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私が体験した学芸員スクーリング

4月から、大学の通信課程で学芸員資格を取るための勉強をしています。通信課程でも必ず受けなければいけないのが「博物館実習」。実際に館へ行って資料の扱い方を学び、レポートなどにまとめる作業があります。

履修する学校によっては自分で実習する施設を選んで申し込まないといけないらしいのですが、私が学んでいる玉川大学は自校敷地内に「教育博物館」があるので、そこで実習できました。

8月半ばに6日間カリキュラムを終えたので、備忘録と気づきを残しておきます。もともとは全て対面授業の予定でしたが、7月半ばからのコロナ禍の広がりを鑑みて「半分対面、半分オンライン」になりました。

事前レポート4館分

そもそも実習初日までに作成しないといけない宿題がありました。それは博物館・美術館を4館選んでレポートにまとめること。そして過去の自分の体験から博物館や学芸員の役割について2000字以上で記述すること。

施設のレポートは単に「行って面白かったです」ではダメで、求められる情報が全然違う。正式名称は? 経営主体は? 登録博物館か? 指定管理者の有無は? 設立までの概要は? コレクションの特色は? 施設の概要は? 実施している教育普及活動は? 展覧会以外の事業は? 刊行物は?

いわば「中で働く学芸員だったら押さえておくべき基本情報」を記述した後、体験した日付と展覧会の内容や気づいたことを書く欄が出てきます。

でも展覧会の内容もやっぱり「面白かったです」ではダメで、これまでテキストで学んできた展示方法や保存、環境作りなどについて観察してこないと内容が埋まりません。照明や室内の色、固定方法、動線、ストーリーなど。

正直、このレポートを書くために行っただけでも博物館・美術館を見る目が変わりました。今までそんなところに注目して回ったことがなかった。

さまざまなタイプの館を見たほうが良いらしいので私は以下をチョイス。8月初旬でnoteにちょいちょい出てきた美術館レポは、実はこの一環でした。

■日本新聞博物館
 「沖縄復帰50年と1972」「近代日本のメディアにみる怪異」
■アーティゾン美術館
 生誕140年 ふたつの旅 青木繁×坂本繁二郎
■新江の島水族館
■神奈川県立近代美術館 鎌倉別館
 これってさわれるのかな?―彫刻に触れる展覧会―

4館レポートはチラシや資料も含めて2穴ファイルに綴じます。レポートもホチキスで留めておきます。実習当日の朝一番、宿題が回収されたときは「8割終わった!」という感覚でした。いや、まだ何も始まってない。

対面で受けた授業

運良く対面で受けられた授業についてまとめます。小見出しと授業の正式名称は一致しないのですが内容重視で書いています。

展覧会の運営

現役学芸員の先生から現場の様子を教えてもらった後、4〜5名のグループに分かれてワークショップ。数ある展覧会チラシの中から1つを選んで「その展覧会に相応しいワークショップ」を企画して発表する。予算は無制限のドリームプランでOK。…の割にはどうしても「あるもので頑張る案」になってしまった気がする。

古文書の修復と和装本の制作

本物の古文書をペリペリ広げて、虫食い部分を補修する実習。めちゃくちゃ緊張して息を忘れる。和紙をちぎってデンプンで貼り付けていく作業は1穴ごとに「ほぅぅぅ」とため息が出るけれど、現場では数え切れない穴をふさいでいる。和紙を全体に貼り付ける裏打ちの作業もやってみる。

和装本(和綴じ本)を組み立てる実習。表紙の華やかな和紙、本文の折り曲げて綴じる和紙、表紙を貼り付ける和紙、仮綴じする紙縒り用の和紙、角補強用の和紙がある。どれも役割が違うし性質も違う。適材適所で本が組み立てられる。「何種類の和紙を使ったか振り返ってみてくださいねー」という先生の声で、和紙の幅広さと豊富さを実感。糸で綴じ込むときは不器用すぎて往生。玉結びは昔から苦手だ。

