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橘為仲が都に持ち帰った「萩」

【スキ御礼】歳時記を旅する 18 〔萩〕後*吾子眠れほろほろ萩のこぼるるよ


平安時代の後期、陸奥の守の任を終えた歌人でもある橘為仲(988~1085)は、都に帰還するときに、宮城野の萩を「長ひつ十二合」に入れて持ち帰ったという。

その記録が鎌倉時代の鴨長明『無名抄』(1211年以降)にある。

「無名抄」為仲みやぎのの萩堀上事(「群書類従本」)

「さて、この為仲、任はててのぼりけるとき、みやぎのの萩を掘りとりて、長櫃十二合に入れて、もてのぼる。都にて、盛なるべき頃をはかりてけり。京へいりける日は、貴賤白河辺より二条大路に車をたて、ゆゆしき見ものなり。みゆき、しのびてなりけるとぞ。」

『橘為仲朝臣集全釈 私家集全釈叢書21』風間書房 1998年

江戸時代になって、それが絵図にも描かれている。

為仲、任はててのぼりける時、宮城のの萩をおりて、長櫃十二合に入れて持てのぼりければ、人あまねくききて、京へ入りける日は、二条大路はこれを見物にして、人おほく集まりて、車なども、あまた立ちたりけるとぞ

大場雄淵『奥州名所図会』1758~1829年(写真)

万葉集に詠まれる萩は、山野に自生している今日のヤマハギやツクシハギではないかとされている。
平安時代のころからの萩は、庭園などに植えられていたミヤギノハギを指したと推測されている。
ミヤギノハギは栽培種であるがその生まれた時期や地域などは明確にはなっていない。
記録にある橘為仲が持ち帰った萩の種類は、栽培種のミヤギノハギではないか、という仮説のもとに検証してみる。

橘為仲は承平三年(1076)、63歳のときに陸奥の守に任命され、7年後の69歳に都に帰ってきた。

宮城野の萩を持ち帰ったとのことだが、京都にはすでに、山野に自生している今日のヤマハギ、ビッチュウハギ、またはツクシハギがあったはずである。

為仲は、6年間も務めた陸奥の国から都へ持ち帰るのが、都にも自生している萩であるとは考えにくい。

陸奥守という任務は、都からみれば「都落ち」とみられてもおかしくなかっただろう。
為仲の気持ちを察するに、陸奥守の任務は、寂しくはあったろうが、都に帰ったら、職業人としても歌人としても充実していたことをアピールしたかったはずだ。
実際に為仲は、陸奥守の任期5年のところを、自ら願い出てさらに2年間の延任になっている。
宮中に戻るころには、自分より年下の後輩や、自分のことを知らない人も多くなっているだろう。
だからなおさら「歌人為仲ここにあり」を顕示して、皆を驚かせなければならなかった。

そうしたとき、都にもある萩の花をわざわざ東北、宮城野から持ち帰るだろうか。

現代のサラリーマンだったら、数日の出張ならともかく、数年間の転勤先の仙台から本社に戻るときに、仙台駅で売っている仙台の銘菓を買って帰ることはしたくないだろう。
「これって東京駅でも売ってますよね」などと思われたくないのである。
仙台に暮らしていたからこそ手に入れられるものを、東京の本社にお土産で持ち帰りたいのである。
 仙台での暮らしが(東京より)充実していたことを顕示するために。

となれば、為仲が開花の時期を見計らってまで都に持ち帰ろうとした萩は、ミヤギノハギしか考えられない。

『牧野新日本植物図鑑』(1961年)によれば、ミヤギノハギの産地は、本種がもと仙台市附近の宮城野から出たためであるという説と,美しい花を開くので美称として宮城野とつけたにすぎないという説と2説があるという。

為仲の心理を考えると、平安時代後期にはミヤギノハギは存在し、その産地もまた宮城県であると考えたくなるのである。

橘為仲が、陸奥の守の任を終えて京へ帰る永保三年に詠んだと思われる歌がある。

京上し侍りしにたけくまの松をすぐとて
ふるさとへわれはかへりぬたけくまのまつとはたれにつげよとか思
【通釈】
陸奥守の任期が終わり、いよいよ上京いたしましたときに、武隈の松のあたりを通過するというので詠んだ歌
ようやく私はふるさとの都に帰ることになった。武隈の松よ。ここでお前が待っていると一体京の誰に言ってくれと思うのかい。
※武隈の松・・・陸奥の歌枕。今の宮城県岩沼市付近。二本並んだ大きな松で枯れたら植え継いでいくものとされた。

『橘為仲朝臣集全釈 私家集全釈叢書21』風間書房 1998年

☆2022年のミヤギノハギの開花レポートがイナリーさんの記事にあります。
ご紹介します。

(岡田 耕)

*参考文献(引用のほか)
高橋和彦『無名抄全解』双文社出版 1987年
『改定新版 日本の野生植物2 イネ科~イラクサ科』平凡社 2016年
有岡利幸『ものと人間の文化史145 秋の七草』法政大学出版局 2008年
『日本名所風俗図絵 1奥州・北陸の巻』角川書店 1987年 (写真)


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