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リリカル・スペリオリティ! #15「美術教師の正体」

※前回までのお話はこちら

第15話 美術教師の正体


 廊下を歩き、玄関口を通り越したところに、「保健室」はあった。リリカにとって、保健室は初めて入る場所だった。
 鈴木先生が保健室のドアを開けると、白衣を着た、見知らぬ女の人が机に向かっていた。
「あら鈴木先生、またお客さん?」
「えぇ、廊下でちょっと立ちくらみというか、貧血を起こしてしまったようで」
「それはそれは。3番目のベッドが空いてるから、少し横になってもらいましょう」
 白衣の女の人は、手際よくベッドを整えると、園子をベッドに寝かせた。足元が少し高くなるようにタオルを重ね、園子に毛布を被せる。
 鈴木先生が白衣の女の人に声をかけた。
「倉田先生、私、1年C組の担任の中村先生を探してきます。渡辺さんの保護者の方と連絡取れるか確認しますので。あとは、お願いします」
「はい、よろしくお願いします」
 鈴木先生は保健室のドアを静かに閉め、去っていった。
 この白衣の女の人は、倉田というのか。
「渡辺さん、少しは楽になったかな?」
 倉田は園子に優しい口調で聞いた。
「はい、さっきよりだいぶ楽になりました」
「それはよかった。もし保護者の方に来てもらえそうだったら、お願いしちゃうつもりだから、しばらくゆっくりしていってね」
 倉田は、園子に向けていた笑顔をリリカにも向けた。
「お友達が急に具合が悪くなったから、心配だったでしょう」
「は、はい…」
 倉田はどこからか椅子を持ってくると、園子のベッドのそばに置いた。
「よかったら座って」
「あ、ありがとうございます」
 リリカは園子の右手側に椅子を置き、腰を下ろした。
 リュックを下ろすと、肩に入っていた力が抜けた。足がガクガクしていたせいで少し疲れている。手も、少し汗ばんでいた。
「リリカ、本当、心配させちゃってごめんね。もう大丈夫だから」
 園子はリリカの左手を握ると、にっこり笑った。

「渡辺さん、最近、3食きちんとバランスよく食べてる?」
 倉田が園子のベッドのカーテンを整えながら聞いた。
「最近ダイエットしてて、あんまりちゃんと食べてないです…。眠れてはいるけど、生理が始まってたのもあって、気持ち悪くなったのかも」
 園子はバツが悪そうな顔をした。
「あら、育ち盛りなんだから、きちんと食べないとダメよ。最近は暑くなってきてるし、食べ物から栄養取っとかないと、体が持たないわよ」
「はい、すみません…」
 倉田は「じゃあ、ゆっくりしていってね」と言い残すと、カーテンを閉めた。

 園子がダイエットを始めたのは、明らかに「実験」が関係している。ミスコンやミスターコンで「選ばれたい」という欲望を肥大化させた、自分のせいだ。
「園子、ごめんね…」園子の白くて細い手を握り、思わず俯いた。
「どうしてリリカが謝るの?リリカは関係ないよ」
「…」
 リリカは唇を強く噛み締めた。
「あ!!!」園子が急に大きい声を出した。
「え、どうしたの?」
「思い出したの!鈴木先生のこと!前に、鈴木先生と会ったことがあるかもって、言ったじゃん?」
 園子は勢いのあまり、上半身を起こした。
 倉田がカーテンを少し開けて、「渡辺さーん、お静かに」と注意した。
「す、すみません…」

