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リリカル・スペリオリティ! #13「『認められたい』君へ、処方箋」

※前回までのお話はこちら

第13話 『認められたい』君へ、処方箋

1.

「待って、佐々木くん!鍵落としてる!」
 廊下を行く佐々木の後ろ姿に向かって、華蓮は大きな声で叫んだ。
 佐々木が立ち止まり、こちらを振り返った。
 廊下を走ってはいけないので、小走りで佐々木に駆け寄る。
「これ、職員室のドアの隙間に落としてたよ」
 鍵を差し出すと、佐々木は驚いた顔で受け取った。
「あ、ありがとうございます…」
「何か、ストラップとか付けておかないとダメだよ。目印になるものがないと、無くした時探しにくくなるから」
「はい、すみません…」
 さっき田中に説教をされたせいか、佐々木はかなり落ち込んでいた。
 追い討ちをかけてしまっただろうか。
「まぁ、高校の小さな校則違反くらいだったら、人生にそんな影響ないから、大丈夫だよ」
 本当にこの慰め方であっているかはわからないが、法律に触れなければ大丈夫、という意味である。
「さっきの話、聞いてましたか?」
 佐々木が気まずそうな顔をした。
「う〜ん、まあ田中先生って声大きいから…」
 佐々木は「ですよね」と、少し恥ずかしそうな顔をして、俯いた。
「僕、違反カードを貰ったこともそうですけど、なんか情けなくて。本当にもう、嫌になっちゃうんです、自分が」
 佐々木は少し鼻を啜っている。
「佐々木くん、もしよかったら、どこか移動する?私、あと20分くらいで次の授業始まっちゃうけど、少しなら話聞けるよ」
 佐々木は完全に泣きの体制に入った。通りすがりの生徒がジロジロ見ている。
 なんか、私が泣かせたみたいになってんじゃん!
 田中を恨みつつ、佐々木を保健室に誘導した。


2.

 保健室に入ると、薬品のツンとした匂いがした。冷房が効いていて涼しい。
 保健室の倉田先生は、事情を察したように椅子を用意してくれた。
 佐々木は崩れるようにして椅子に座ると、「はぁ」と深いため息を漏らした。

「佐々木くん、よかったらこれ飲んで。鈴木先生も、よかったらどうぞ」
 倉田先生は柔和な笑みを浮かべると、佐々木と華蓮に麦茶を出してくれた。華蓮はお礼を言い、コップを受け取った。
 佐々木も「ありがとうございます」と言った後、ひと口飲んだ。
 この高校に潜入してから、保健室に入るのは初めてかもしれない。ベッドが5台並んでいて、うち一つは誰かが使っているようだ。倉田先生が使用中のベッドの様子を見に行った。

「どう?気持ちは落ち着いてきた?」
 キンキンに冷えた麦茶の冷たさが手のひらに伝わってくる。
「…はい、なんか、すみません」
「謝ることなんてないよ」
「はい…」
 佐々木は麦茶が入ったコップを持ったまま、俯いている。

 しばらくすると、佐々木はポツリポツリと話し始めた。
「…僕、自分に自信がないんです」
「…うん」
「誰かに誇れるような特技もないし、好きなこともこれと言って無い。何かに熱中できて、突き詰められる奴とか、それを得意にできる奴とかが、羨ましい」
「…うん」
「家族もいるし、友達もいるし、学校にも行けてるし、別に苦労することなんて何もないのに、『自分には何もないんじゃないか』って気持ちがずっとどこかにあって」
 佐々木の目から涙が溢れ、コップを持った手に落ちた。
「…そっか」
「そんな時、ミスコンとミスターコンの選抜がそろそろ始まるって聞いて。なんか、今まで心のどこかに隠していた気持ちが一気に膨れ上がって」
「…」
「選ばれたい、というか、誰かに認められたい、『自分はすごいんだ』って思いたい、っていう気持ちが日に日に増していって」
「…それで、いてもたってもいられなくなっちゃった?」
 佐々木は無言で頷いた。涙と鼻水で顔が濡れている。
 華蓮は机の上に置いてあったテッシュの箱を掴み、佐々木に渡した。
 佐々木は「ありがとうございます」と言いながらテッシュを何枚か出すと、目元を抑えた。

「今思えば、おかしいですよね。授業中もずっと自分の外見というか、他の人からどう見られているのか気になったりして。田中先生に注意されちゃいましたし。『毎日応援制度』が始まってからは、本当に毎日、投票結果を気にしちゃって、夜眠れない日もありました」
「…苦しかったね」
 夜も眠れない、ということは体調にも影響があるはずだ。心身共に苦しかったと思う。
「…はい。毎日投票結果を確認しては、全然伸びてないな、自分はやっぱり外見も普通だし、人望もそんなになかったんだなって落ち込みました」
 「毎日応援制度」が佐々木の心身を蝕んでいたのは確かなようだ。応援期間はあと何日かあるようだが、委員会にかけ合った方がいいかもしれない。
 他にも佐々木のような生徒がいたら、これ以上生徒を苦しめないためにも中止した方がいい。

