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目覚めよ、無宗教者。「死は存在しない」田坂広志氏

「死は存在しない」田坂広志氏 を読んで、ものすごく腑に落ちたので、
仏教を学ぶ身&終活プロデューサー(終活P)としての見解を書いてみます。(3021字)

死は存在しない

🟩一見、難しそうだけど、ものすごく納得。


いやぁ、私は宗教なんて胡散臭いものは信じません。無宗教ですよ。」

とおっしゃるあなたも、「死は存在しない」の著者、田坂広志氏に言わせれば、

「科学」というものが、現代における「最大の宗教」になっている

死は存在しない 50ページ

つまり、「無宗教だ」というあなたも、「科学という宗教の信者」なのですよ、と。そして、

現代の科学、すなわち、この「唯物論的科学」や「物質還元主義的科学」と呼ばれるものは、すでに何十年も前から、限界に直面している。

死は存在しない 54ページ

と指摘しています。
目に見えるものばかり追いかけて、信じて、生きてきたから、生き辛くなってるんじゃない?」という私の意見を後押ししてくれるかのような力強いお言葉。

「死は存在しない」で一貫して書かれているのが、「ゼロ・ポイント・フィールド」という仮説の存在。「死は存在しないと言い切る理由は、これだ」と主張しています。

「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」とは、この宇宙に普遍的に存在する「量子真空」の中に「ゼロ・ポイント・フィールド」と呼ばれる場があり、この場に、この宇宙のすべての出来事のすべての情報が、「波動情報」として「ホログラム原理」で「記録」されているという仮説なのである。

死は存在しない 121ページ

みなさんも、最後まで読まれると、「なるほどな、確かに!」と納得されると思います。

🟩一度読んだんだけど・・・


実は、昨年12月、終活セミナーでしゃべり疲れた新幹線の中で、食い入るように読み、前半は、「そうそう、そうなのよ!仏教は、とても合理的なのよ!この人すごい!」と思っていたのですが、途中から「あれ?なんかよくわからなくなってきたかも😅」となり、最後まで読んだものの、消化不良感が残ってしまいました。単純に、疲れすぎた私の脳が追い付かなくなってしまっていただけなのだと思うのですが。

やはり疲れているときは、ご飯を食べて、寝るに限る。

とはいえ、この二か月、ずっーーーーーと気になっていたんです。
のどの奥になにか引っかかっているような気持ち悪さが続いていたので、「やっぱりもう一度読んでみよう」思い、今度は、ノートとペンを片手に、気になるところを書き出しながら読み進めると、8ページにもなってしまいました💦。

🟩仏教を科学的に説明する


仏教に関しての記述は、釈迦本来の教えとは少し解釈が違うかなと思う点もありますが、

(例えば「真の宗教」は、人々を恐怖や不安によって動かそうとするものではなく、人々に希望や安心を与えるべきもの、という主張)

これは、著者が、「救われたい」というより、純粋に知的探求心を満たすために仏教と向き合っているからだろうと推測します。しかしその観点は、今まで「仏教なんて怪しい」と近寄らなかった人が読めば、逆に仏教への偏見が払拭され、興味を掻き立てられるのではないかと思いました。そういう意味では、宗教アレルギーを持つ方々にとって、入門書的な存在になり得るのではないだろうかと

例えば、以下の記述。

「死者は、恨みや呪いという形で、生者に危害を与えることはない。」

死は存在しない 238ページ

仏教では、全ての生き物は、死んだら生まれ変わるため、現世にとどまる霊魂や浮遊霊は存在しないとしています。そういう意味では、この記述は仏教の教えとピタリと一致しているのです。つまり、「先祖のたたりはあり得ない」のだ、と。

もし、僧侶や霊能者から、

「あなたには、先祖の霊が憑りついているから、先祖供養しないと幸せになれない」

とお金をせびられたら、

単なる勉強不足か詐欺なので、絶対騙されないで欲しい。


そして、仏教が胡散臭いものではない、と裏付けているのが、この記述。

 そして、もし、「古代の宗教」が、この宇宙の真実の姿を、「最先端の科学」が発見する遥か以前に、直観把握しているのであれば、この「空即是色」や「光あれ」という言葉だけでなく、我々が思い起こすべき古代の宗教の教義が、二つある。
 それが、先ほど述べた「仏教の唯識思想」が語る「阿頼耶識」の思想であり、「古代インド哲学」が語る「アーカーシャ」の思想である。

死は存在しない 193ページ

 この二つの思想は、いずれも、「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」に極めて似た思想を語っているが、仏教やインド哲学という古代の宗教もまた、「この宇宙のすべての情報が記録されている場がある」と述べているということは、単なる偶然ではないと思われる。
 それもまた、筆者には、遥か昔に、「宗教的叡智」が、この宇宙の真の姿を「直観把握」したものに思えてならない。

死は存在しない 193ページ

量子学的に見ても、仏教の教えは理にかなっていると分析している画期的な書だと思います。

🟩誰に聞いても解決しなかった不思議なことが、驚くほど科学的に解明されている


「死は存在しない」では、今までは結局「スピリチュアルな切り口」でしかアプローチできなかった、この世の不条理や不可思議を、見事なまでに、科学的に解説しています。

例えば、
「前世の記憶を持った人がいるのはなぜか?」
「霊媒、いたこは、なぜ亡くなった人と意思疎通できるのか?」
「神、仏、天と呼ばれるものは、本当は何か?」
「ネガティブな想念が、悪い運気を引き寄せてしまうのは、なぜか?」
「古城の幽霊、地縛霊は、本当に存在するのか?」

などなど。
もし、こういった疑問を長年持ち続けていて、理由はわからないけど、きっともう「そういうもんなんだろう」と諦めていた方がいたら、是非「死は存在しない」を読んで「そうだったのか!」とスッキリしてほしいなと思います。

🟩最後に

 著書では、最初の方に出てくる記述ですが、

 かつて、「宗教」というものが「科学」に対して圧倒的に優位であった時代がある。
 その時代には、「宗教」は「科学」の主張や言説を、弾圧と呼ぶべき形で、圧殺した歴史がある。

死は存在しない 73ページ

ほんの数百年前まで世界に君臨していた「宗教」は、いまや圧倒的優位となった「科学」の前に、風前のともしびのようです。

どんなものも移ろいゆく。まさに、仏教でいうところの、諸行無常です。

だけど、真理は変わらない
すべてのものは移ろいゆくものなのですが、真理は何があっても変わらないのです。
仏教ではその真理のことを、「因果の道理」といいます。

ただ、その真理を解いた昔から教えは、言葉や解釈が難しすぎて、現代の私たちにはなかなか理解できないので、私たちは、何度も同じ間違いを繰り返してしまっているんですね。著者である田坂広志氏も、「宗教者の方々には、誰にも分る易しい言葉で語っていただきたい」とおっしゃっています。

最も深い真理は、「簡素な言葉」で語られるものであり、最も大切な祈りもまた、「簡素な技法」で行われるもの

死は存在しない 341ページ

だと。ほんとにその通りだと思いました。どれだけ大切なことを伝えようとしても、難しくて伝わらなければ、何にもならない

「大切なことほど、シンプルに。伝わらなければ、意味がない。」

胸に、心に刻んで生きていきたいと思います。

ああ、やっぱり2000字で収まらなかった💦頑張ったんだけど😅


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この経験に学べ

終活って、ひとりでやろうとすると、途中で挫折したりします。趣味:終活って言ってる終活プロデューサー(終活P)の私を頼ってください!多分お役に立てると思います。