短編小説『沈んでゆく私を助けて欲しい!』
寂しさと虚しさで過ごした日、夢を見た。
はっきりと覚えているので、多分朝方に見た夢だと思う。
私は、気が付くと高校生頃に戻っていた。
私は、ずっと続く一本道を歩いていた。
それは何処までも、真っ直ぐに続いていた。
私は、ひたすら歩き続けた。
よく見ると、ずっと先に米粒みたいな黒い点が見える。
私は、ずっと先の黒い点に追いつこうと必死に早足で歩いた。
黒い点が段々と大きくなる。
黒い点が、段々と大きくなって高校の制服を着た男子だと分かってきた。
一生懸命に追いかけると、それが坊主頭であることが分かる。
ひょっとして、高校の時に一緒にバンドを組んでいたヤマギシ君かなと思う。
もう声を掛ければ届くところまできた。
その時、急にその高校生の丸坊主の男子が振り向いた。
やっぱりヤマギシ君だった。
懐かしい顔だった。
ヤマギシ君は、何も変わっていなかった。
ヤマギシ君も私に気が付いたみたいで、こっちにこいよと手招きをする。
手招きをされて、駈け出して行こうとしたら、急に足が動かなくなってしまった。
どうしても、足を動かすことが出来ない。
一歩も進まない。
そうするうちに、立ち尽くしている固い地面が、急に柔らかくなった。
気が付くと泥になって、靴が泥の中に埋まってしまった。
抜け出したいのに、足を動かすことが出来ない。
身体が段々と沈んで行く。
足首まで、埋まってしまった。
「ヤマギシ君、助けて」叫ぼうとしたけど、声が出ない。
身体がずんずん沈んで行く、腰のあたりまで、沈んできた。
ヤマギシ君は、ただ笑顔で私を見ているだけで、私を助けようとしない。
身体が増々沈んで行って、胸のあたりまで沈んでくる。
足どころか、全身が動かない。
笑顔で私を見ているヤマギシ君が、いつの間にかお父さんの姿に変わってしまっている。
懐かしいお父さん。
亡くなった頃のお父さんの姿じゃなくて、私が幼い頃のお父さん。
会いたかったお父さんが、目の前にいる。
「お父さん、助けて!」
声が出ない。
お父さんは、優しい顔をして、ただ私を見つめるだけ。
私の身体は沈んで行く。
何かに引きずり込まれるように、私は沈んで行く。
それでも、お父さんは優しい顔をして、私を見つけるだけ。
遠慮がちにまとわりつくように全身を覆っていた泥が、冷たく、容赦なしに私の体の隅々にまで侵入してくる。
私の体が、この泥の中で溶けだして行くような気がした。
顎のところまで、埋まってしまった。
もうすぐ口や鼻まで埋まってしまって、息が出来なくなる。
お父さんを見ると、お父さんの姿がいつの間にかオトーサンに変わっていた。
オトーサンは、今の私が一番信頼できる人。
「オトーサン、助けて!」
声が出ない。
私は、沈んでゆく。
「オトーサン、助けて!」
つづく
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