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リリカル・スペリオリティ! #9「悪魔ちゃんの生理事情」

※前回までのお話はこちら

第9話 悪魔ちゃんの生理事情

 6時間目の英語の授業が終わると、リリカはすぐに女子トイレに駆け込んだ。
 今月もついに来たか…。
 英語の授業中に、嫌な予感がしたのだ。人間生活も2ヶ月目になると、勘が冴えてくる。
 人間の女として暮らすのに、一番厄介だと感じているのが「生理」だ。
 毎月約7日間、股から血が出る。通常の下着では対応できないので、2〜3時間で取り替えるナプキンを使用したりして、なんとか対応している。
 なんで「女」を選択してしまったんだろう…。
 トイレの個室から天井を仰いだ。
 生理期間になると、必ず「女」という性を選択した時のことを思い出す。

 時は、任務が開始される前に遡る。
 その日は、派遣される前の下見として日本に来ていた。
 まだ「佐藤リリカ」ではない、リリスの仮の姿ーとはいえ、周りの人間と同じような姿、形をして、ラフォーレ原宿のある通りを歩いていた。
「予算に収まる物件候補は、新宿、渋谷、池袋、恵比寿です。まあ、渋谷と恵比寿の物件は激狭かつ風呂無しなのでやめた方がいいとは思いますが…」
 一緒に下見に来ていたサタンが、任務中に住む家の候補リストをめくっている。
 半世紀ぶりの日本での任務とあって、活動拠点である高校の下見、その高校に通う生徒の特徴の把握、住む場所の検討・・・等々、やることがたくさんあった。
「新宿と池袋、どっちでもいいじゃない?」
「も〜、本部に帰るまでに決めておいてくださいよ。最終的な決定は、リリスさんにしてもらいますから!」
「はいはいー」
 どこへ住もうが、どうだっていい。任務さえ遂行できれば、他に望むものなんて何もない。
「本部といえば、日本に下見に来る前、管理官から聞かれましたよね?任務中どっちの性にするか。どっちにしたんですか?」
「あー…」
 すっかり忘れていた。任務中は人間の姿で活動するため、生物学的に「男」か「女」、言うなれば「オス」と「メス」、いずれかの性を選べと言われていた。
「どっちでもいいって言ったら、下見から戻る時には決めとけって言われた」
「まーた『どっちでもいい』だなんて。リリスさん、どうでもいいことは拘るくせに、重要なことは決められないんだから」
「うるさいな。私が性を決めたら、お前はその余りの、もう片方の性だからな」
「えぇ!ずるい!」
 リリスとサタン、いずれか一方が「男」、もう一方が「女」になるよう決められていた。これはもう、決定事項であって、逆らうことはできない。

 大通りをしばらく進むと、大きな交差点に差し掛かった。交差点の向かいの通りに、多くの人間が行列を作っている店があった。
「あれってなんの店なんだ?」
「確か、ケリーランドっていう、色々なキャラクターのグッズを売っている店ですよ。最近、なんかもふもふした可愛いキャラクラーが流行っているらしくて、そのキャラクターのグッズを買う客でいつも行列ができてるみたいです」
 サタンはすらすらと答えた。一体どこでそんな情報を仕入れているんだか。
 確かに、もふもふしたぬいぐるみやマスコットをカバンに付けている人が次々と店から出てきた。
 しかし、そんなものに興味は無い。
 リリスがそのまま駅に向かおうとした時、羽がついたデザインのリュックを背負った人が、店のある方向から歩いてきた。
 白いハートの形をしたリュックに、尖った羽が付いている。
 何あれ、可愛い…!
「なぁ、あの羽がついたリュックって、あの店に置いてあるのかな?」
「え?さぁ…どうですかねぇ。あれもなんかのキャラクターのグッズなのかな。僕も知らないです、マイナーなキャラクターかもしれないですね」
「行くぞ!」
 リリスは勢いよく店の方に駆け出した。

 ケリーランドの3階に登ると、そのキャラクターはいた。というか、グッズがたくさんあった。
 名前は、「あくまちゃん」。反り返った耳に、丸っこい体。挑戦的な目をしている割に、子供っぽいほっぺたがついている。尖った羽がチャームポイントのようだ。
 何これ、可愛い…!
 今まで何にも興味が湧かず、ただ与えられた仕事をこなしていたリリスにとって、「可愛い」という感情が初めて芽生えた。
 リリスを追ってきたサタンが、息を切らしてやってきた。
「もー、いきなり走らないでくださいよ」
 ぜえぜえ言っているサタンの横を、「あくまちゃん」のグッズと思しき靴下と、さっき見かけたものと同じリュックを背負った人間が通り過ぎた。
「なあ、あの人間、女?男?」
 その人間が階段を降りていくのを確認しながら、サタンに聞いた。
「多分、女性じゃないですかねぇ…。体格的に」
「女だったら、あの、膝丈でヒラヒラしたやつ、履けるのか?」
「スカートですね。別に女性でなくても履けますけど、リリスさんが潜入する高校では、女子生徒が制服として履いているみたいです」
 潜入する上野桜丘高校の制服を思い出す。たしか、白いワイシャツに緑色のスカートだった気がする。今通った女の格好にそっくりだ。
 絶対、制服に合う!!
「なるほどねぇ…。なあ、新宿と池袋、どっちがここから近い?」
「え?えーと、新宿ですね」
「・・・決めた。住む場所は新宿、性は『女』にする。というわけで、お前は『男』だから、よろしく!」
「え?え。・・・えー!」
 サタンの驚きの声は、ケリーランド中に響いたという。

