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シン・日曜美術館「余談 風立ちぬ part15」~深読みプリンス④~


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1989年5月某日(日曜)午後
藪蔦屋 りうていの間


クリス君 ノーラン 浴衣 ギター

じゃあ行くぞ。よく歌詞の意味を考えてみるんだ…

おかえもん 17歳 浴衣

・・・・・

クリス君 ノーラン 浴衣

どうだ、わかったか?

この歌の語り手「私」が凝視していた、クリストファー・トレイシーの「His picture」とは?

プリンス UNDER THE CHERRY MOON 映画 PRINCE TRACY

おかえもん 17歳 浴衣

『Sometimes It Snows in April』における語り手「私」は「福音記者ヨハネ」が投影された人物…

その「私」が凝視していたクリストファー・トレイシーの「His picture」とは「主イエス・キリストの写し絵」…

「主の真を写したもの」だ…

クリス君 ノーラン 浴衣

その通り。

これで2番の歌詞の意味もわかっただろう。

Springtime was always my favorite time of year,
A time for lovers holding hands in the rain

おかえもん 17歳 浴衣

春はいつも私のお気に入りの時期だった
雨の中で恋人たちが手を取り合う時期

『Sometimes It Snows in April』の2番は「四月」ではなく「春」と歌われる…

なぜなら「四月に雪が降る時もある」のと同様に、「雨の中で恋人たちが手を取り合う時」は「四月の時」もあれば「三月の時」もあるから…

確か今年は、三月だった…

クリス君 ノーラン 浴衣

その通り。

今年は「主の受難日(十字架刑の日)」が3月24日、「受胎告知日」が3月25日、そして「主の復活日(イースター)」が3月26日という珍しい年だった。

グレゴリオ暦「3月25日」で固定されている「受胎告知日」と違い、「受難日」とその二日後の「復活日」は日にちが毎年移動する。

これはイエスが十字架に掛けられた日が「過越(すぎこし)の祭」の日、つまりユダヤ暦「ニサンの月14日」であることに由来していた。

ユダヤ暦は月の満ち欠けが基準の太陽太陰暦なので、「復活日」はグレゴリオ暦に換算すると「3月21日」から「4月21日」の間のどこかになり、「受難日」はその二日前ということになる。

おかえもん 17歳 浴衣

つまり、四月の時もあり三月の時もある「春の日」に、雨の中で手を取り合う「lovers」とは…

『Purple Rain(パープル・レイン)』の元ネタとして使われていた、この絵の中の二人のこと…

Gethsemane_Carl_Bloch カール・ブロッホ ゲッセマネの祈り 天使 イエス・キリスト 絵

『An angel comforting Jesus before his arrest in the Garden of Gethsemane(ゲツセマネの園で逮捕前のイエスを慰める天使)』
Carl Bloch(カール・ブロッホ)

クリス君 ノーラン 浴衣

そして2番はこう続く。

Now springtime only reminds me of Tracy's tears
Always cry for love, never cry for pain

おかえもん 17歳 浴衣

『パープル・レイン』の主題、雨の中で二人が手を取り合っていた「春の日」は…

『四月に雪が降る時もある』では、トレイシーの「涙」だけを想起させるものになったと「私」は語る…

苦悩のために流す涙ではなく、愛のために流す涙へと…

クリス君 ノーラン 浴衣

「私」はトレイシーについてこう回想する。

ここでのキーワードは「hypnotized(催眠術)」だな…

He used to say so strong unafraid to die
Unafraid of the death that left me hypnotized

あいつは力説していた、死ぬことは怖くないと
死を恐れないという言葉は私に催眠術をかけた

おかえもん 17歳 浴衣

口ではそう言っていたけど、「He」は恐怖を感じていた…

だから逮捕の直前に、天の父に向かって「出来ることなら死の杯を取り去ってください」と処刑の回避を訴えた…

だけどその時すぐそばにいた「私」は、まるで「催眠術」にかかったように眠ってしまい、苦悩の言葉を聞くことが出来なかった…

Giorgio_Vasari_-_The_Garden_of_Gethsemane_ ジョルジョヴァザーリ ゲッセマネの祈り

『Agony in the Garden(ゲッセマネの祈り)』
Giorgio Vasari(ジョルジョ・ヴァザーリ)

