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社会人が院試の「研究計画書」を書き上げるまで

2023年秋に大学院の社会人特別入試を受けて、来春から大学院生として学べることになりました。私が受験した大学院の場合、社会人入試には科目試験がなく口述試験のみです。そのぶん提出する「研究計画書」が大きなカギを握りました。

私は今までライターとして仕事をしてきたものの、アカデミックな文書作法やフォーマットはよく知りません。学生時代に卒論は書きましたが、もう30年近く前。口述試験で「論文というのはね、先行研究を参考にして書くものなんだよ」と説教されたことを覚えています(できてなかった、でも奇跡的に卒業できた)。

「研究」というのも、興味をどこまで突き詰めて書けばいいのか見当がつきません。ライターなのでそれっぽくはライティングできるかもしれないけれど、長年研究している方々が見れば「それっぽいもの」と「それ」は完全に区別できます。でも自分はまだ区別がよく見えていない。

そんなスタートから無事合格となるまで、どのように「研究計画書」を仕上げたのかを書こうと思います。


なぜ社会人から大学院を目指したくなったか

きっかけは、2022年度に受講した学芸員資格のための授業でした。美術館や博物館への興味から1年間学ぶことを決め、実際に学校に足を運んで体験するスクーリング授業も受けました。

その中で、ある先生が「皆さんは資格を取ったらどんな施設で働きたいですか?」という問いを投げかけたのです。わー、考えたこともなかった。

端から聞かれていくので頭をぐるぐる回して考えたところ、思い浮かぶのは新聞博物館や放送博物館、産業系博物館など。「そういえばずっと広告が好きだったな」と思い出しました。

過去のnoteにも書いています。

私は、現代の広告ではなく自分が生まれる前の時代、昭和30年代や20年代の新聞広告が昔から好きです。その時代がまんまパッケージされているので、見ていると時間が飛ぶんですよね。仕事には全く擦らない分野なので調べものをするにも興味から行うのみ。自分で「なるほど」と知識を得て楽しむ範囲でした。

でも、よく考えてみたら、これからその分野を勉強してもいいんじゃない?

民俗学の授業でも「大学でこんな学科や研究科が設置されています」といくつかの大学が紹介されて、調べてみると面白そう。そこから「大学院にチャレンジしてみよう」と考えるようになりました。

上記のnoteを書いたときは、すでに意識していたと思います。

大学院を選ぶ

今、社会人が大学院を受験するとなると、キーワードとなるのは「リスキリング」や「学び直し」です。サイトや雑誌でもよく特集が組まれています。でもその中にある科目はどちらかといえば実務系で、経営やIT、MBA、デザイン、介護福祉、心理学などが主。

いやー、自分がやりたいのはそういうことではないなあ。

広告系で絞っていくと新聞学科や社会学科などがあります。ただし、どちらかというと現在のマーケティングに直結するテーマが多く、自分の関心とは違う。データや現象よりその時代の人についてもっと知りたい気がする。

ぐるぐる探してみて、最終的に民俗学・歴史学の領域が自分の関心と一番近いという結論に至りました。

住んでいる場所から通えるか、入試形態はどうか、社会人用に準備されている試験やカリキュラムはあるか、近い研究を行っている人は所属するか、学費は大丈夫か。学校名から大学院を選ぶのではなく、やってみたいテーマから大学院を探し、いろいろ検討して今回の大学院の受験を決めました。

入試説明会に行ってみる

調べてみると、2022年秋に「大学院入試説明会」が開かれることが分かりました。学校内の教室が会場になっているほか、Zoomでの参加もOK。案内のPDFに「関心がある方ならどなたでも!」とあったので、お言葉に甘えて学校会場へ行ってみました。

全体で何名参加なのかは分からないのですが、会場組は4名ほど。それも若い留学生の方が多く、たぶん日本人は私だけ。少人数を逆手にとって質問時間では「社会人で受験を考えているんですが!」「こんなテーマでも大丈夫ですか!」と思いつく限りお聞きしてきました。

