ノートくんの物語

プロローグ、ノートくん編

あるところにノートがいました。

『ぼく、ノートくん』

文具屋さんで平積み、上から三冊目にいました。

だれかが一番上を手に取り、ノートくんは上から二冊目になりました。

そしてまた一番上を取り、ノートくんはいよいよ一番上になりました。

『ワクワク』

一人のお客さんがノートくんを手に取りました。

……しかし、そのままもとに戻しました。

また一人のお客さんがノートくんを手に取りました。

パラパラめくって、もとに戻しました。

また一人のお客さんがやってきて、ノートくんを見ました。

ところが、ノートくんを持ち上げると、上から二冊目の別のノートを買っていきました。

何人かのお客さんがノートくんをながめましたが、みんなノートくんの下にあるノートを買っていきました。

いつしか、ノートくんは少しヨレヨレになっていました。

表紙の片隅がやや折れ曲がり、ページがヘロ〜ンとめくれあがっていました。

ノートくんは、それでも、信じていました。

『いつか白馬に乗った王子様がじゃないけれど、素敵なご主人さんと巡り合うんだ』

と。


数日後、ノートくんはいよいよしょんぼりしてきました。

紙も、心も、ヘロヘロでした。


しょんぼり少年編

そこへ、ノートくんと同じくらいしょんぼりとした少年が文具屋さんへやってきました。

服もズボンもヘロヘロです。


少年は、ノートくんをじっと見つめました。

ノートくんも、少年をじっと見つめました。

少年がノートくんをおそるおそるもちあげました。

少年は、なんだか手にしっくりとなじむように感じました。

ノートくんをぎゅっとしっかり握りしめて、お店のレジのおじさんのところへいきました。

「……これ……」

「はい、ノート一冊ね。110円ですよ」

少年はポケットから、百円玉一枚と五円玉一枚を取り出しました。

「……あ……」

少年は、かなしそうにつぶやきました。

「……」

少年は、もう石像のように動けなくなりました。

少年には、時間が永遠に止まってしまったのかと思うほどの沈黙でした。

すると、お店のおじさんは言いました。

「ああ、そのノートはもうヨレヨレで売れないからね。持っていきな。お代はいらないよ」

「……」

「ほら! そのノートで、たくさん勉強するんだよ。おじさんとの、約束だからね。」

「……でも……」

少年はふかくおじぎをして、ノートくんをぎゅっと抱きしめて、もう一度、おじきをしました。少年の目には涙が、あふれていました。

「……」

「うん。それでいい」

「……おじさん、ぼく、このノートでいっぱい勉強するから。大きくなったら、おじさんにたくさん勉強教えてあげるから!」

「ははは! 楽しみにしているよ、少年!」

少年はお店の外へかけだしました。もう、しょんぼりしてはいません。キラキラと目が輝いています。

ノートくんも、もう、しょんぼりしてはいませんでした。春の風をうけて、パラパラと喜んでいます。

それは、走ってゆく少年と未来を切り開いてゆく、使命にワクワクしているあかしなのでありました。


再会編

二十年後。


あの文具屋は、まだほそぼそとつづいていました。

お店のおじいさんが、そろそろお店をしめようかと考えていた、ちょうどその時でした。

ガラガラガラ。

お店の戸を開けて、凛々しい青年が入ってきました。

「いらっしゃい」

おじいさんが声をかけると、青年は不思議とやさしい笑みを浮かべました。

「おじさん。お久しぶりです」

おじいさんには、すぐにわかりました。

それは、あの日のしょんぼりとした少年だったのです。

「ああ。お久しぶりですね。立派な青年になられて」

青年は、カバンから取り出しました。

それは、ノートくんでした。

ノートくんは本当にボロで、黄色がかっていて、ところどころ修復されていました。

中には文字や数字や図や絵がびっしりとかかれていました。

そして、本当に大切に大切にされてきたことが、おじいさんにはよくわかりました。


「おじさん。あの日、ぼくは家族からも友だちからも学校からもみはなされていたって、感じていたんです」

「ああ。とってもしょんぼりしていたね」

「それで、おじさんがくださったこの、ノートくん……。あ、ぼくはノートくんって呼んでいるのですが……」

「ノートくん。いい名前だ」

「ぼくはノートくんに励まされながら、一生懸命勉強しました。おじさんの優しさを大切にしたくて……」

「うん」

「おじさん。ぼく。先生になったんです。小学校の先生に」

「小学校の先生……君にピッタリな職業だ」

「子どもたちに、おじさんのやさしさと、ノートくんと励んだ日々の大切さを、伝えたいんです」

「うん」

「あの日、伝えられなかったお礼を言いたくて……」

「ああ」

「おじさん、ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう」

二人は、かたく握手をして、ほほ笑みあいました。


おじさん編

「青年、聞いてくれるかな。私にも文具屋人生、いろいろあったんだよ」

「はい」

「何度もお店をたたもうとも考えた」

「えっ……」

「けれども、あの日の少年、君との約束を思い出してはね。あと、もう少しもう少しと思って、今日まで続けてこられたんだ」

「……」

「君と出会えて本当に良かった。お礼を言うのは、私の方さ。どうもありがとう!」

「……はい! ……ありがとうございます!」

青年は、おじいさんにしっかりとお礼の気持ちを伝えることができました。


エピローグ、ノートくん編

青年の涙がポトリと、ノートくんに落ちました。

ノートくんは、その涙の跡を生涯誇りに思った、ということです。


おしまい。


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