クリス君 ノーラン 浴衣

その通り。

伝統的な宗教画における「ゲッセマネの祈り」には「イエス、天使、眠っている3人の使徒(ペトロ、ヨハネ、ヤコブ)」が描かれる。

カール・ブロッホの絵に、省略されている部分を補足すると、こういうことだな。

絵 ゲッセマネの祈り ジョルジョヴァザーリ カール・ブロッホ

おかえもん 17歳 浴衣

こうすると何だか、眠っているヨハネの分身がイエスを慰めているように見える…

ヨハネと天使はポーズも似てるし、どちらも鮮やかな金髪で、女性かと思うほどの美形に描かれているから…

絵 ゲッセマネの祈り ジョルジョヴァザーリ カール・ブロッホ 天使 ヨハネ

クリス君 ノーラン 浴衣

確かにそう見えなくもない。

もしかしたら、あの天使はヨハネの「スタンド」かもしれんな。

ジョジョの奇妙な冒険 JOJO スタンド

おかえもん 17歳 浴衣

だけど「私」が見ていた「His picture」は「ゲッセマネの祈り」ではない…

「ゲッセマネの祈り」は前作『パープル・レイン』の絵…

だから「私」は「No」と言って話を戻す…

No, staring at his picture I realized

クリス君 ノーラン 浴衣

そして「私」は「His picture」について、こう結論づける。

No one could cry
the way my Tracy cried

おかえもん 17歳 浴衣

英語の「cry」は「泣く」だけではなく「必死に訴える」という意味もある…

つまり「私」は、こう結論づけたということ…

愛を語る者は多いが
あんなやり方で愛を訴えたのは
トレイシー以外にいない

クリス君 ノーラン 浴衣

愛を訴えるためにトレイシーがとった「the way」とは、自分の命を犠牲にするという方法…

つまり「His picture」とは、十字架に掛けられるキリスト「磔刑図」のこと…

しかもそれは『パープル・レイン』の主題「ゲッセマネの祈り」の要素を含むものでもある…

そんな「磔刑図」は、ただひとつしかない…

おかえもん 17歳 浴衣

「青と赤が混じり合って紫になった空」と「主の足元で催眠術にかけられたようになっている3人」が描かれた…

カール・ブロッホの磔刑図…

十字架のイエス Christ_at_the_Cross_-_Cristo_en_la_Cruz ブロッホ

『Cristo en la Cruz(十字架のキリスト)』
Carl Heinrich Bloch(カール・ハインリッヒ・ブロッホ)

クリス君 ノーラン 浴衣

その通り。やっと辿り着けたか。

これで『Sometimes It Snows in April』がどういう物語になっているのか分かるはずだ。

1番の出だしは、どんな意味かな?

Tracy died soon after a long fought civil war
Just after I'd wiped away his last tear

おかえもん 17歳 浴衣

トレイシーが戦った「内戦」とは、ユダヤ人同士の「内輪揉め」のこと…

ローマ帝国ユダヤ属州内での闘争だ…

クリス君 ノーラン 浴衣

では、これは?

I guess he's better off than he was before
A whole lot better off than the fools he left here

おかえもん 17歳 浴衣

「私」はトレイシーのことを、死ぬ前よりも「良い状況」になっていると考える…

残された者たちの理解を超えた「最高の状態」になっていることを…

これは、トレイシーの死が「人の子」としての死であり、今は「神の子」に戻ったことを言っている。

クリス君 ノーラン 浴衣

そして問題の「cars」だ。

I used to cry for Tracy, 'cause he was my only friend
Those kind of cars don't pass you every day