会場組は校内の図書館や部屋を案内していただけたので、雰囲気も分かります。自分の母校と似ていたので安心しました。

指導してもらいたい先生に事前相談を申し込む

出願の要項を見ると「指導教官になってほしい先生に連絡して、事前面談を済ませること」が必須になっています。

自分の研究テーマを明らかにして、この大学院でこのテーマを深められるかを尋ねてみる。先生方としては指導して修士論文まで持って行ける学生かどうかを見てみる。ある程度、お互いに確認するのが目的です。マッチングという人もいます。

確かに、この確認をスキップして出願しても「うちでは見る人がいない」となったら不合格一直線です。出来不出来の前に不可になってしまいます。ひと手間ではありますが、事前面談を必須に設定している点でとても親切な大学だなと思いました。

事前面談の必要書類には「履歴書」と「研究計画書」が挙げられています。ということは、その前に「研究計画書」を書かないといけません。

さて、どうまとめるか。
というより、何を書けばいいんだ。

「研究計画書の書き方」のサイトを見つける

私が一番信頼して、最初から最後まで頼ったのがこのサイトでした。

大学院入試情報などでも書き方のガイドはあります。でも、実際に学生を受け入れる側の視点で「こういう情報がほしい/これは不要」という項目が一番明確だったのはここでした。

自分の"お気持ち”は要らないし、背景はきっちり先行研究から引っ張ってエビデンスを付けておく。研究手法についてもざっくりしていてはダメで、どのように行うか、なぜそれが必要かも説明できるようにする。

この時点での私の仮テーマは「昭和20年の新聞広告」でした。広告史の中でもこの1年は特別です。敗戦直前で売る物もなく、買う人もなく、それでも広告枠は売られていて広告主がお金を出して出稿している状態。でも8月の終戦を境にバーッと商業広告が増えて12月にはずいぶん活気が出ています。

この不思議な時期について何とか明らかにできないか、「研究計画書」を練ってみることにしました。

年末の事前面談・A先生

計画書を書き上げて、まず分野が重なりそうなA先生に連絡です。大学院サイトに事前面談申し込みフォームがあったので必要書類をアップし、後日、日程を決めるメールを直接いただきました。Zoomでも可だったので今回はオンラインを選択。

A先生とは1時間近くお話ししたと思います。第一に心配だったのは「研究計画書」が最低限レベルをクリアしていたかどうか。最悪「こんな内容では全然ダメです」という返事も覚悟していました。

でも無事にそのラインは通過した様子。ただし「このテーマは歴史というよりも社会学に近いかもしれませんね」という指摘。うーん、歴史学と社会学の違いをちゃんと認識していないかもしれない。

いくつか歴史学に関する書籍を紹介いただき、「これを読んで『歴史をやってもいい』と思えるようだったら出願してみてください」とのこと。うーん、足りない点がたくさんありそうだ。

それにしても、まだ自校の学生でも何でもない人間に対して、自分の時間を割いて「仮研究計画書」を読み込んで指導するのは完全な先生のご厚意です。そして欠けている部分を埋められるよう、複数の参考文献を挙げられる情報量に圧倒されました。

ご自身の専門分野ではないところでも「こんな本やこんな本もあるので参考になると思いますよ」と教えていただける。全部の学生にこれを実行しているのだから、大学の先生は本当に凄いな…。

また、最後に「この分野ならB先生も重なるので話を聞いてみますか」とご提案いただき、連絡をお願いしました。

年末の事前面談・B先生

B先生からも直接メールをいただき、日程を合わせて今度は研究室を訪ねることにしました。学部生だったら3年次や4年次にやっているんでしょうね。全然知らなかったし、今回が初めて。新しい別校舎だったのでキラキラ感に圧倒されながら受付を済ませます。

