見出し画像

リリカル・スペリオリティ! #5「謀りごとは授業の後で」


※前回までのお話はこちら


第5話 謀りごとは授業の後で

「リリカ、どこで描いてたのー?」
 美術の授業が終わるまで、あと10分になった。そろそろ美術室に戻ろうと、校舎に向かっていたところで園子と合流した。
「正門の近くで、校舎を描いてたの」
 体が少し汗ばんている。梅雨のジメジメとした空気の中、真剣に描いていたからだろう。
 園子が見せて見せて、と画用紙を覗き込んできた。今日は下書きだけで終わってしまったが、次回の授業では色塗りに入れそうだ。
「あら、結構いいんじゃーん?校舎と、サッカーゴールね」
「そう。最初は線がぐちゃぐちゃになっちゃって悩んでたんだけど、鈴木先生が描き方のコツを教えてくれたの」
「よかったね!先生がリリカのこと探してたけど、ちゃんと見つけられたんだね」
 園子はそう言うと、にっこり笑った。

「園子は結構進んだ?」
「うん!メインの桜の木は結構塗れたから、あとは周りの草とか木とかを塗れば大体完成かな」
 園子の絵を見ると、中央に桜の木が描いてあった。花の部分は、淡いピンク色で丁寧に塗られている。

 「任務が完了するまで、あの桜には近づくなよ」
 日本への派遣が決まった時、調達部の管理官から繰り返し言われた。
 あの桜は、日本と本部の「通路」になっていて、リリカはこの高校に入学する1ヶ月前、サタンと共にあの桜の木を通って日本に来た。
 しかし、任務中の今、あの桜に近づいてはいけない。
 そういう決まりになっている。

 校舎の入り口に到着し、玄関扉を開けると、園子が思い出したように話し始めた。
「そういえば、そろそろ文化祭の準備も始まるみたいだよ。今年の1年生の出し物は、お化け屋敷とか迷路とか、アトラクションだって」
 下駄箱で靴を脱ぐと、園子の短い靴下が目に入った。足の甲に大きなウサギのキャラクターがついている。
「文化祭?」
 体育祭とか文化祭とか、祭りが多いなぁ。
「向こうの学校ではなかったかな?うちの高校だと、クラスごとに出し物をやるんだよ。1年生と2年生はアトラクションで、3年生だとご飯屋さんを出展できるの」
「へぇ〜」
 園子は、事あるごとに学校のことを教えてくれる。
 事前に本部の情報部が学校のことを色々と調べてはいたが、実際に通っている人間の生の声には敵わない。貴重な情報源だ。
「クラスごとの出し物の準備はまだ先みたいだけど、文化祭の運営委員はもう動き出してるみたい。ミスコンとか」
「ミスコン?」
 前の方に階段を登る生徒が見えた。美術室に戻るうちのクラスの生徒だろう。
「ミスターコンと、ミスコン。それぞれ、学校の中で一番かっこいい男子と、一番可愛い女子を決めるの」
「へぇ…」
 なかなか興味深いイベントだ。これは、「実験」に使えるかもしれない。
 階段を登りながら、はやる気持ちを抑えて聞いてみた。
「…それは、どうやって決めるの?」
「えーっとね、たしか生徒の投票で決めるらしいよ。7月くらいに事前に全校生徒にアンケートをとって、投票数が多い人を委員会で選抜するんだって」
「それだと、票がバラついたり、同率一位とか出てくるんじゃない?」
「あ、そっか。聞いた話だと、選ばれた人の中から、さらに生徒にアンケートをとってNo.1を決めるって言ってたような…」
「…なるほどねぇ」
 つまり、最初にアンケートを取る段階では、生徒全員に「No.1」になるチャンスがある、ということか。
「…まあ、私も1年生だから、よく知らないんだけどね」
 園子はまるで他人事のように言った。1年生でここまで詳しいのに、ミスコンにはあまり興味がないのだろうか。
「…園子は、ミスコン?に選ばれたいと思う?」
 園子の動きがピタリと止まった。一瞬間をおいてから、びっくりした顔でこちらを見た。
「え、私?いやいやいや。私なんかがそんなこと考えないよ〜。ミスコンとかって、可愛いのもあるけど、結局は人気投票みたいなものだし。私はなんかこう…パッとしないしさ」
 えへへ、と誤魔化すような仕草をすると、園子は一段飛ばしで階段を登って行った。
「あ、園子、ちょっと待ってよ〜!」
 一体どうしたんだろう。
 慌てて階段を登り、後を追った。

 園子を追いかけていたら、あっという間に美術室に着いた。園子は、美術室の前で待っていた。
「もう、急に行っちゃうんだから」
「ごめんごめん、さ、入ろう」
 園子が照れくさそうな顔をして、美術室のドアを開けた。
 園子は、「ミスコン」の話題が自分に向いた時から、明らかに動揺している。
 他人事として無意識に処理していた出来事が、自分にも当てはまると気づいて、心の奥に隠れていた「何か」が顔を出したのだろうか。
 ますます興味深い。これを「実験」に使おう。
「いいもの見つけちゃったなぁ♡」
 不覚にも顔がニヤけているのがわかった。 
「なんか言った?」
 美術室に入ろうとした園子が振り返った。
「ううん、なんでもないよ」
 にっこりと笑い直して、美術室に入った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?