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最近の5冊:ある1冊から参考文献つながり

5冊読んだら感想を書こう、という個人企画の一環。今回はこんなラインナップ。5冊の情報は無料、読んだ小説のネタバレを含む部分だけ有料にしています。

武田徹『「隔離」という病い 近代日本の医療空間』(中公文庫)

もとは2010年刊行の本で、筆者は日本という共同体の「質」に関する議論を隔離という医療行為を通して描くとしている。隔離には単なる感染予防という実効性だけではなく差別や排除のメカニズムも潜んでいる。

前半ではハンセン病隔離問題を振り返り、後半ではそれを実践してしまった日本と日本人の「寛容」や「生きがい」に触れ、隔離にどんな意味づけをしてきたのかを考える。

私が注目したのは2点。

1つは神谷美恵子氏の『生きがいについて』を取り上げて、かなり批判的に扱っていること。以前Eテレの『100分 de 名著』でも登場した本だけれど、見た当時に「これは美談にしていいのかな」という疑問があった。その違和感を言語化してもらった気がする。

もう1つは今後の感染病について、どんな治療や病棟が用意されているのかを紹介していること。2010年頃の「感染病」の恐怖がまさに今自分の周囲を覆っている事実に震える。全然他人事ではない。むしろ現実がこのときの予測を超えている。

10年という時間を経て読んでしまったからこそ、じわじわ来る。

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北条民雄『いのちの初夜』(青空文庫)

上記の本の中で紹介されていた小説。作者の北条民雄氏は1914(大正3)年生まれ、1933(昭和8)年にハンセン病を発病、翌年から東村山にある全生園で隔離生活に入る。その後に創作を始め、これは自身が入院した日を題材にした短編。第2回文學賞を受賞している。

これから隔離生活を送らなければいけない人間はどんな心境になるのか、訪れた施設ではどんな人が暮らしていてどんな印象を持ったか。その中で「生きる」という命題を突きつけられる。

同じ病を持ちながら病棟で世話役を務めている佐柄木と出会い、彼と交わす言葉が重い。命としてはギリギリの場所で、何を考えるか。隔離されている人の重さでもあるし、万人に共通の重さでもある。

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サマセット・モーム/金原瑞人訳『月と六ペンス』(新潮文庫)

積ん読から引き上げた1冊。「海外の古典も読まないと!」と数年前に買ってから手つかずだった。並んでいる中でふっと選んだ。

ある画家の生涯について、古くからの友人が回顧していく構成。彼を見知っている人を辿るとさまざまなエピソードに出合う。その人物像があちらこちらに振れるので、読んでいるとミステリーのような気がする。

登場する人物たちの関係と描写が秀逸で、絶対に「良い面」と「許しがたい面」が出てくる。何かの拍子に「いい人じゃん」と思ったら次の出来事で「それは嫌だな」と思ってしまい、作者の術にハマっている自分に気づく。でもそれが心地よい。どのみち人間は善悪どっちも兼ね備えているのだし、という開き直りもできる。

最後に「えっ」と思った点は後述。

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梅棹忠夫『わたしの生きがい論―人生に目的があるか』(講談社文庫)

筆者は文化人類学の領域では大家。1959年から1980年代にかけて行った講演の中で「生きがい」に関するものを収めた1冊。これも『「隔離」という病い』の中で取り上げられ、神谷美恵子氏の著作と比較されていた。

もうこれは先に言ってしまってもいいと思うけれど、「人生に目的があるか」という問いに対して、一貫しているのが「ない」という潔い答え。

生きがいの定義はいくつか述べられている。

生きがいがあるというのは生きたかいがあった、生きたということの結果として何かの成果がえられた。あるいはむくわれたということです。
期待をもって努力して生きてみた結果、期待どおりのおかえしがあればこれは生きがいがあったということになる。
生きがいというものは、はじめから未来というものを前提にしてなりたつ観念

これらの定義に対して「人生というのは『ある』のであって、目的も何もあったものじゃない」と言い切り、「生きがいというのは、達成主義のかんがえ方じゃないかとおもいます」とまで言う。

最近は何かと「貢献する、役立つ」という言葉に敏感になっている。それが出来なければ社会にいてはいけないのか、という問題にまで発展している。梅棹氏は60年以上前からその答えを出していた。

私よりも若い世代がこれを読んだらどう思うのか、とても興味がある。生きがいに疲れてしまったのなら、たぶん読んでみるといい。

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奈良原一高『太陽の肖像 文集』(白水社)

昨年亡くなってしまった写真家。長崎にある軍艦島で暮らす炭鉱労働者たちと、溶岩に埋まってしまった桜島東部の集落・黒神村の人々を撮った1956年の初個展『人間の土地』で鮮烈にデビュー。

街と人を撮り続けて世界中を旅する筆者はエッセイの評価も高い。写真1枚でも力があるのに、そこにあるストーリーや景色が端正な描写で言語化されて世界が何層にも広がっている。

この本には写真の代表作45点に、幼少期から大病を患って復活する老年期までのエッセイが入っている。なぜカメラを持つようになったか、どうしてその場所へ行ったか、何を見ているのか。

有名な写真は「決定的」とも言える刹那を写し込んだものばかりだけれど、それを撮る時間とタイミングを待ち続けていたのは知らなかった。

本の帯だと思っていたところに仕掛けがあるのは、あとがきを読んでから気がついた。書籍の造りとしても楽しい。

『月と六ペンス』について、おまけ

この先はネタバレも含むので、それでもいいよという方だけどうぞ。有料エリアにします。

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