今回の面談でも事前に「研究計画書」を読んでいただき、院に入ったら何をするのか、何をしたいのかを中心に聞かれました。

でもA先生と同じように「歴史ではなさそう」という点が引っかかっている様子。A先生とB先生の話を総合すると、おそらく私が提出している研究内容だと「点の現象」を研究する話でしかない。でも歴史はもっと長い時間の幅と変化が含まれるもので「幅のある線」に近い。

B先生は、過去の受験生を例として、歴史を物語として捉える人は難しいと話してくれました。小説や願望ではないので、資料から読み取った解釈でも誰もが納得できるエビデンスを使って論文にしなければいけない。それができるかどうか。

新聞業界に詳しい先生だったので、昔の新聞の現物や戦時中の伝単、占領期の公式資料集についても「こんなのもあるよ」と見せていただきました。やっぱり研究する人のところには濃い資料があるんだなあ。大学院に通うということは、これらを自在に調べられるということ。

あと、B先生は新聞業界を経験して教授になったので、40代以降は「時間がないから、やりたいことがあったら1年でも早くやったほうがいい」と繰り返しおっしゃってました。確かになあ。

B先生も1時間以上お話を伺いました。本当に、まだ何者でもない私に貴重な時間を割いていただけるのがありがたいやら申し訳ないやら。

研究という切り口がどのようなものか、少しですが体験できました。

「研究計画書」を書き直す

①テーマを見直す

このままだと社会学分野のテーマであり、かつ院で求められている内容とも微妙にズレている気がする。点ではなく線を辿るようなテーマに変更する必要があります。

でも「昭和20年の広告」のあの違和感からは離れたくありません。CiNiiGoogleスカラーJ-STAGEなどを利用して関連論文を探したり、当時のキーワードで国立国会図書館デジタルコレクションを漁ったりしました。

供出広告が多いから金属の話から行ける? 当時の求人広告や三行案内から見えるものはない? 出版広告だけは地道に続いているけれど裏話は? この頃の小売業は生きてた?

いろんな言葉で当たっているうちに、広告主がお国のために広告枠を提供する献納広告というフォーマットに行き着きました。調べてみると意外と導入は早く、開戦の数年前から始まっているらしい。ほほう。これでいってみよう。点ではなく線が引けそうです。

②先行研究を調べる

そのテーマについてすでに論文があれば、その論文が触れていないところを新たに調べることに価値が出ます。この分野では誰がどこまで明らかにしていて、何が足りないので自分はどうしたいのか、そこまでを自ら言語化しないと計画書に書けません。

重要な論文を見落としていてはカッコ悪いので、書籍や論文についてはひたすら調べて確認しました。関連書籍の参考文献を見ると、必ずといっていいほど登場するバイブルのような資料もあります。論文なら今はPDFで読めるものも多く、自分が学生だった30年前より格段に便利です。

国立国会図書館デジタルコレクションだと戦前戦後の資料なら全文検索ができるので、人名からいろんな資料につながったりします。辿っていると面白いので、たちまち時間が過ぎ去ります。いかんいかん。

③書き直す

研究の目的、背景、手法、成果、先行研究についてなど、テーマが「戦前の新聞広告」である以外はほとんど書き直しました。

そのときも、軸にしたのは先ほど紹介した敷田先生の書き方サイトです。自分がいかに優れているかを書くのではなく、何をしたいのか、調べ終わるとどんな成果を残せるのかを明らかにする。

研究成果が従来から何を進化させるのか、後世に何を残すのかという視点はこれまであまり持ったことがありませんでした。これまで・この先を述べるには、やっぱり先行研究との接続を明らかにする作業が不可欠です。

やっと昔の口頭試問で怒られた「先行研究を土台にせよ」という意味が分かりました(今か)。

口述試験、当日

控え室に入ると、おそらく内部生でお互い知り合いの学生さんたちが10人ほど、黒スーツを着て小声で話していました。しまった、スーツか!

