マガジンのカバー画像

グリッチ 一章

22
終末的近未来大災害冒険ファンタジー小説『グリッチ』を連載します。
運営しているクリエイター

#海

グリッチ (15)

 翌朝、空が白み始める前に、足音を忍ばせて宿泊棟から抜け出し、農地のはずれまで行った。月明かりだけが頼りだが、幸い半月で、山の闇に慣れた俺の目には、十分な明るさだった。

 三角形に切り開かれた農地の端の、山道が始まる辺りは、切り株が多く、ぬかるんだ土砂に足を取られ、転びそうになった。この辺りは開墾しようとして諦めたのか、あるいは今、開墾作業の途中なのかと思いながら、そこを通り過ぎ、少し先で、茂み

もっとみる

グリッチ (16)

 深雪が落ち着いたところで、俺は深雪の目を覗き込み、頬を拭い、そのまま唇を奪いたい衝動に駆られた。が、思いとどまった。そういうことをするために来たのではない。

 深雪は目に涙を溜め、睨み返してきた。

「こういうことになっちゃうから、だめなんだよ」

涙声で深雪は言い、俺を突き飛ばすように身体を離した。

「たっちゃん、お願いだから、わたしに構わないで。辛くなるだけだよ」

走るように山道を歩き

もっとみる

グリッチ (17)

 この日俺は、滝本さんの担当の区画で、カミキリムシを集め、隣の区画にも行ってカミキリムシを集め、そうこうするうちに、飛脚のアントニーが農民のための弁当を運んで来たので、農民の皆さんに弁当を配るついでに、カミキリムシを袋か籠に集めるように布令回ってもらった。

 俺の分の弁当は当然無かったので、一旦、宿泊棟の食堂に一人で戻り、午後もまた、農地を回って雑草抜きを手伝いながら、ひたすらカミキリムシを集め

もっとみる

グリッチ (18)

 午後も、やはり穴掘りだった。息を切らしてスコップで固い地面を掘りながら、

「親衛隊って名前さ、変えたらどうだ」

と望月に聞いた。

「じゃあ、穴掘り隊にするか。ちょっと語弊があるだろ」

「よくそういうしょうもないジョークを思いつくよなあ」

「穴掘って入り隊の方がいいかもな」

俺は笑い出して腕に力が入らなくなってしまった。スコップに寄りかかってへらへら笑っていると、鞄を持った男がやって来

もっとみる

グリッチ (19)

 「向こうの端まで行きましょう」

と、のんぺいが言い、連れ立って浜辺を歩き始めた。陽はもう大分傾き、もうすぐ夕陽が見える時刻だが、この島の西側は本州の陸地なので、海に沈む夕陽を拝む事はできない。浜にはもう、誰も居なかった。

「万里亜ちゃんを振ったそうですね」

いきなり言われ、俺は立ち止まった。

「なんで知ってるんだ」

「万里亜ちゃんが、いろんな人に話して、嘆いているの聞いたから」

なん

もっとみる

グリッチ (20)

 俺は憮然として、海を眺めた。再び見ることが叶うとは思いも寄らなかった青い海だ。戦争が始まる前に見たことのある湘南の海と比べても、更に美しい青い海だ。この美しい海に囲まれた何不自由ない島に暮らして、俺は、望みの叶わない人生に不満を抱いている。この海の美しさは、一体何のために、誰のためにあるのだろうか。

 そんなに何もかも知っているなら、俺の家族は生きているのか、死んだのか、教えてくれ。俺は深雪と

もっとみる

グリッチ (21)

 そういうわけで、翌日、伝令係で飛脚のアントニーが俺のところにやってきて、師匠が呼んでいると告げた。

 師匠は桟橋で待っていた。誰にも聞かれずに俺と話をしたいのだろうから、何の話か、すぐに想像がついた。案の定、

「信行のことなんだが」

と切り出され、俺は困り果てた。のんぺいと「恋仲」になった本当の理由を話せば、そちらの方が遥かに大問題なのだ。この場面をどうやって切り抜けようかと思案していると

もっとみる

グリッチ (22)

 深雪は俺のベッドに乗り、俺のすぐ横に座っているらしい。柔らかい手が俺の頭を抱き寄せ、額の汗を拭い、首や肩を何度も撫でさすった。

「深雪、どうして、ここに居る?」

「わたしは、行きたいとこに、いつでも行けるから」

俺に会いに、夜中に跳んで来たということだった。それなのに、みっともないところを見せてしまった。俺は、大声で母を呼んだのだろうか。

 俺の息が落ち着くまで、深雪は、俺の額に何度も唇

もっとみる