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リリカル・スペリオリティ! #11「夕暮れのフラペチーノ」

※前回までのお話はこちら


第11話 夕暮れのフラペチーノ

 翌日の学校帰り、リリカは園子に連れられ、上野公園のカフェで新作のフラペチーノを飲んでいた。
 なんでも、「ピーチウィズレモンインヨーグルトフラペチーノ」とかいうフラペチーノが、期間限定で今日から発売らしい。園子はレジで一言も噛まずに注文していた。

「今日も暑かったね〜。体が溶けちゃいそうだよ〜」
 テラス席で、園子はフラペチーノの上に乗っている生クリームをスプーンで掬うと、パクッと一口で食べた。
 暑さ、というか湿度が日に日に増しているような気がする。
 新作のフラペチーノは、さっぱりしてい美味しい。桃の甘味と、レモンやヨーグルトの酸味が、体に沁み渡っていく気がした。

「リリカ、今日の美術の授業の時、校舎の絵?だっけ、結構描き込んでたよね」
 1学期の美術の授業では、学校周辺の風景画を描いている。リリカは1学期の途中で転校してきた上、1回欠席してしまったので、他の生徒よりも遅れをとっていた。
「うん、前回は校舎とかの大体の形を描いて、今日は窓とか、横断幕とか、細かいところを描いてたの。鈴木先生がアドバイスくれたりして、結構進んだよ」
「そっか。…鈴木先生って、良い先生だよね。私が桜の絵を描いてる時も、結構アドバイスくれるし」
 「良い先生」の基準はわからないが、園子が言うなら、鈴木は「良い先生」なのだろう。
「でも、私、昔どっかで鈴木先生に会ったことがあるような気がするんだよね…」園子が首をかしげながら言った。
「そうなの?」
「うん。まぁ、気のせいかもしれないけどね!」園子はフラペチーノをズズズッと吸った。

 遠慮なくフラペチーノを吸い上げる園子を見ながら、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば、園子ってダイエットしてたよね?フラペチーノは大丈夫なの?元々ダイエットする必要はなさそうだけど…」
 園子はリリカの言葉を制し、「まあまあ」と両手を胸の前で広げた。
「今日は特別!この日のために頑張ってきたっていうのもあるから!」
 園子は、「気にするでない」とでも言いたげだが、今目の前にあるフラペチーノのカロリーは、園子がダイエットで我慢した分を余裕で超えているような気がする。
「それよりリリカ、昨日の投票結果、もう見た?」
 園子がテーブルに身を乗り出した。
「投票結果?」
「ほら、ミスコンと、ミスターコンの、『毎日応援制度』だってば!」
 あー、そういえばそんなものがあったなぁ…。
 昨日、帰りに園子と投票した後、生理痛で痛むお腹を抱えて家に帰り、サタンから「なんで我慢して帰ってきちゃうんですか!保健室に行くなり、帰る途中にドラッグストアで薬買って飲んでくださいよ!」などと叱られ、すっかり存在を忘れていた。
「まだ見てないよ」
「確か、午後には発表するって投票箱に書いてあったから、見てみよ!」園子はスカートのポケットから携帯電話を取り出し、学校の生徒用ホームページにアクセスした。
 リリカたちの隣の席には、大きな白い犬を連れた客が来た。犬は飼い主が用意した水をチャパチャパと飲んでいる。
「あれ、ん?え!」
 画面を見ていた園子が明らかに動揺している。
「どうしたの?」
「私、1票入ってる…」
 画面を覗き込むと、「得票数が10人未満」のカテゴリーに、「渡辺園子」の名前と、得票数「1」とあった。
 心当たりがある。
「あ、それ、私…」
「え!リリカ!?」
 直近の友人からの投票と聞いたら、ガッカリしてしまうだろうか。
「あ、えと、その、ごめ…」
 言わない方が良かったかな、と心配になってきた。
「ふふふふふ!」
 園子は突然笑いだすと、両手で口元を押さえた。
「どうしたの?」
 怒りで気が狂ってしまったのだろうか。
「考えること、同じだなーって思って!ほら、見てこれ」
 園子が画面の指差す。そこには、「佐藤リリカ」、得票数「1」とあった。
「私もね、リリカに入れたの!だって、一番可愛いと思うし」
 園子はストローから勢いよくフラペチーノを吸い込んだ。そしてにっこり笑った。
「そりゃどうもありがとう…」何て言っていいかわからなかったが、「ありがとう」が正解な気がした。
「私、ミスコンの方は毎日リリカに入れるつもりだから。得票数10はかたいよ」
「私も、10日間毎日、園子に入れるつもり。私も園子が一番可愛いと思う」
 お互いにフフッと吹き出した。何がおかしいのかわからなかったが、体が勝手に反応していた。
「ちなみに昨日のミスとミスターのナンバーワンは誰かしらっと」
 園子が画面の「ランキング」のリンクを押した。ここからは、昨日時点での得票数が多い10位までが見れるらしい。
「ミスの1位は…3年生の清水先輩!確かに、美人さんだもんねぇ…。ミスターの方は…こっちも3年生で、溝口先輩!うーん、確かにかっこいいかも…?でもあんまり見たことないんだよねぇ」
 園子はピンときているようだが、清水も溝口も、リリカには両方わからなかった。
「ちなみに、リリカはミスター誰に入れたの?」
「ミスターの方は出してないよ。誰が誰だかわかんなくて」
「何それ、面白すぎ!」園子が吹き出した。「まあ、2年生とか3年生とか、部活入ってないと関わりないもんねぇ」
 上級生どころか、同じクラスの生徒も、ほとんど顔と前が一致していない。
 どうせ長い付き合いではないのだから、覚える必要もないが。

「ねぇあれ、佐々木じゃない?」
 ゲラゲラ笑っていた園子は、学校がある方向を指差した。その先には、この間の現代文の授業でヘアアイロンを取り上げられていた佐々木が歩いていた。
 あの一件以来、クラスの生徒からは「ヘアアイロン佐々木」と呼ばれていたので、さすがに覚えている。
「あれ、こっちに向かってきた」
 園子の言うとおり、佐々木はおぼつかない足取りでカフェの方に歩いてきた。
「おーい、佐々木!」
 園子が呼びかけて手を振ると、佐々木は俯いていた顔をあげてこちらを見た。少し気まずそうな顔をしている。
 園子に呼ばれてテラス席までやってきた佐々木からは、制汗剤のような匂いがした。
「佐々木くんも、ピーチウィズレモン…なんとかフラペチーノを飲みにきたの?」
 園子のように噛まずに言えるかと思ったが、無理だった。
「いや、ちょっと体調悪くて」
 佐々木は元気のなさそうな顔で首を振った。
「えっ!そうなの?お大事に…。佐々木って確か、演劇部だよね?この時間に帰ってるってことは、早退してきたの?」
 園子が心配そうな顔をしている。
「うん、まぁそんなとこ…。じゃあ俺、行くわ」
 上野公園の夕暮れの中に佐々木が消えていった。気づけば、あたりは暗くなり始めている。

「佐々木、大丈夫かなぁ。元気なかったね」
 園子はフラペチーノを吸いながら、佐々木が去っていった方向を見ている。
「そうだねぇ…」
 隣の席で寝そべっていた犬が、蒸した空気に向かって小さく吠えた。

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