私は何となく今まで慣れていた「オフィスカジュアルでいいだろう」という頭があって、スーツについてその瞬間まで全然気づきませんでした。

わー、それで落ちたら嫌だけどなあ。黒で揃えているし、失礼にはなってないと思うけどなあ(でも学生さんの足元を見るとスーツでも厚底のスニーカーだったりするので改めて「スーツとは」を考える羽目に)。

順番が来て部屋に入ると面接の先生は2人。材料は「研究計画書」しかないので詳しく聞かれます。

まず、なぜこの大学を選んだのか。なぜこのテーマなのか。社会人から大学院を受けようと思ったのはなぜか。なぜこれを「研究」しようと思ったのか。確かに、調べたかったら在野で好きに調べてもいいはずです。なぜ学校でやりたいのか。

途中、ホッとしたのは「研究計画書がとても丁寧に書かれていますね」と言っていただけたこと。試験の俎上にのる水準はクリアしたらしい。

あと、自分の広告話について、メモを取りながら根掘り葉掘り尋ねてもらえたのが新鮮な体験でした。今までは誰に話しても「へー」とか「ふーん」という反応しか出ません。「これはどういうことですか」と深掘りしてもらえること自体が楽しく、それだけで出願の元を取った気がしました。

面接教官のお二方はとても穏やかで、にこやかに話を進めてくださったおかげで何とか話をまとめることができました。

無事、合格しました

合格でも不合格でも先週末に速達が届く、という旨は聞いていました。昼間外出して帰ってきたら、郵便受けに速達が!

桜柄のピンクの封筒で無事に合格通知が届きました。来春からは社会人大学院生になります。長期履修制度を利用するので、通常2年のカリキュラムを4年履修できます。仕事と両立しながら研究する予定です。

合格通知を受け取って「ああ」と思った点が3つあります。

① 久しぶりに所属する場所ができた

10年以上フリーランスで活動していたので、どこかに正式に所属するのがめちゃくちゃ久しぶりです。

昔、まだ結婚したばかりで慣れない関西にいたとき、2カ月間無職を経た後で久しぶりにアルバイトへ出た朝、「行く場所があるって貴重だな」と思ったのを覚えています。あれと似た感覚を思い出しました。「外に私の席がある」という状況がちょっと楽しみです。

② 調べものが「研究」になる

今まで好きにやっていた調べものに、今度は大学院生の研究という看板を付けられます。「ちょっと調べているんですよ」と言っていた事柄を「ちょっと研究しているんですよ」と言っていい。自分は研究からかなり遠い場所にいる人間だと思っていたので、不思議な気がします。

③ 歴史領域の入口に立った

通知を受け取った後、お世話になった方々にメールでお礼をお送りしたところ、書き直した「研究計画書」がしっかり歴史領域の研究計画になっていたとのお言葉をいただきました。よかったー。

学部生なら指導教官などのアドバイザーがいます。大学院だと予備校のようなところで推敲・指摘を受けて書き直せる人もいます。今回、私の場合は一人で試行錯誤しての出願だったので、何とか書き上げられて本当によかったです。

でもまだ入口に立っただけ。この業界?ではべーペーです。この半年でできる準備を進めておこうと思います。

書き直しで役立った書籍・サイト

歴史学と社会学の差は何だろう、先行研究と自分のテーマの位置関係はどう捉えればいいのだろう。迷ったときに指針となったのは、以下の書籍・サイトです。

今さらながら基本を確認。

近現代史の研究について、ジャンルごとに「先行研究では何が行われてきたか」が整理されていて分かりやすかったです。

カーの『歴史とは何か』を読み終えた後にこちらを読んだのはよかった。研究内容は、時代や人、流行によってかなり左右される。そしてなぜ過去の大人たちが「マルクス」にこだわったのか分かりました…。

これは大学院説明会の際に紹介されたうちの1冊。民俗学の幅広さが分かりやすく載っています。ヴァナキュラーは昔話ではなく今の文化に直結しているんですね。自分が広告営業職だったときのクライアントさんが登場していてびっくりしました。

繰り返しになりますが、とにかく今回は迷ったらこのサイトに立ち返って計画書を見直しました。大変お世話になりました。


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