おかえもん 17歳 浴衣

「私」はトレイシーを想って泣いた…

なぜなら「私」はトレイシーに「最も愛された弟子」だったから…

この種の「cars」は滅多にあるものじゃない…

ははーん。わかったぞ。

これは「車」のことではなく、プリンスお得意の「同じ音の言い換え、語呂合わせ」だな。

「cars」に続く「don't pass you everyday」も言い回しが変だ。

これも違うことを言っている。

クリス君 ノーラン 浴衣

グッジョブ岡江君。

ここでの「pass you」とは、『出エジプト記』で神がエジプトに与えた「十の災い」の第十「すべての長男を殺す」をイスラエルの民が回避した「Passover(過越し)」のこと。

ニサン14日の昼間に羊または山羊を屠殺し、その血を家の2本の戸柱と戸口の上部に掛ける。

これが新約ではイエスの十字架刑として再現され、イエスは災いを回避されなかったから「don't pass you」となる。

絵 passover_blood_israelites_margetson 過越し

『過越の準備』

おかえもん 17歳 浴衣

コーエン兄弟の映画『RISING ARIZONA(邦題:赤ちゃん泥棒)』のラストシーンだな。

玄関の二本の戸柱と戸口の上部に赤い印をつけたから、もう「長男を奪われる」という厄災はやって来ない…

RISING ARIZONA 赤ちゃん泥棒 映画 コーエン兄弟 過越し

コーエン兄弟coen-brothers

クリス君 ノーラン 浴衣

「RAISING」の中には「SINAI(シナイ山)」と「INRI(ユダヤの王、ナザレのイエス)」があり、「ARIZONA」の中には「ZION(シオンの丘)」がある。

あれはよく出来たタイトルだ。

スクリーンショット (96)

おかえもん 17歳 浴衣

そして『RISING ARIZONA』でも「CARS」は重要な意味を持っていた…

「長子」に降りかかる災いとして…

クリス君 ノーラン 浴衣

その通り。

コーエン兄弟はプリンスと同じ意味で「cars」を使っている。

「cars」とは同じ音の「curse」、つまり「厄災」のことだ。

おかえもん 17歳 浴衣

そして1番のラスト… 問題の「ain't」だ…

I used to cry for Tracy
because I wanted to see him again
But sometimes sometimes
life ain't always the way

「私」はトレイシーを想って泣いた、もう一度会いたくて…

普通なら、そんな願いは叶うわけがない…

だけど時として…

人生は、いつも同じ結末とは限らない…

クリス君 ノーラン 浴衣

そう。福音記者ヨハネは奇跡の復活を遂げたイエスに会えた。

これでサビの意味がわかっただろう。

Sometimes it snows in April
Sometimes I feel so bad, so bad
Sometimes I wish life was never ending,
And all good things, they say, never last

おかえもん 17歳 浴衣

四月に雪が降る時もある
ひどい気分になる時もある
終わりのない人生を願う時もある
だけど人は言う、いいことは永遠に続かないと

おそらく「四月の雪」は「復活」のことだな…

そして「永遠の命」が否定されるのは、「私」が福音記者ヨハネだから…

クリス君 ノーラン 浴衣

その通り。

これは『ヨハネによる福音書』のラストシーンのことだ。

復活してガリラヤの海に現れたイエスは、弟子たちに朝食を振る舞い、筆頭弟子のペトロに「あなたは将来、自分が望まないところへ連れて行かれ、最期は処刑される」という預言をした。

これに激しく動揺したペトロは、イエスの傍らにいたヨハネを指し「この人はどうなのですか?」と尋ねる。

その答えはこうだったな。

21:22 イエスは彼に言われた、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか。あなたは、わたしに従ってきなさい」。
21:23 こういうわけで、この弟子は死ぬことがないといううわさが、兄弟たちの間にひろまった。しかし、イエスは彼が死ぬことはないと言われたのではなく、ただ「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか」と言われただけである。

おかえもん 17歳 浴衣

そのまんまだ…

クリス君 ノーラン 浴衣

そして最後に3番。これは後日談だな。

I often dream of heaven and I know that Tracy's there
I know that he has found another friend