何とか出来た1冊、先人はすごいな


縄文土器のテグス固定と搬出用梱包の実習

「教育博物館」にある本物の縄文土器が配られ(というのも変だけれど)、テグス糸と板を使って固定する実習。確かに考古学博物館へ行くといろんな土器が透明なテグスできっちり留められている。唯一無二の資料を安全に展示するには必要な作業。特殊な結び方があって、なかなかきっちり結いきれない。

壊れないように梱包するのも一苦労。綿と和紙による大きな紙縒り紐のようなもので何重にも(でも弱いところは守りながら)包んでいく。繰り返し「破損させたらえらいこと」「借り物で展示会を開くのがほとんど、絶対に傷つけられない」という話を聞く。宝物を扱うのが日常

テグス以外にもピンで固定する話も聞く。矢じりや勾玉など小物も100点借りたら展示用に100点作業しないといけない。それも手早く進めないと間に合わない。今日のように1点で試行錯誤している暇はない。今まで何の気なしに眺めていた博物館が急にありがたくなってくる。

掛け軸と絵巻物の扱い方実習

博物館所蔵品を使って、掛け軸の紐を解く→器具を使って掛ける→ゆっくり広げる→ゆっくり巻く→器具を使って下ろす→掛け軸の紐でしっかり巻く、までを行う。

長い掛け軸は戻すのが大変。巻いているうちに斜めになるとタケノコみたいになってくる。かといって遅すぎても作業が滞る。紐の巻き方は着物の帯のようで、慣れれば手が覚えるだろうけれど今は頭が混乱する。

実習用に出てきたのは模写とはいえ、ちゃんと展示会でも披露するもの。名品もあるのだろうけれど、鑑賞する間もなくすぐにクルクル巻かれていく風景はシュールだった。

絵画と彫刻の展示スペースを作る実習

博物館所蔵の本物を使い、6人グループに分かれて「どの順番でどんな間隔にどう置くか」を考えるワークショップ。三角スケールを使って縮尺での会場設計図も書いてみる。そういえば実家に三角スケールがあったけれど、チャンバラの武器にしか使ったことがなかった。お父さん、初めて使い方を知ったよ。

まず課題となった作品群をどの順で見せるか、みんなの意見をまとめるところからスタート。各グループ1点ずつ混じっている彫刻の扱いも考える。最初に見せる? 絡めて見せる? 別物として離れて設置する? 決まったら設計図に落とし込む。のが難しい。

実脚立に乗って吊すためのワイヤーを移動させ、設計に合わせて絵を掛けて展示する。解説パネルはあるものの、横に置くか下に置くかでも印象が違う。照明の当て方でも見え方が変わってくる。できたスペースは照明の魔法なのか良い感じに見えた(先生たちからはいろんなチェックがあった)。

講評が終わると20分足らずで撤収(笑)安全に片付けるのも作業の一環。

絵画の額装と解説パネルの制作実習

プリントされた作品があるので、マスキングテープを使ってマットに付けて安全に見栄え良く額装する実習。作品を傷つけないのが第一。業者にお願いする場合もあるけれど多くは学芸員が作業しているらしい。もし100点借りて展覧会をするなら、100点額装作業をすることもある。額によっても部屋に飾れる数やバランスが変わってくる。

解説パネルは、出力された紙をハレパネに貼って切り出して作る。5mm近くあるパネルは切るのに力が要るので下手をすると刃が滑りそう。集中力がなくなったら潔く他の作業に移ったほうがいいらしい。

オンラインで受けた授業

本来なら対面だったはずが学校都合でオンラインになってしまい、先生たちもやり方にはずいぶん苦心された様子でした。

  • 資料の収集と管理

  • 民俗資料の検討と調査

  • 博物館教育の理論と実習

  • 保存科学

内容に関する講義をきっちり行う先生もいれば現場の話をしてくれる先生もいて、授業によってカラーが異なるのがかえって面白かったです。

授業以外で大変だったところ

Teamsの準備

オンライン授業が急遽決まったので、学校で使うTeamsの動作確認を行わなければいけなかった。どうも仕事で使っているTeamsのアカウント変更ではダメで、教育用Teamsにログインする必要があった。結局自分はブラウザからTeamsに入ったものの、声だけ出ない、画面が乱れる、などのトラブルがあってドキドキした。授業の声は全て聴けたのは幸いだった。

