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どの立場が物申してるのか

 「線引き」っての大切なんだよなぁ、と思うわけですよ。言い換えると、立場に合わせて「距離感」をどう調整していくかっていう話で、どここまで踏み込んで物を言うかっていう葛藤について。

 同じ人を相手にするにも「友達」として付き合うのか、「上司/部下」あるいは「発注/受注者」の意識で付き合っていくのとでは、ことばの投げ方や立ち振る舞いもだいぶ変わってくる。

 友達としてなら許せるけど、仕事の付き合いとしては許しがたいこともあって、言わなければいけないことを関係性上ちゃんと口にしないといけないこともある。「友達だから」と言ってなあなあにしてしまっては良くない。もちろん、逆に仕事だと許せるけど、友達としては許せないこともあるのかもしれない。

 まあつまりは、立場が物を言わせてしまうことはある。個人としては良いけど、法人(組織)としては良くない。友達としては面白がれるけど、一緒にプロジェクトを進めるメンバーとしてはふさわしくない。恋人や家族なら言えることでも、同僚としてはツッコミにくい。みたいことは、いくらでもある。

 思うに、大人というのは、その相手の立場ってのを察したうえでことばを投げ立ち振る舞いを観察することで、その世知辛い葛藤を飲み込んだうえで、自分ができる最善を尽くすことなんじゃないか。相手の”分人性”を理解し、自分を”分人性”をTPOに合わせてうまく振り分けていけること。

法人格でプロジェクトに挑むときは、「みんなでやっていこう」の気持ちなんで、個人格でのこだわりは出さないようにしてます。手放せるものがすごい増えたというか。そういう個人と法人の人格の切り替えで、自分の役割意識の棲み分けもできてきましたね。

 あとはあれだ、関係性によって、「もっと距離を縮めたいかもな」と思うものあれば、「いやいや、これ以上は距離を縮めたくないぜ」と思うのもあるし、それに加え、相手が意図する距離感ってのもあるので、ああ、人間関係ってのはめんどせえな&おもしろいなと思うわけです。


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