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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.36

巡礼29日目

サリア(Sarria) ~ ゴンサル(Gonzar)

■混在する思いの交差点

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「サリアからは一気に人が増える」と言う噂は本当だった。前評判通り、朝から巡礼の道は大渋滞となった。

スタンプも、トイレも、歩くのも、記念撮影も全部渋滞。「サンティアゴまで残り100km」の地点での記念撮影は僕達もしたけれど、まるで遊園地のマスコットと記念撮影を心待ちにするかのように、ずらりと旅人達は列をなした。

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決して、サリアから旅人が増えることが巡礼をつまらなくさせると言うつもりはない。人が増えようと写真を撮るために並ぼうと、道は道としてただそこにあり、巡礼の歴史は歴史として存在するのだから。巡礼に変わりはない。

思うに、長く歩けば歩くほど、ベテラン巡礼者は今日歩き始めたばかりの旅人とのギャップを感じるのかもしれない。それは恐らく、【日常】と【非日常】の認識の違いにあるのだろうと僕は思った。

ここまで700kmの道をひと月かけて歩いた者達は、もう【旅が日常と化してしまっている】のだ。仲間とは家族のように日々過ごし、移動民族の如く暮らすように旅をする。かつて非日常だった旅が気付けば日常化していて、どっぷりとその世界にはまっている。

だから、これから100kmの道を行かんとする旅人たちが眩しく見えることもあるのだ。彼らにとっては、それは【非日常の始まり】なのだから。少し前、僕達が旅立ちの時に感じた抑えきれない未知へのワクワクを、彼らもまた感じているに違いない。

サリアからの道は、そんな【日常化した旅】と、【非日常の旅】の混在した思いの交差点のような場所に感じた。

もちろんどう思うかは個人差があるから、それが気になる人もいれば気にならない人もいる。

僕はこんなことを考えるくらいだから何故だろうと気にはなったし、逆に妻はそれほど気にならなかったらしい。そのくらいで良いのだ。

ただひとつ思うところがあるならば、僕は振り返ってもっと話せば良かったかなと思う。非日常の旅人達の見て感じた道を、もっと共有していたら、僕はもっともっと色んな景色が見られたに違いない。

あぁ、もう早く歩きたくなってきた。

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■最後のケンカと幸せのクローバー

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なぜ冒頭これだけサリアで感じた違和感について振り返ったか。

その理由はこれしかない。その時の違和感についての捉え方の違いで、僕が妻を怒らせたからだった。怒らせたと言えばいいのか、嫌な思いをさせたと言うか…。

とにかく、彼女が投げかけた言葉に対しての僕の対応はまずかった。この旅で記憶する限り最後の夫婦ケンカだった。

気まずい空気のなか歩く。マズいことをしたなと言う自覚はあった。自覚はあったから、僕は何とか妻に機嫌を戻して欲しかった。今までのように意地を張るわけでもなく、怒るわけでもなく、申し訳ないと言う気持ちだった。今はただ、妻と笑って歩きたかった。

僕は下を向いて歩いた。道に、仲直りのきっかけが落ちていれば良いのにと思った。そしてそれは僕の願い通り、道にあったのだった。

それは、道端に群生する草花の中にあった。四つ葉のクローバーが、僕の目に飛び込んできた。サンジャンでも、これまでの道にも見つけられなかったそれは、僕が勝手に「スペインには四つ葉のクローバーは無いんだな」と思うくらい、見つけることを諦めていたものだった。

それを摘み、彼女に「ごめん」とだけ伝えて渡した。妻は黙って受け取った。

帰国後にその話をした時、妻は話していた。

「あのクローバーが無かったら、あのままだったろうね

本当に四つ葉のクローバーには頭が上がらない。求めたところで手に入るものもあれば、入らないものもある。人生はそんなに都合良くは行かない。

それでも、僕はこの時にクローバーが現れたことは何か不思議な力が働いたと思わざるを得ない。求めなければ手には入らない。求めたから、手に入れることが出来たのだ。

■ポルトマリンを越えてゴンサルへ行ったわけ

ゴンサル(Gonzar)に着いたのは16時頃。ポルトマリン(Portomarín)でも良かったのだが、僕達は大きな街をスキップして、わざわざ小さな村に泊まった。

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僕達がゴンサルを選んだ理由、それは喧騒を避けたからだった。静かな場所で過ごしたいと思ったから。それと、先にサンティアゴで待つだろうライアン達に会うためでもあった。もう、この時には終わりを意識して動いていたのだ。確実に、日々ゴールは近付いていた。

ゴンサルは思っていた通り静かな村だった。牛舎が建ち、小さなレストランとアルベルゲがいくつかあるだけだった。

この日の強い日差しとアスファルトの照り返しのお陰もあって、僕達は疲れていた。だからこそ、静かに休めるこの宿は有り難かった。どうやら今日のアルベルゲに泊まる巡礼者達は、同じように喧騒を避けた者達のようだ。コロンビア人のリリィとパティも、ヘトヘトになって到着。足が痛そうだったが、到着を喜ぶ笑顔がとても素敵な女性だった。

■落陽

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夕食を終え、散歩を済ませ、妻を休ませる。予定ではサリアからサンティアゴまでは、連日30km歩くつもりでいるから、二人ともかなり足はきついだろうと予想している。

僕はこの足だし今さらだけど、妻はきついだろう。休めるなら、より休みやすい環境でゆっくりさせてあげたい。

洗濯物が乾くのを待つ間、僕は持参したGoproでタイムラプスを撮影しながら、ただ流れる雲を眺め、牛舎で鳴く牛の声を聞いて過ごした。

きっと、こうしてのんびり考え事ができる機会も後わずかなんだろうな。サンティアゴに着けば、その何日か後には帰国して、やらなければならない色んなことが待っている。

やらなければならないことはいずら必ずやるから、今はただ、こうしてぼんやりと空を見ていたいな。働き盛りの30代男子にはあるまじき発言かもしれないが、そんな人生があったって良いじゃないか。とは思う

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サリア(Sarria) ~ ゴンサル(Gonzar)

歩いた距離 29.3km

サンティアゴまで残り 約85km

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