余談:怒りの葡萄 後篇『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』第100話
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2019年9月19日
スナックふかよみ
それじゃあ、素晴らし過ぎる冒頭シーンを解説して、『怒りの葡萄』の話は終わりにするとしようか…
残念。もうちょっと聞きたかったけど。
岡江クンにそんなこと冗談でも言っちゃダメ。
『怒りの葡萄』全セリフ解説なんて始まったら、朝どころか昼までコースよ…
うふふ。それは勘弁して頂戴(笑)
わかってます。もう夜も遅いですからね。
サクッと冒頭シーンだけ解説して、これで今日はお開きにしましょう。
大林少年君、動画をたのむ…
はい。
ジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ主演で1940年に公開された『The Grapes of Wrath』ですね…
まずはヘンリー・フォンダ演じる主人公トム・ジョードが、田舎道を歩いてるシーンね…
しかも、電信柱に十字路…
いきなり十字架のモチーフだらけです…
だね。
そしてトム・ジョードは、十字路の中央に映る「十字架の影」の横を通り過ぎ…
角にある雑貨店「CROSS ROADS」の敷地に入って行く…
んもう!そのまんまじゃないの!
「CROSS ROADS」は「CROSS LORD’S」のダジャレでしょ!
その通り。「主の十字架」ってことだね。
つまり冒頭シーンは「イエス・キリストの磔刑」を描いているんだ。
冒頭シーンなのに、イエスの磔刑?
磔刑シーンといえば、クライマックスじゃないの?
最後にママ・ジョードが残した預言ですよ…
「後のものが先になり、先のものが後になる」
ラストシーンは「神に授乳する聖母」でした…
だから冒頭シーンは「イエス・キリストの十字架刑」…
そう。
イエス・キリストの物語が「後先反対」で描かれるのは、カズオ・イシグロの『日の名残り』と同じだ。
あっちは「書架と脚立」で「イエスの十字架刑」を描いていたけどね。
ちなみに…
主人公トム・ジョードが雑貨店クロスロードに向かっていく際に流れ出す音楽にも「秘密」が隠されています…
あの陽気なジャズにも?
あれは『A-Tisket, A-Tasket』という曲。
エラ・フィッツジェラルドとチック・ウェッブ楽団が1938年にヒットさせて、ジャズのスタンダードナンバーになった曲だ…
ママの大切な手紙の入った黄色いバスケットを失くした?
それを女の子が拾って自分のものにした?
ずいぶんと変な歌詞ですね。
てゆうかさ、そもそも「ア・ティスケット、ア・タスケット」って何なのよ?
日本でいう「ハンカチ落とし」のことです…
英語圏では、ゲームをする際に、この歌が歌われるんですよ…
ハンカチ落としの歌?
なんでそんな歌がこんなところで流れるのよ。
『A-Tisket, A-Tasket』は「謎かけソング」なんだよね。
マザーグースや横溝正史でもそうだけど、童歌には「謎かけソング」が多いんだ。
謎かけソング?
『悪魔の手毬唄』みたいな?
その通り。
ジョン・フォードは、ある目的のために『A-Tisket, A-Tasket』のメロディーを流した。
その目的とは、この歌の歌詞を観客に想起させる、ということ…
『A-Tisket, A-Tasket』は「大切な手紙が入った黄色いバスケット」が失われたことを嘆くだけの歌ですよね?
『怒りの葡萄』とは何も関係ないのでは?
実は、この歌で歌われる「失われた黄色いバスケット」とは…
「Ark of Covenant(契約の箱)」のことなんだ…
ええ!?
失われたアーク?
マジ卍。
そ、それでは…
そこに入っていた「ママの大切な手紙」とは…
モーセが神から授かった「Ten Commandments(十戒)」が書かれた石板のことだ…
十戒が収められた契約の箱は、行方知れずになったままだから…
「父」が「母」に置き換えられていたのね…
じゃあ、それを拾って自分のものにした「女の子」も、本当は「男の子」ってことなの?
YES。神の子イエスのことだ。
モーセの旧約を受け継いで、それを自分のもの、つまり「新約」にした。
でもさ、これって「こじつけ」じゃないの?
ジャイアンツもそう思うでしょ?
うーん、どうでしょう。
これは決して「こじつけ」なんかじゃない。
巨匠ジョン・フォード監督が、映画で最も重要といえる導入部のシーンで、何の意味もなく音楽を流すわけがないだろう。
それに、アメリカのハンカチ落とし「A-Tisket, A-Tasket」には、興味深いルールがあるんだ…
興味深いルール?
ハンカチを落された人は、落とした人を追いかける…
そして、落とした人を捕まえることが出来たら「キス」をするんだ…
こんなふうに…
『ユダの接吻』
トマ・クチュール
げえっ!
