マガジンのカバー画像

グリッチ 一章

22
終末的近未来大災害冒険ファンタジー小説『グリッチ』を連載します。
運営しているクリエイター

#冒険

グリッチ (1)

                                             

 三年前の五月二日、巨大な新生物が地球に大発生し、俺たちの知っていた世界は終わった。以来、俺たちは、蠍戦争の時代を生きている。

 便宜上、「蠍」と呼んでいるが、奴らは蠍ではない。 

 「戦争」と呼んでいるが、これは戦争ではない。

一章、夏

 それは、最後に残った政を亡くした四日後だったと思う。その

もっとみる

グリッチ (2)

深雪は、俺の動き回る気配に振り向いた。寝ていたのではなかったらしい。月明かりのせいか、深雪の顔は酷く青白く、頬がこけ、目の周りが黒ずみ、死人のようだった。その目が潤んでいるのは、やはり泣きべそをかいていたのか、あるいは熱のためなのか。深雪の生気のない顔に俺は驚いたが、深雪は口の端をわずかに歪めて力なく微笑んだ。

「目、覚めたの、たっちゃん」

「うん」

 俺たちは無言で見つめ合った。互いに

もっとみる

グリッチ (3)

深雪の父は、今時珍しく自宅の一部を道場にしている剣の達人で、錬士七段の称号段位を持ち、自宅や市民体育館や警察署で剣道を教える傍ら、古物商を営み、何本もの真剣を自宅に持っていた。だから生き延びたのだ。戦争が始まった時、何よりも必要だったのは、真剣だった。蠍の鉤爪や毒針や吸い針のついた肢を切り落とすのが、最も効率的な戦闘法だからだ。

 蠍は、爪と針を切り落としてしまえば、図体ばかり大きくて攻撃力はな

もっとみる

グリッチ (4)

 外の廊下から、こつんこつんと規則的に床を叩く音が聞こえてきたのは、その時だった。聞き覚えのある音だったが、いつ、どういう状況で聞いたのか、すぐには思い出せなかった。戸口に、ひょろりと背の高い若者が立った。顔を見れば、深雪の弟であることは一目瞭然だ。深雪と同じ目をしているというよりも、ほぼ同じ顔をしている。深雪よりも三年下だから、十七くらいだ。深雪の顔を縦に伸ばしたような、まだ、もしかしたら女にも

もっとみる

グリッチ (5)

 俺たちは、温泉リゾートホテルの豪華なタイル貼りのロビーエリアを抜け、無人のフロントデスク前を通り過ぎ、外に出て、元は庭園だったと思われる菜園を抜け、海辺から続く遊歩道を陸側に進み、宿泊棟脇の井戸端に来た。望月が、髭を当たってやると言ってくれたのだ。

 髪と髭は箱根の山中でも、鋏で切っていた。洗顔や洗髪は雨水でしていたから、清潔に保つにはできるだけ短くしなければならなかったが、カミソリは無かった

もっとみる

グリッチ (6)

 深雪が物資の調達係を引き受けてからというもの、この島の住人はもう、本土に上陸して蠍と闘う必要もなくなったという。しかし初めの一年余りは、調達部隊というものがあり、手漕ぎの舟で本土に渡り、命がけで上陸していた。望月を隊長として、足が早く剣の腕の立つ者七人で調達をしていたが、そのやり方をやめたのは、のんぺいが怪我をしたからだった。

 当初、調達部隊は、一人を舟の見張りに立て、六人が上陸地点から一番

もっとみる

グリッチ (7)

 元々、この島に行こうと言い出したのは、のんぺいだったという。小田原の町道場を根城に町内の生き残りが寄り集まり、蠍と闘いながら暮らしていた頃、のんぺいが、港に行って漁師を仲間にし、漁船を手に入れ、蠍の居ない小島に逃れようと言い出した。その島には、基本的に生活できる設備がすべて整い、水源もある、とも言った。

「なんでそんなことを知っているかと聞くと、インターネットで読んだと言うんだな。当時はもうネ

もっとみる