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【エッセイ】「人生に意味はあるのか?」という問いについて

・はじめに: 意味、どうでもよくないか?

このような問いを延々と問うてしまう──そして、その結果自己嫌悪に陥ってしまう──ような人が後を絶たないように見えるので、一筆とってみた。むろん「そんなものないよ」と言ってあげるためである; 厳密には「あると思えばあるし、ないと思えばないし、あってもなくてもどちらでもよいではないか」と言ってあげるためだ。

・そもそも「意味」とはなにか?

 多くの人は、「意味」の意味を誤解しているのではないかと思う。人生の意味とは、単に「人の一生」のはずである。「人生の意味とは?」という問い立ての仕方で「意味」という言葉を使う場合、それは「意味」というよりは「意義」であるように思う。しかし、特にかけ離れているわけでもないだろうし、なじみ深くないわけでもないので、ここでは意味と表記することとしよう。

・君の人生に意味があるということは、どうやったらわかるのか?

 「あの木にリンゴが生えたら、私の人生には意味があることになる」。このように言う人が現れたら、今まさに悩んでいる君でさえ、彼を変な人だと感じるだろう。しかし、彼が心からそう思っているならば、我々にはそれに異議を唱える資格はない。なんであれ、彼にとっては、そのことが正しいことなのだから。彼の人生の意味の有無は、あの木に成るかどうかわからないリンゴの有無にある。では、君の人生についてはどうか?君の人生の意味の有無が決まる条件とは、いったい何であるのか?賢明な君ならば、すでに次の事柄のどちらかに、あるいは両方に気づいただろう。このような問いを、問うてみたことがなかったということに。そして、そのような条件など、結局のところいくらでも自分で決めてしまえるし、それゆえに、もはやそのようなものは存在していようといまいと何の問題もないのだ、という空虚な事実に。君は君の人生の意味の有無を、例の詩的な彼よろしくリンゴの有無に委ねることができる。別の果物に委ねることもできる。あるいはもっと別の、地球の反対側で起きているなんらかの出来事に委ねることもできる。君自身に委ねることもできる。このように、人生の意味の存立条件を何にも委ねうるなら、その委ね先を考える営みそのものが、すでにまったく無意味なことなのではないだろうか。あるいは、君は納得できる委ね先を見つけただろうか。ではなぜ、数ある選択肢の中から、君はその委ね先を一意に選び抜いたのだろうか。その委ね先の存在からは、君の人生の意味の有無が読み取れるだろうか。我々は、彼が指したあの木が、ほんとうにリンゴの木であるのかどうかすら知らないが。

・君の人生に意味がなかったら、誰がどのように悲しいのか?

 ある日突然、神様が目の前に現れ、「お前の人生に意味はない」とだけ言い放ち、去っていったとしよう。ある文化圏の人々からすれば、もしこのようなことが起こるとすれば、それは非常に悲しいことなのかもしれない。そして、同じことが君の身にも起こるかもしれない。それは非常に悲しいことであるだろう。悲しいが、ただ悲しいだけで君の人生はその出来事に関係なく続いてゆく。なぜならば、神様がそう言い放ったところで、君のその無意味な人生は、すでにその言葉に無関係にずいぶんと長く続いてしまっているからである。その出来事によって君の人生に生じる差分は、君が君の人生の無意味さを自覚したか、そうしなかったかの違いしかない。それは君の意識の中にしか見出せない、とるに足らない差分である。他は何も変わらない。君が君の人生に意味がないことを自覚させられたからといって、突然事故にあうわけでも、収入が減るわけでもない。さて、そうであるならば、この先も君は君の人生の無意味さなどまったく意識せずに──これまでもそうしてきたように──君の人生を歩むよりほかにできることがないのではないか?そうであるならば、君の人生の意味の有無が、君にとって何になるだろうか。そして、そうであるならば、君の人生に意味がないことの、どこが悲しいのだろうか。

・じゃあ、この宇宙に意味はあるのか?

 それでも君が「人生に意味はあるのか?」と問うことを有意義なことだと信じているならば、君の人生以外のすべてについても片っ端からその存在の意味を問うてみるといい。まずは宇宙からだ。宇宙の存在に意味はあるのか?なぜ宇宙などできてしまったのだろうか?聡明な君ならば、すでに気づいたことだろう: この問いには、なんの意味もないということに。なぜならば、この問いに答えられる者など存在しないからである。意味のある・なしに関係なく、この問い立て自体がまったく有意義ではない。宇宙などというスケールの大きな得体の知れないものについて、そのうちの小さな一粒である我々が意義を論じることなど、およそ不可能であるように思われる。そして、宇宙の存在に意味を見出せたからといって、そのことが即座に我々にとって嬉しい何かになってくれるのだろうか。意味を見出せなかったからといって、それが我々にとって何になるのだろうか。さて、ここで改めて問うことにしよう: 君の人生に意味はあるのか?君の人生は紛れもなく、この宇宙に含まれている。

では改めて問おう: 「人生の意味」に意味はあるのか?


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