アメリカ人にとって『A-Tisket, A-Tasket』のメロディは「捕まえる・キスをする」という行為をイメージさせるもの…
天才ジョン・フォードは、冒頭であのメロディを流すことによって、イエスの十字架刑を描く手助けにしたわけですね…
この作品でアカデミー監督賞が与えられたのも頷けます…
どんだけ!?
冒頭シーンに戻ろう。
『A-Tisket, A-Tasket』のメロディをバックに、ヘンリー・フォンダ演じる主人公トム・ジョードは、雑貨店の建物に近づいていった。
すると、建物から男が出て来て、それを見送る女が現われる。
駐車場に止まっていた大型トラックのドライバーと、雑貨店の女主人だ。
トム・ジョードは立ち止まり、トラックの後ろで、ふたりの会話に耳を傾ける…
女「ねえROY、帰りはいつになるの?」
男「まあ、二三週間後ってとこだな」
あの二人はデキてるのかしらね。
トラック野郎と街道沿いの店の女。昭和の映画みたい。
うふふ。
ここで「ROY」という名前が出てきた意味、わかる?
は? 意味?
映画の一番最初のセリフが、この運転手の名前なのよ。
何か意味があるとしか思えないでしょ?
ん、まあ… 確かにそうだけど…
だけど聖書に「ロイ」なんて名前の人は出てこないでしょ?
「ROY」って名前の意味、知ってる?
ロイの意味? なにそれ?
「ROY」とは「王」もしくは「赤」という意味…
つまり「赤い布」を着せられ「王を自称する罪」で有罪となったイエスのこと…
『Ecce Homo(この人を見よ)』
アントニオ・シセリ
なるほど…
「INRI(ユダヤの王、ナザレのイエス)」のことでしたか…
それでは「ROY」が帰って来る「二三週間後」というのは、復活の日である「二三日後」のことですね…
そしてドライバーの男はこう続ける。
男「俺がいない間、ちゃんと大人しくしてろよ」
女「まあ!」
これは「帰って来る日」まで、余計なことをするなということ…
途中で中の様子を覗いたり、あれこれ詮索せず、ただ待っていろと…
女と別れた男は、トラックの運転席についた。
そしてトム・ジョードは運転席に近付き、外から男に話しかける。
トム「How about a lift, Mister ?(乗せてくれないか?)」
男「Can't you see that sticker ?(お前は、貼ってある字が見えねえのか?)」
うまい!
何が?
男が言った「貼ってある字」とは、この後に映し出される「注意板」であると同時に、雑貨店の看板「CROSS ROADS」のことでもあります。
つまり「主の十字架」のこと…
『怒りの葡萄』の主人公トム・ジョードの最初のセリフは…
「十字架に乗せてくれないか?」だった。
書いたジョン・スタインベックも、映像化したジョン・フォードも、凄いわよね(笑)
ちなみにトラックが十字架や聖書に喩えられるのは定番中の定番ネタです…
これは、トラックが大事な荷物を載せるものであり、そして「truck」と「track」のダジャレからくるもの…
音楽などにも使われる「track」という言葉は「いくつかのものが合わさって、大きな意味を成すものになる」という意味をもつ言葉ですから…
そしてトラックに貼られているステッカーが映し出される。
「NO RIDERS ALLOWED(誰も乗せるべからず」というトラックオーナーの命令だ。
一休さんの「この橋を渡るべからず」みたい。
そうだね。
トラックドライバーの男も、トンチをきかせて、こんなセリフを言う…
but a good guy don't pay no attention
to what some heel makes him stick on his truck.
Well, scrunch down on the running board
till we get around the bend.
表向きの意味は、こうだ…
しかし、いい奴はそんなこと気にはしねえ
嫌な野郎がトラックに貼ったことなんざ
さあ、そんな能書きのことは忘れちまえ
頭がおかしくなっちまう前によ
だけど、こういうふうにも読める…
しかし、善き人は、そんなことを心にもとめない
彼の物語において悪しき者が彼を十字架にかけたことなど
さあ、彼を十字架から降ろそう
足が折られる前に
「ステッカーを貼る」という意味の「stick」は、「棒を立てる」という意味もありますからね…
そして「till we get around the bend(頭がイカれる前に)」の「bend」の本来の意味は「曲げる・折る」…
『ヨハネによる福音書』では、イエスが十字架から降ろされる際に、足を「bend」させられそうになりました…
19:31 さてユダヤ人たちは、その日が準備の日であったので、安息日に死体を十字架の上に残しておくまいと、(特にその安息日は大事な日であったから)、ピラトに願って、足を折った上で、死体を取りおろすことにした
19:32 そこで兵卒らがきて、イエスと一緒に十字架につけられた初めの者と、もうひとりの者との足を折った。
19:33 しかし、彼らがイエスのところにきた時、イエスはもう死んでおられたのを見て、その足を折ることはしなかった。
あの二人のセリフ、妙な言い回しだと思ったけど、こういうことだったのね。
そして男はトム・ジョードを乗せて、クロスロード雑貨店から出発する。
次のシーンは運転席の中での会話だ。
男「遠くまで行くのか?」
トム「いや。二三マイル先でいい。もし my dogs wasn't pooped out なら歩けたんだけど」
俺の犬がウンチしなかったら?
