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短編小説『夢のつづき』

夢はまだ続きます。

泥の中に埋もれそうになっているワタシ。

最後に現れたのが、オトーサンです。

オトーサンは、死んだ本当のお父さんの代わりに、神様が出合わせてくれた運命の人です。

オトーサンは、悲しそうな顔している。

目には、溢れんばかりに涙が溜まっている。

オトーサンが、私を助け出そうとして、手を差し伸べた。

でも、泥の中に埋まってしまっていて、手を動かすことも出来ない。

「オトーサン、助けて」

叫ぼうとしても、口も泥の中に埋まってしまっている。

ああ、目も泥の中に埋まってしまう。

オトーサンのとても悲しい顔が大写しになって、そして真っ暗になってしまった。

冷たい泥の中を何かに引きずり込まれるように、下へ下へと落ちてゆく。

どこまでも、墜ちてゆく。

暫くすると、息苦しさも、泥の冷たさも何も感じなくなってきた。

同時に、苦しみも段々と取れてゆくような気がしてきた。

苦しみが、取れるにつれて、ヤマギシ君やお父さん、オトーサンの記憶もなくなってくる。

もう何も思い出せない。

全身が暖かくなってきた。

早春の日差しの様な暖かさに包まれている。

指先が、足の指が、動く。

動くことが出来るのが分かると、私は全身を伸ばそうとはせずに、手足を折り曲げた。

背筋も折り曲げて、手足を抱え込むようにして、小さな塊となった。

その周りを真綿の様な柔らかくてふわふわしたベールに包まれた。

暖かくて、その中に包まれていると、すごく心地いい。

優しくリズムを刻む、どこかで聞いたことのあるような音楽が流れている。

私はずっとこのまま、そこにいたかった。

過去のない世界で、優しさに包まれながら、懐かしい音楽を聞いていたかった。

私は、ずっと以前から、そこにいたような気がしていた。

ずっとこのままでいたい。

しばらくすると身体が、急に熱くなってきた。

懐かしい音楽は、いつの間にか止んで、全身に響くような大太鼓の音が、聞こえてくる。

その音は、規則正しくて、段々と大きくなって行く毎に、私の身体は熱くなって行く。

私の身体が、不規則に回転してゆく。

そして何かに吸い込まれるように、昇って行く。

何処までも、昇って行く。

すごく気持ちいい。

高原の朝日よりも、もっと清々しい光が、私を覆うベールをすり抜けて入ってくる。

私は止まった。

すごく高いところまで来たと思う。

期待に溢れ出た私は、そのベールの外に出たいと思った。

その途端に、そのベールが綺麗に縦に線を入れたように割れて、眩しい光が入ってきた。

眩しくて目を開けられない。

誰かが、丁寧にそのベールをはがして行ってくれる。

私の折り曲げた腕を優しく伸ばしてくれる。

握りしめた指を丁寧に一本ずつ拡げてくれる。

眩しいけれど、お礼が言いたくて、恐る恐る目を開けてみた。

そこには、私の知らない男の人の顔があった。

誰なのだろう。

「お礼を言わない」と思った瞬間、目が覚めた。

夢の中では、その顔は鮮明に覚えたはずなのに、目が覚めてみると思い出せない。

夢の中であっても、誰か私を救い出してくれる人がいるのだと思うと、何だか勇気が湧いてきた。

今日一日、前向きに過ごそう。

私は、そう誓った。


https://note.com/okouchi340045/n/n33ee14fa9bdc4

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