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リリカル・スペリオリティ! #12「滑り落ちる者、掬う者」


※前回までのお話はこちら

第12話 滑り落ちる者、掬う者


1.

 「毎日投票制度」の開始から1週間が経った。
 リリカと園子は、相変わらずミスコンの票を毎日入れ合い、各々5票ずつ獲得していた。

「今日はついに福士紘太先輩が溝口潤先輩の票を追い抜くかな!?う〜んドキドキする!」
 昼休み、園子の開口一番の話題はやはりミスコン関連だった。
 園子は毎日更新される投票結果を確認し、ミスコンとミスターコンの行末に胸を躍らせていた。
 結果が発表されるのは、毎日およそ12時〜15時の間。学校帰り、校舎の外に出てから携帯電話で確認するのだが、園子は昼休みからその瞬間を心待ちにしているのだ。

「園子、また今日もお昼ご飯サラダチキンだけなの?体壊しちゃうよ」
 園子は先週に引き続きコンビニのサラダチキンを食べていた。
「う〜ん、だって先週フラペチーノ飲んじゃったし、校則に引っかからない自分磨きって、痩せるかスキンケアくらいじゃん?せっかくだから、ミスコンの投票期間はダイエットを続けようと思って」
 それなら先週のフラペチーノはなんだったんだ、と思ったが、園子は期間限定に弱いので仕方ない。
「それにしても、リリカのお弁当って毎回すごいボリューミーっていうか、手が込んでるよね。自分で作ってるの?」
 園子が、リリカの机に広げられた弁当を見て驚いている。
 今日の弁当は、ハンバーグ、エビフライ、ナポリタン、オムライス、ブロッコリー、プチトマト、というお子様ランチのようなメニューが大人の量で詰められている。
「いや…お兄ちゃんが、自分の分とついでに作ってくれるの」
 サタンをお兄ちゃんと呼ぶのは心外だったが、設定上我慢するしかない。
「え!リリカってお兄ちゃんいるの!?ミスターコン暫定1位の溝口先輩と、どっちがかっこいい?」
「いや〜、溝口先輩?の顔よくわかんないし、まあお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ〜」
 園子には誤魔化したが、そもそも何を持って「かっこいい」と言えるのかわからなかった。それに、ミスコンやミスターコンのように、人間を外見で比べること自体、馬鹿げている。悪魔から見ればみな同じような顔だ。
 とはいえ、比べることで現れる「欲」を集めに来たのがリリカたちなので、人間にはお互いに比べあってもらわないと困るのだが。

 リリカがサタン特製のエビフライを箸で掴んで食べようとしたまさにその瞬間、後ろから怒鳴り声が飛んできた。
「おい佐々木!何やってるんだ!」
 箸からエビフライが滑り、お弁当の中に落ちた。
 後ろを振り返ると、現代文の田中先生が立っている。
 体格がよく、気迫を感じる田中の視線の先には、驚いている佐々木がいた。
「今度は昼休みに携帯か?校内では電源を切れって校則で決まってるだろ」
「はい、すみません…」
 どうやら、たまたま教室を通りかかった田中に、携帯電話を使っているところを見られたのだろう。
 佐々木は、明らかにしょんぼりしている。
「お前、先週も授業中に変なことしてたし、最近たるんでるんじゃないか?職員室に来なさい!」
 佐々木は半ば強引に連れて行かれた。
 生徒たちはしばらく沈黙した後、みな小声で喋り始めた。教室内が静かにざわめいている。
 リリカは食べ損ねたエビフライを口に入れた。
「佐々木、最近おかしいよね?なんか元気ないし、焦ってるっていうか…。前はあんな感じじゃなかったのに…」
 園子は心配そうな顔をしているが、リリカはあまり興味がなかった。
 しかし、自分が蒔いた「種」が明らかに影響していることは知っている。
「まぁ、もうちょっとで終わるよ…」
 リリカの小さな呟きは、教室のざわめきに消えていった。

2.

