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リリカル・スペリオリティ! #1 「悪魔ちゃんは、新宿に住んでいる」

(※こちらの作品は、創作大賞2023 イラストストーリー部門の応募作です。募集内容・お題のイラストはこちらで確認できます。)


あらすじ

1980年代後半、突然の好景気に沸いた日本。人々の欲を掻き立て、不動産や株価が跳ね上がったバブル景気。その裏で暗躍していたのは、実は「デビルズ」という組織だった!?
官公庁システムへの不正アクセス事件をきっかけに、警視庁公安部へ配属された岸谷華蓮。デビルズの正体を探るため、華蓮は教師としてある高校に潜入する。
一方リリスは、「自分が可愛いと思ったものが可愛い」が信条の「悪魔」。見習いのサタンと共に人間が持つ「人より上に立ちたい」という欲を集めるために日本に派遣された。リリスは高校生の「佐藤リリカ」として華蓮と同じ高校に潜入するが、果たしてリリスの狙いとは?華蓮はリリスの正体に気づけるのか!?

297文字

第1話 悪魔ちゃんは、新宿に住んでいる


1.

 今日だけでもう10人目だ。
「ねえ、あの茶髪でポニーテールの女…の人が持ってるバッグって、人気なの?あの柄のバッグとかお財布持ってる人、結構見るんだけど…」
 電車のドアにもたれながら、キャラメルなんとかホイップフラペチーノを無心に吸い込んでいる園子に聞いた。
「あー、モノグラムのやつね。だってあれ、ブランド物でしょ、人気とか流行とかの次元じゃないって」
 園子がケロッとした顔で答えた。電車の揺れとともに、カップの側面から水滴が滴り、園子のローファーに落ちる。

 17時の山手線。学校帰り、園子と図書館で数学の宿題をこなし、中間テストを乗り切ったご褒美としてフラペチーノなんかを買ったりしていたら、こんな時間になってしまった。
 車内はそこまで混んでいないが、何食わぬ顔でフラペチーノを啜るには勇気がいる時間帯である。
「月曜日に12人、火曜日は14人、水曜日は18人、今日の、5時までで10人。毎日通学で1時間電車に乗ってるだけで、こんなにいるもんなのかな。あの…モノグラム?っていう柄、可愛い?」
 園子がチッチッチと人差し指を振る。大きな目がくるりとこちらを向いた。
「リリカさん。わかってないわね。可愛いとか、そんなのはどうでもいいの!あの柄、というか『ライ・シャーロン』を持ってる奴の7割は『私、シャーロンを持ってるのよ!』っていう自己顕示、2割は『シャーロンのブランド精神に共感いたしました・シャーロンが好きです!』、残りの1割が『なんか可愛いから』よ。まあ、当社の独断と偏見による統計ですけどねぇ」
「ふぅーん…」
 電車の窓に目をやると、黒くて厚い雲がのぞいている。今朝の天気予報では、夕方から雨だと言っていた。
「ていうか、毎日数えてたって何事よ?リリカの方が統計とったらいいんじゃない?」
 信じられない!とでも言いたげな口調だが、園子の目線はカップの底に溜まっているフラペチーノに注がれている。
「あー、ほら、私、最近日本に来たばっかりだから、どんなファッションが流行ってるのかなぁ〜って観察してただけだよ」
 嘘ではない。
 電車がゆっくり止まり、ドアが開く。
「まあリリカは、その『あくまちゃん』グッズがすごく似合ってると思うよ!じゃああたし、乗り換えだから!また明日、学校でねー!」
 クマのマスコットが付いたスクールバッグを揺らしながら、園子が手を振る。
「はーい、バイバーイ♡」
 降りる客と乗る客が交差し、園子は人混みの中へと消えていった。
 発車のアナウンスと共に、ドアが閉まる。

 電車の中は、仕事帰りっぽい男女や部活帰りの学生など、帰宅ラッシュを迎えつつある。
 吊り革に手を伸ばして顔を挙げると、脱毛サロンの広告に、白い肌で細いモデルの女が笑っている。
 外は次第に暗くなってきて、窓にパチッパチッと小さいものが当たる音がした。薄暗い雲を写した窓に、いくつか水滴が流れている。雨だ。
 新宿駅に着いたら、サタンに傘を持って来てもらおう。

 次の駅で前に座っていた客が降り、スカートの裾を手で抑えながら椅子に座った。これは転校してきた最初の日に、「スカートに皺がつくから」と園子に注意されたので、やっている。
「私、シャーロンを持ってるのよ!」、か。
 園子の言葉を反芻しながら、リリカは目を閉じた。

2.