おかえもん 17歳 浴衣

「私」はしばしば天国の夢を見る…

そこにはトレイシーがいて、「私」とは別の友達を見つけている…

なるほど、わかったぞ。

これは天国で神の右に坐すキリストのことだ。

絵 聖三位一体 フランシスコ カロ La_Santísima_Trinidad,_atribuido_a_Francisco_Caro

『La Santísima Trinidad(聖三位一体)』
Francisco Caro(フランシスコ・カロ)

クリス君 ノーラン 浴衣

まさに『RISING ARIZONA』でニコラス・ケイジ演じる主人公が最後に見る夢だな。

もちろんあそこはユタではない。

おかえもん 17歳 浴衣

そしてこう続く…

Maybe he's found the answer to all the April snow
Maybe one day I'll see my Tracy again

彼は「四月の雪」の「答え」に辿り着いたに違いない
きっといつの日かトレイシーにもう一度会えるはず

これはキリストの再降臨のことだ。

ヨハネの見た夢を記録した書『ヨハネの黙示録』では、世界の終わりの日「最後の審判」の前に、キリストが地上世界を直接統治する期間「千年王国」があるとされている。

クリス君 ノーラン 浴衣

そして歌はこう締めくくられる。

All good things, they say, never last
And love, it isn't love until it's past

おかえもん 17歳 浴衣

人は言う、いいことは決して続くものではないと
そして愛とは、過ぎ去るまでは愛ではないのだと

つまりこれは…

本来は長子の死が免れる「過越の日」に自分の命を犠牲にすることで「究極の愛」を示したイエス・キリスト、クリストファー・トレイシーのこと…

クリス君 ノーラン 浴衣

コングラチュレーション。そういうことだ。よくやった。

おかえもん 17歳 浴衣

だけどなぜ「四月の雪」なんだろう…

「紫の雨」だから次は「四月の雪」?

クリス君 ノーラン 浴衣

ふふふ。どうかな。

おかえもん 17歳 浴衣

というか、そもそもなぜプリンスはカール・ブロッホの絵から『パープル・レイン』とこの歌を作ろうと考えたんだ?

突然ひらめいたのか?

Carl_Bloch_Hver8Dag カール・ブロッホ 絵

Carl Heinrich Bloch
(1834-1890)

クリス君 ノーラン 浴衣

そのアイデアには、ちゃんとした由来というか、発端がある…

おかえもん 17歳 浴衣

由来?発端?

クリス君 ノーラン 浴衣 アイデア

プリンスは、ある人物から植え付けられたんだよ…

カール・ブロッホの絵を題材に歌詞を書くというアイデアをね…

おかえもん 17歳 浴衣

誰かに植え付けられた?

洗脳ってことか?

クリス君 ノーラン 浴衣

やれやれ。洗脳なんて野暮ったい言い方はよしてくれないか。

もっとクールに「inception」と呼んで欲しい。

おかえもん 17歳 浴衣

インセプション? なんだか聞き慣れない言葉だな…

クリス君 ノーラン 浴衣

ちょっと専門的な用語だからな。しかしそのうち日本でも広まるさ。

おかえもん 17歳 浴衣

で、いったい誰なんだ? プリンスにインセプションした人物とは…

クリス君 ノーラン 浴衣

プリンスの頭の中に「カール・ブロッホ」のアイデアをインセプションした人物は二人いる…

おかえもん 17歳 浴衣

えっ? 二人?

クリス君 ノーラン 浴衣

この話、知りたいか?

おかえもん 17歳 浴衣

当たり前だろ!このままじゃ気になって眠れないよ!

クリス君 ノーラン 浴衣

少々長くなるぞ。それでもいいか?

おかえもん 17歳 浴衣

そんなこと構うもんか。

なぜだか知らないけど、今日は時間の進み方が物凄く遅いし。

クリス君 ノーラン 浴衣

そうだな。まだまだ当分日暮れ時になりそうもない。

僕らには余談をする時間がたっぷりありそうだ。

それじゃあ、まず1人目の人物から…

プリンスに「カール・ブロッホ」のアイデアをインセプションしたのは…

おかえもん 17歳 浴衣

ゴクリ…



つづく




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