 昼休みもあと30分で終わるという頃、現代文の田中が職員室のドアを勢いよく開けて入ってきた。何やら肩を落とした男子生徒も一緒である。
「うげ、田中のやつ、また生徒泣かせてるわけ?」
 隣の席の高橋が心底嫌そうな顔をしている。
 華蓮も、この高校に来てから日は浅いが、田中が少し苦手だった。機嫌が悪いとドアや机の引き出しを勢いよく開けて音を立てるし、こっちは仕事で話しかけていると言うのに、「今忙しいから後にして」などと言いながらお菓子を食べていたりするのだ。

 田中は自席にどかっと座ると、机の引き出しから「違反カード」を取り出した。何か言いながら生徒に渡している。生徒は、相変わらずしょんぼりしながら田中の脇に立ち尽くしていた。
「前回はまだ1回目だったから見逃してやったが、2回目はアウトだぞ。それに、携帯電話を校内で使っちゃいけないって、校則に書いてある。知ってるよな?」
「はい…」

 確かに、生徒に違反カードを渡そうと思うと、自分が一回職員室に取りに来てまた生徒のところに戻るか、生徒を職員室に連れて来るしかないのだが、それにしても生徒が可哀想だ。
「田中先生、生徒を職員室に連れてきてお説教すること多いですよね…」
 本人たちには聞こえないように高橋に話しかけた。
「生徒もさー、周りにたくさん先生がいる中で怒られるの、嫌だよねぇ。私も聞いててやだし」
 高橋はわざと大きな音を立ててカップラーメンを啜り始めた。田中に抗議しているのだろう。
「そうですね。なんか、自分が怒られているような気がしちゃいますし」
 怒るなら、人に聞こえない場所でやってほしい。

「ったく最近どうした佐々木?お前、今までこんなことするような奴じゃなかっただろ?」
 どうやら、生徒は「ささき」と言うらしい。
 ささき、佐々木…
「あ、もしかして1年C組の佐々木くんか!」
 華蓮ははっと思い出した。
「あ〜あの子、佐々木くんか。佐々木くんってそんな違反するような子だったけ?」
 高橋がズー、ズー、と大きな音で麺を啜っているので、田中がちらりとこちらを見た。
「いや…。美術の授業では、至って真面目ですよ。丁寧に観察して絵を描いているような子です」
 華蓮は慌てて田中の方から目を逸らし、声をグッと潜めた。
 佐々木は確か、体育館とその近くにある花壇を描いていた。毎回きちんと進めているし、サボっている様子もない。

 田中は佐々木を見ながら、ため息混じりに言った。
「まぁ〜あれだ、最近みんな、浮き足立ってるし、注目されたいって気持ちもわからんでもないが、きちんとメリハリはつけろよ。そんな浮かれ調子だと、交通事故とか遭いかねないからな」
 佐々木は何か言っているようだが、こちらまでは聞こえない。

 野次馬みたいで何だが、佐々木が何で浮かれていたのか気になる。
「あれかな〜、ミスコンとかの『毎日応援制度』で心を乱されてる的なやつかなぁ?」
 高橋はカップ麺のスープをごくごく飲み干し、コンビニのビニール袋に入れてゴミ箱に捨てた。
 毎日応援制度…。担任ではない華蓮にはあまり情報が回ってこないが、今年のミスターコン・ミスコンから導入された、いわば投票制度らしい。

 田中は立ち上がり、職員室のドアの方を指した。そろそろ5時間目が始まるので、佐々木を教室に返すつもりなのだろう。
 佐々木は深く頭を下げると、田中の席を離れ、職員室のドアに向かった。
「あ」
 ドアを開けた佐々木のポケットから、何かが落ちるのが見えた。
「佐々木くん!」
 華蓮は思わず叫んだが、佐々木の姿はもうない。
 職員室の先生たちが華蓮の方を振り返った。しかし、佐々木が何か落としたことに誰も気づいていないのか、みなキョトンとしている。

 華蓮は立ち上がり、職員室のドアの方に駆け寄った。ドアのすぐそばに、小さな鍵が落ちていた。
 届けないと!
 元「遺失物の女神」の血が騒いだ。落とし物は、なるべく早く落とし主に届けなければ。
 華蓮は勢いよく職員室のドアを開けた。


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