホオリノミコト)」、日本書紀では「彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)」と記されている。
※2…「神道とは何か?」神道国際学会 http://www.shinto.org/wordjp/?page_id=2

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