体温の自己申告

管理のために教室に入るたびに入口のQRコードを読み込み、学籍番号とざっくり体温を登録する必要があった。感染者が出たら教室利用者にも連絡がいく仕組みなのだと思う。便利なのか不便なのか。

毎日のご飯

自宅から遅刻せず通うのが大変だったので、町田にホテルをとって通った。昼は学食が使えないので必然的にコンビニで買ったパンなど、朝もあまり時間がないので(朝食なしプランにした)やっぱりコンビニ飯。

夕飯も最初コンビニや持ち帰りで賄っていたものの、ホテルの狭い机がだんだんストレスになってきて「広いところで食べたい!!」と爆発。後半はレストラン街のお店で広々食べた。17時くらいだとまだ貸切モード。

たぶん、先生方の準備

1組18名、これがあと数組いたらしい。組ごとにローテーションでいろんな授業を受けに行く。ということは先生は毎回違う学生へ向けて改めて材料と道具を準備しなければいけないわけで、これが一番大変だったのではないだろうか。数種類の和紙とか、土器固定用の工具とか、美術品とか…。

中の方の苦労についてはこんな記事もあります。ありがとうございます。


実習で気づいた意外なこと、自分の専門とは

実習は資格取得のための必要な学びであり単位でもあります。その要件を満たすのが一番の目的でしたが、思わぬところでも気づきがありました。それは自分の好きな分野と専門性についてです。

初日の先生は自己紹介の時間を設け、18名いたクラスメートにお題を聞いていく方式をとりました。お題は博物館・美術館に関していくつかあって、例えば「生まれて初めて行ったところ/最近行ったところ/一番好きなところ/一番おすすめなところ」など。

皆さん私より博識で経験があり、先生も「ああ、あそこはこうですよね」という話に花が咲いている。すでに中の人として働いている人もいる。うあああ、自分の経験だと何も太刀打ちできない空気だけれど大丈夫か。

その中で「自分が勤めたいところ」というお題もあって、ちょっと悩んでしまいました。言われてみればその観点で考えたことがない。でも学芸員資格を取ろうという人たちの集まりなのだから、本気で将来を考えるのであれば避けられない話です。

美術館を挙げる人もいれば博物館の人もいる。うーん、自分はどこだろう。しばらく辿って行き着いたのは「NHK放送博物館」でした。「日本新聞博物館」もいいな。明らかに美術館志望とは違います。かといって上野の科学博物館かというとそうでもない。

この問いかけで、改めて自分がメディア志向なのだと気づきました。それもマーケティングとしてのメディアではなく、文化としてのメディアにとても興味がある。売りたいのではなくて、メディア周りで起こったことや文化の変化を知りたい。

そういえば昔から新聞広告が好きで縮刷版をよく見ています。最近は仕事とは全然関係ないところで昭和20年の新聞広告について調べたくなって、図書館で資料を探したり、コピーをもらったりしていました。ああ、こういう方面をちゃんと形にするってのもありなのかな。

実習を終えてからもずっと気になって「じゃあちゃんと論文を探してみよう」「文献の内容をまとめておこう」と動いています。締切のない自由研究を始めている感じです。

学芸員の仕事の根っこに必ず「調査研究」があるというのも興味深いです。単に面白く展示するプロなのではなく、研究した結果を一般の人へ分かりやすく提示するプロだった。実習でいろんな先生方の話を聞いて「そうなのか」と思った一番大きなポイントはここかもしれません。

学芸員資格のための勉強はまだまだ続く

ここまでがっちり書いておいて、実習の単位がもらえるかどうかはまだ分からないのですが(笑)

実習以外にもテキスト学習は続くし、レポートは書かなければいけないし、科目試験も受けなければいけません。でも実習を体験したおかげでその先に何があるのかは鮮明になりました。やっぱり体験は大事。

今回惜しくもオンラインになってしまった授業も、今後機会があったら対面で受けてみたいと思いました。

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