 新宿駅の南口には、長傘を2本持ったサタンの姿があった。
「おかえりなさい、リリスさん」
「今は、佐藤リリカだ。リリカちゃんって呼んでくれてもいいのよ、佐藤サトルくん♡」
「勘弁してくださいよ、そのキャラ。あなた、語尾に♡付けるタイプじゃないでしょ」
「まあな」
 サタンから傘を1本受け取り、人のいないところに向かって開く。
「ビニール傘か…。エコじゃないな」
「仕方ないでしょ。急に『雨降ってるから傘買って迎えに来い』とか連絡されても、あなたのポリシーなんて知ったこっちゃないですよ」
 隣でブツブツ言ってるサタンは、身長170cm、肌は健康的な小麦色、胸板は厚く、所謂「スポーツマン」の風貌だ。

 夕方17時半の新宿駅周辺は、帰路に着くサラリーマン風の男や、子綺麗なオフィスカジュアルに身を包んだ女、おしゃべりに夢中になっている大学生グループらでごった返している。
 駅を出て大通りに沿って歩き出すと、ビニール傘にプツプツと雨の当たる音が聞こえた。
「さっき園子に聞いたんだけど、前に話してた色々模様がついたカバン、あっただろ?」
「あー、ありましたね、日本に来てから何人も持ってる人を見たって言って、リリスさんが数えてたやつですね」
「そうそう、それ。あれさー、ブランドものなんだって。結構高めの」
「あー、じゃあ今回の『実験』には向いてないですね」
「あぁ。一般家庭の高校生には手が出せないし、親にせがませて家計を圧迫させたいわけじゃないからな。『実験』用には別の題材を探すよ」

 大通りを走る車のライトに、雨が照らされている。駅を出た時よりも、雨の勢いが強くなってきた。
「サトルくん…それにしてもお前、よくできた顔だな。なかなか人間っぽいぞ。」
 日本に来てから1ヶ月、自分たちの正体がバレやしないかとヒヤヒヤしながら生活していたが、リリカも、サタンも「本物の」人間と変わりない。
「2人の時はサタンでお願いできます?というか、リリスさんに見上げられると、なんか変な感じですね…」
「仕方ないだろ、お前は日本の高校生男子の平均身長、私は女子の平均身長を元に作られているんだから。」
 道にはところどころ水溜りができ、今朝おろしたばかりの「あくまちゃん」の靴下に水が跳ねている。
 ただでさえ梅雨の湿気と汗が靴下にまとわりついているので、帰ったら速攻洗濯に出すつもりだ。
「でも、あなたのような性格なら、男ってことで潜入しても良かったんじゃないですか?なんでわざわざ女子高校生に…」
「サトルくん」
「サタンですってば!」
「じゃあサタンくん。今時、『男らしい』とか、『女らしい』とか言ってたら、時代遅れで白い目で見られちゃうよ♡」
「別に言ってないですけど」
「それに、この『あくまちゃん』の羽のついた靴下とかリュックとか、制服のスカートに合わせたらいい感じだし♡」
「あー、原宿のケリーランドで見つけたキャラクターですね…それ、そんなに可愛いですか?今の日本ではもっと、なんかもふもふした可愛いやつが流行ってるみたいですけど…」
「『可愛い』に比べるも何もないだろ。私が可愛いと思ったそれが可愛いんだから」

 新宿駅から10分強歩き、3階建のアパートに着いた。大通りから1本裏道に入った所にあるこのアパートは、なかなか、ボロい。
「なあ、任務が完了するまで、マジでずっとここに住むのかよ。階段は錆びついてて今にも落ちそうだし、車の音はうるさいし….もっといい部屋なかったのか?」
 踏むたびにギシギシいう階段を登り、301号室に着く。
「あのねぇ、リリスさんの学校と、僕の学校の中間地点で、かつ人間っぽい物とか調達するのに便利で、駅近で、予算内に収まるのがここしか空いてなかったんですよ!それに、最終的にここに決めたのはあなたじゃないですか!」
 サタンは鍵をガチャガチャ回し、ドアノブを捻った。
 この1Rしかない部屋の玄関に、2人の「人間」が同時に入ることはできない。サタンは傘を玄関に置くと、先に靴を脱いで中に入った。
「そう言えば…『チェイサー』が我々の動きに勘づき始めたみたいですよ。今朝本部から連絡がありました」
 傘についた水滴を落とし、自分も中に入る。
「ずいぶん早いな。まだこっちに来て1ヶ月だろ?『チェイサー』はどこまでつかんでいるんだ?」
 ローファーを脱ぐと、『あくまちゃん』の悪魔の羽がついた靴下には、少し泥が跳ねていた。あーあ。
「任務の目的とか、詳しいことはおそらく知られていないようです。ですけど…」
「けど?」
「上野あたりにいることはバレてるみたいです」
「私の学校の近くだな…。フラペチーノなんか呑気に買ってたのが良くなかったか?」
「ちょっとリリスさん!しっかりしてくださいよー!」

 絶叫するサタンを横目に、洗面所に向かった。靴下、制服のブラウスを脱ぎ、洗濯機に突っ込む。すでにサタンのブラウスやら昨日のタオルやらが入っていたので、洗剤を入れスイッチを押した。
 チェイサーがこちらに勘づき始めているということは、事を急いだほうが良さそうだ。
「まぁ、万が一の時は…浄化してやるまでだ」
 中古で買ったという洗濯機は、不気味な音を立てながら動き出した。


(第2話以降は↓から読めます)

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