 下見を終えて本部に戻り、管理官に新宿に住むことと、「女」を選択する旨を伝えた。管理官は、特に驚きもしない。仕事だから聞いただけで、対して興味もないのだろう。
「了解した。ただし、色々と気をつけろよ」
 管理官は紙に何かを書き込みながら、リリスに忠告した。
「何がですか?」
「生理、性犯罪、等々」
 セイリ、セイハンザイ、トウトウ。何かの呪文だろうか。
「何ですか、それ」
 管理官は「はぁ…」とため息混じりに答えた。
「お前たちは、『誕生』、『記憶』、『戦闘能力』、『死』以外は全て本当の人間と同じに作られる。つまり、お前が高校生の女として生活するなら、人間の高校生の女、生物学的に女の人間に起きる体の変化がお前にも起きるというわけだ」
「はぁ。で、具体的には何が起きるんですか?」
「毎月股から血が出る。血が出る期間は腹が痛くなったり、眠くなったりする。場合によっては寝込んだりする」
「へー」
 人間の痛みや、血が出る、といった現象について知識も経験もないので、何を気をつけなければいけないのか、想像ができない。
 リリスが何もわかっていなさそうなので、管理官が呆れた顔で説明を加えた。
「股から血が出るっていうのは、他の人間から見ればびっくりするわけ。だから、道具を使ってそれが外にわからないようにする。つまり、血が下着から漏れないようにしないといけない。まあ、1ヶ月に7日間くらいが平均と言われている。人間によって個体差はあるが」
「1ヶ月ってだいたい30日ですよね」
「ああ」
「30分の7、1年でそれが12回、続くんですか」
「まあ、お前の場合は1年も日本にいないと思うけど、人間の女はそれを約40年くらいやってるかな」
 人間の女、正気か?
「え、男にはないんですか、生理」
「股から血が出る生理は、女だけ」
「女に生まれると、もれなく生理がついてくるわけですか」
「まあ、体の仕組み的にそうなるかな」
 め、めんどくせえな…。
「あぁ、あと、女の場合は何かと犯罪に巻き込まれやすいから、気をつけろ」
「まだ気をつけることあるんですか!?」
 「生理」だけでも、結構面倒くさそうなのに、まだあるのか。
「電車の中では、周囲に気をつけること。夜道は1人で歩かないこと。荷物を持って歩く時は、車道側で持たないこと。残念ながら、全然知らん人間から性的な目で見られて犯罪に巻き込まれたり、荷物を奪われたりしやすいからな」
 …全部、犯罪する奴が悪いのでは?
「そんな奴がいたら、二度と歩けないようにしてやるけどな」
「お前はそれでいいかもしれんが、その後が厄介だぞ。日本の公安を守る組織、警察が出てくる。警察には、チェイサーがいる」
「…」
 たしかに、それは面倒くさい。
「お前が事件に巻き込まれたら、警察の厄介になり、チェイサーに我々の事を勘付かれる可能性がある。女を選択するなら、今言った事を心得てもらうが、どうする?」
 めんどくせぇ…。なんで女を選択しただけで、色々気をつけたり我慢したりしなくちゃいけないんだ。
 しかし、ケリーランドで見かけた人間の女の、「あくまちゃん」のグッズを使ったコーディネートが頭から離れない。制服に「あくまちゃん」のリュックと靴下を履いて登校する、夢のスクールライフを叶えたい…!
「お、女にします…」
 ほぉー、と管理官は薄笑いし、その2週間後、リリスは人間の女の体を手に入れたのだった。


 おいおいおい!あの時の私!軽率に判断しすぎだろ!
 日本に派遣される前の自分を殴りたくなった。思わず、トイレの個室のドアを小さく叩く。
 生理予定日だったこともあって、念のためナプキンを持っていたのはよかったが、これから苦痛の7日間が始まると思うと憂鬱だ。
 クラスの女子たちは、これと後何十年も付き合っていくんだもんなぁ…。
 リリカが便座の上で気が遠くなっていると、ホームルームを告げるチャイムがなった。そろそろ行かねばならない。
 リリカは気だるい体を持ち上げ、トイレのドアを開けた。


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