「おかしいですよね、毎日午後になったら、投票結果はまだかまだかって気になっちゃって、ついには昼休みに見ちゃうんですから。学校内は携帯電話は使っちゃダメだってわかってるのに」
 佐々木は自分を嘲笑うように言った。その顔が、痛ましい。
 華蓮は麦茶の入ったコップを強く握りしめた。
「全校生徒に対して順位づけするようなものだから、落ち着かなくて当然だよ。それに、その順位が公開されるわけだし…」
 考えてみればかなり酷な制度だ。選挙みたいに自分がエントリーしたわけでもないのに、他者から勝手に「品定め」され、票がなければ「価値がない」と言われているようなものだ。
 佐々木は口を固く結び、目と額を抑えた。
「自分が投票結果を気にしてること、誰にも言えなくて。なんかダサいことやってるなって、自分でもわかってたから」
 佐々木は、全てを白状するように、でも自分のことを笑うように言った。

「…私もね、そういう時期、あったよ」
 コップの麦茶を一口飲んだ。氷がだいぶ溶けて、水っぽくなっている。
「そうなんですか?」
 自嘲に満ちていた佐々木が、意外そうな顔をした。
「…うん。大学生の時ね、美大で絵を描いてたんだけど、課題で描いた絵がいつも平均点だったの。どんなに頑張っても、平均を超えられない。悪ければ悪いなりに何かあったかもしれないけど、私は『並』であることが嫌だったの」
「…でも、悪くはなかったんでしょう?それはそれでいいんじゃないですか?」
 佐々木は涙と鼻水でくしゃくしゃになったティッシュを握っている。
 華蓮は近くにあったゴミ箱を持ってきて、佐々木の前に置いた。
「う〜ん、でもね、周りの同級生がいい作品を描いたり、コンクールで入賞してその後活躍してたりすると、『自分はここが限界なんだな』って感じたの。コンクールにも出してはいたけど、全然引っ掛からなくてさ」
 佐々木は遠慮がちに、丸めたティッシュをゴミ箱に捨てた。
「大学の中には、評価なんて関係なく、ただ絵が好きで、絵を描いているだけで満足っていう人もいたけど、私はやっぱり『評価されたい』って気持ちが消えなくて」
 当時を思い出すと、今となっては笑ってしまう。
 あの頃は、「自分には絶対何か才能がある、絶対何かできるはずだ」と心の中でずっと思っていた。
 いつか誰かが評価してくれるはずだ、と待っていた。
 でもその「誰か」は来なくて、落ち込んで、そして、絵をやめた。

 華蓮がコップを持ったまま沈黙していると、佐々木が真剣な顔をして言った。
「でも今こうして、高校の先生として美術との繋がりがあるわけでしょう?僕は、先生に教えてもらえてよかったと思ってますよ」
 良いこと言うじゃないか、佐々木〜!!
 …まあ、本業は警察官だけど…。
「そうだね。色々あったけど、今こうして、佐々木くんや高校のみんなと過ごせてるし、私はすごく楽しいよ」
 デビルズについては何も掴めてないけど…。

「…先生にも、そういう、誰かに認められたいって気持ちがあったんですね。別に、僕だけじゃない」
 佐々木はそう言うと、にっこり笑った。
「うん。佐々木くんだけじゃないし、きっと他の先生たちだって、そういうこと、あると思う」
 佐々木の目に、もう涙はない。
「なんか、先生のおかげでスッキリしました!」
 佐々木はコップに入っていた麦茶を一気に飲み干すと、席を立ち、ぺこりとお辞儀をした。
「今日はありがとうございました。僕、教室に戻ります」

 保健室にかかっている時計を見ると、12時55分だった。あと5分で昼休みが終わり、5時間目が始まってしまう。
「次、現代文で、田中先生の授業だよね…。大丈夫?別に無理しなくても良いんだよ」
「もう大丈夫です」
 佐々木はにっこり笑うと、保健室のドアを静かに閉めて戻って行った。何か憑き物が落ちたような、スッキリとした顔をしていた。

「佐々木くん、元気になったみたいでよかったですね」
 倉田先生が佐々木の飲んでいた麦茶のコップを回収し、華蓮に笑いかけた。目尻に、優しげな皺が寄っている。
「…私の過去話が役に立ってれば良いんですけどね」
 自分自身や、自分の特技だと思っていることを誰かと比べてしまうことは、この先、大人になってもずっとある。
 だけど、どうか、「自分には何もない」なんて、思わないでほしい。
 佐々木が去って行ったドアを見つめながら、そう願わずにはいられなかった。


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