 倉田がカーテンを閉めて行ったのを確認すると、園子に小声で尋ねた。
「それで、どこで会ったの?」
「確か、谷中あたりだったと思う。…でも変だな、私が会った時、その人警察官だったの」
 園子も小声で答える。
「…警察官?」
 なんで、鈴木先生が?
「うん。1年前くらいかな、私、中学もこの辺で、谷中の中学校に通ってたんだけど、下校中に変な物が落ちてるなって拾ったら、これまた変な男がやって来て襲われそうになったの」
「え!?」
 中学生の時にそんな経験をしたら、トラウマになりそうだな。
「それで、どうしよう、もう終わりだ!って思った時に、その警察官が通りかかって、助けてくれたの」
「それで、その後はどうなったの?」
 園子は目を伏せながら続けた。
「男はそのまま逃げて行っちゃったんだけど、その警察官が身に付けていた無線で何か言ってた。私が拾った物を見せたら、手続きがあるから交番に来てって言われて、そのまま近くの交番に行ったの」
「へ~。でも、人違いなんじゃない?だって、たった1年前なんでしょう?」
 仮にその警察官が鈴木佳奈だったとしても、たった1年で都合よく高校の美術教師になれるのだろうか。
「そうだよね・・・。さっき、私が立とうとした時に貸してくれた手の感触がすごく似てたんだけどなぁ・・・。まあ、名前も違うしね」
「その警察官、なんて言う人だった?」
「同じ交番の人からは、『キシヤジュンサ』って呼ばれてたかな」
 キシヤジュンサ。キシヤ巡査か・・・。
 倉田がカーテンを少し開けた。
「渡辺さーん、ちょっとは安静にしておきなさいな。もう少ししたら、保護者の方が見えるみたいだから」
「はぁい」園子は力なく答えると、再び横になった。
「親御さんも来るみたいだし、私がいるとゆっくりできないだろうから、帰るね」
 リリカはリュックを背負い、立ち上がった。
「うん、今日はありがとう。リリカも、気をつけて帰ってね」
 園子はにっこり笑うと、目を閉じた。

 リリカはカーテンを閉めると、備品を整理している倉田に声をかけた。
「じゃあ私、帰ります」
「今日はお疲れ様」倉田がにっこり笑った。目尻に優しげな皺が寄っている。
 リリカは保健室に入った時から気になっていたことを聞くことにした。
「…先生、さっき、鈴木先生が保健室に入った時、『またお客さん?』って言ってましたよね。あれはどういう意味ですか?」
 倉田は、持っていた消毒液の瓶を棚に戻しながら答えた。
「あぁ、昼休みにね、鈴木先生が泣いている生徒をここに連れてきたのよ。なんか、毎日投票制度で田中先生に怒られたとかなんとか…」
 佐々木か。やっぱり佐々木は、泣いていたんだな。
「でも、鈴木先生がゆっくり話を聞いてあげたら、だんだん落ち着いてね。鈴木先生って、今年の初めに突然赴任してきた時は、ふんわりした感じの先生なのかなって思っていたけど、案外きびきびしてて、人助けに慣れてる感じね」
 1年前は警察官。突然赴任してきた、人助けに慣れた美術教師。
 頭の中で、1つの可能性がよぎった。
「…鈴木先生って、いつこの学校に来たんですか」
「半年前ね。それまで、別の美術の先生が1人いたんだけど、突然よその学校に移ることになって、すぐに鈴木先生が来たの」
 …これは、急がないとまずいかもしれない。
「ありがとうございました。私は、これで失礼します」
 倉田の「はい、気をつけてね」という言葉を背中で聞きながら、リリカは勢いよく保健室のドアを閉めた。 

 早くサタンに連絡しないと!
 下駄箱で急いで靴を履き替え、校舎の外に出ると、携帯電話を起動した。
 早く早く早く!
 サタンの携帯電話に電話を掛けると、2コールで出た。
「リリスさん、どうしたんですかぁ?今日、『あくまちゃん』の新作グッズが出るって言ってましたけど、買えまし…」
「急いで本部に連絡して、上野桜丘高校の鈴木佳奈を調べさせろ。警察官の『きしや』という女もな」
「え、警察!?」
 さっきまで呑気な声を出していたサタンも、我に返ったようだ。
「それと、『プラン2』を開始するぞ」
「え!?でも、『実験』が終わったばかりで、生徒達はしばらく…」
「構わない。ここの生徒数なんて、たかが知れている。『プラン2』の対象は、全国なんだから…」
 チェイサーにバレてしまう前に、何としてでも任務を果たさなければならない。
 リリカの額から大粒の汗が流れ、校庭の砂に落ちた。

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