どこに犬がいるの?
ここでの「my dog」とは「足・靴」のこと。
「poop out」とは「くたびれる・疲れ切る」という意味だ。
なんでそんな妙な言い回しするのかしら。
「my dog」は「my God」のダジャレ…
つまり、十字架で力尽きたイエス・キリストのことね…
ボブ・ディランの『VISIONS OF JOHHANNA』でも使われていたでしょ?
あ、そうだった…
男とトムの会話は続く…
男「 job を探しに行くのか?」
トム「いいや。My old man のところだ。40エーカーの農地を持っている。借地だけど。俺は以前そこにいたことがある」
出た!
「job」は、神の試練を乗り越えた「義人ヨブ」のダジャレです!
それじゃあ「40エーカーの土地がある My old Man」はモーセのことね…
「40」はモーセを象徴する数字…
モーセは「40歳」で出奔して「燃える柴」の啓示を受け…
その「40年後」に民を率いて「出エジプト」を行い…
シナイ山に「40日40夜」籠って「十戒」を石板に写し…
約束の地を目指して「40年間」荒野を彷徨った…
そしてイエスも、かつてモーセがいた場所に居たことがある…
『エジプトへの逃避』
ヘンリー・オッサワ・タナー
そして男は、トムの「手のひら」をチラッと覗き見る…
トムの手のひらには、ひどい傷跡があった…
男「あんたのその手…」
トム「・・・・・」
男「PICK や SLEDGE を振り回してた手だな」
トム「・・・・・」
男「その傷跡は、あんたが何者なのかを物語っている。俺はどんな些細なことでも見逃さねえよ」
掌の傷跡…
十字架に打ち付けられた時の「Stigma(スティグマ:聖痕)」のことですね…
「ピッケルやスレッジハンマー」を「PICK や SLEDGE」と言うところもポイントです…
「PICK」とは、選んで引き上げること…
「SLEDGE」とは、大きな杭を打つ際に使われる大槌のこと…
まさに十字架刑のことです…
というわけで、『怒りの葡萄』の冒頭シーンの解説はおしまい。
この後、主人公トム・ジョードは、一族と共に約束の地カリフォルニアを目指す。
プロテスタントにとっての聖書の巻数「旧約39と新約27」と同じ「ルート66」を旅しながらね。
その「ルート66」を、ジョン・スタインベックは「The Mother Road」と呼んだ…
それは偉大な「母なる道」であり、亡き祖父の夢見た「偉大なる存在」の道…
「The Father Lord」だったのです…
なるほどね…
だけどまさか『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』の「227」から、ここまで話が展開されるとは思ってもみなかったわ。
確かに。
でも、非常に興味深い話でした。
そういえばさ…
『カーズ』も「ルート66」の話だったわよね?
は?
ディズニー&ピクサーの名作アニメ『Cars』よ。
便利な高速道路「40号線」が出来て、みんながそっちを走るようになり、「ルート66」が見向きもされなくなってしまった、悲しい!っていう話だったじゃん。
ああ、そうでしたね。
この「ルート66」も、それっぽくない?
まさかァ(笑)
なんで笑うのよ!
アタシ、絶対そうだと思う!
こう言っては何ですけど…
さすがに、こじつけだと思いますよ。
ねえ、しげしげさん?
うーん。どうでしょう。
1000010? 何ですか、それ?
いわゆるひとつの66のバイナリですね、はい。
二進法…
ちなみに66は、十六進法では「42」になる…
そして『カーズ』の主人公ライトニング・マックイーンのゼッケン番号は「95」だった…
もう余談は、これくらいにしましょ。
『怒りの葡萄』が最後の脱線話だって言ったじゃない。
あ、そうだった。ごめん、つい…
同じ話は、何度してもいい…
はい?
『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』も「最後」ではなかったわ…
2021年には「エピソード27」にあたる映画が公開される予定…
ちょ、ちょっと…
何が言いたいわけ?
ここまで来たら話しちゃいましょう、ということです…
今終わるのも、30分後に終わるのも、たいして変わりませんから…
まあ、そうだけどさ…
うふふ。決まった(笑)
それじゃあ「最後の余談」をよろしくね、深読み名探偵さん。
わかりました…
つづく
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