かげ犬

創作活動ー短編小説の投稿がメインです(´▽`) 異世界の日常に起きる様々な出来事を描い…

かげ犬

創作活動ー短編小説の投稿がメインです(´▽`) 異世界の日常に起きる様々な出来事を描いて行こうと思います。

最近の記事

【短編小説】心底に沈んだベスティア

 筋量が極めて短時間で増加し、体が二回り以上大きく膨らむ。  鼻と口が迫り出して、歯が抜け落ちるとその数倍も大きく鋭い杭のようなそれが生えてくる。  教師が号令を下すと全員が一斉に指先の鋭利な爪を延伸させた。  体内で驚異的な速度で進んだ生化学反応により生じた熱が水蒸気となって体中から立ち昇ると瞬く間に教室は白い霞みに包まれた。  シエナはこのヴェルム人なら誰しも備わった恐るべき変態現象に目を奪われていた自分に気付いて、慌てて視線を引き剥がし目を閉じる。 「とにかく感情を昂ぶ

    • 【短編小説】ベルスワースの貴婦人

      「久しぶりに来てやったんだ。少しは愛想よくしろよ」  リアンはガンガンと痛む頭を揺らさぬように視線だけを面倒な客へと向けた。 「愛想よくできるように頭痛薬買いに行っても良いか?」  客は吐き捨てるように笑った。 「あんたの頭はヤバくなると都合よく痛みだす」 「いや、レヴィン。頭痛持ちにしかわかんねえんだ、この痛みは」  客―レヴィンは事務所のデスクを思い切り叩いた。手伝いの女の子が小さく悲鳴を上げる。 「ヤツは顔を出したか?」 「ヤツって?」 「とぼけんな!2年前に裏切ってと

      • 【短編小説】フォーマルハウトの消えた空〈後編〉

         前編あらすじ 生物兵器に汚染され、数百年以上経過した地球。  外界と隔離された装甲外殻都市内で生きる人類。  その一つ外部からの情報を遮断した都市ハルで情報統制の犠牲となった両親の研究とはなんだったのか探るサッシャとブレーズ姉弟。  ある日、サッシャは一人の貿易商から両親の研究の核心に迫る外界の情報を入手する。  それは外界の星空が地球から見える星空ではないという両親の研究結果を示唆するものだった。  本当に現在地は地球ではない別の惑星なのか。  観測しようと意気込むブレー

        • 【短編小説】フォーマルハウトの消えた空〈前編〉

          「レシピだ」  宿泊客の1人が差し出した2枚の紙きれをサッシャは笑顔でありがとうと言いながら受け取った。 「なんだそれは」  ロビーの端で無表情に突っ立っていた思想矯正学士が突然いきいきと目を輝かせながら口を挟んでくる。 「ただのレシピですよ。こっちは材料のリスト。ほら、今度こちらのお客様と同じ出身の方がいらっしゃるでしょう?そのための準備です」  思想矯正学士の濁った白目がぐるりと動いて点のような瞳がサッシャの顔に焦点を当てた。 「うまくできたら食べていってくださいよ」  

        【短編小説】心底に沈んだベスティア

          【短編小説】スピンシーラス

           スタンドを埋め尽くす満員の客。  怒号にも似た歓声。  血の染みついた丸いリング。  逃亡を許さぬ無骨な檻。 「『こいつは私にとって最後の闘いだ』いや、それはできねえ相談だ。オレは闘う事をやめないぜ?」 「何を1人でごちゃごちゃ言ってやがる?」 「知らねえのか?『ゼム人の心は2つに割れているんですよ』」  そしてその区別が明確なほどリスペクトを受ける。  ロヴァルはゼム人の中でもそれが真っ二つに分かれた有数の男だった。  挑戦者はヒト族最強の男と銘打って紹介された巨漢だった

          【短編小説】スピンシーラス

          【短編小説】S-t-2

           厚くたれこめた鈍色の雲の下に目指す高台はあった。  そこへの道すがら男は一組の家族とすれ違った。  高台へ続く一本道の先に数件の民家がある。そこから避難してきたのだろうと思われた。  男はマントで体をしっかりと覆いフードを深く被りなおす。  父親は大量の荷を両手と背に、母親も荷物を背負いながら片手に小さな女の子の手を引いていた。  すれ違い様に父親が男に鋭い視線を投げつけてきた。  小さな娘は元気に手を振ってみせ、母親はたしなめるように「ケイト」と名を呼びながら娘の手を強く

          【短編小説】S-t-2

          【短編小説】赤は嫌い

          「どう?綺麗でしょ?」  看護師のファイが窓辺に新しい鉢を置いた。  水をやったばかりなのか赤い花びらに付着した水滴が陽光に煌めきながら滑り落ちた。 「テレーザ、お花、好きよね?」  魔獣の残滓を吸い込み過ぎた私を皆腫れ物に触るみたいに扱う。  心が壊れる一歩手前の人間。あと少し多く吸い込んでいたら楽になれたのかもしれない。 「好きよ。でも色が嫌い」 「あら、赤い花って元気がでるじゃない。情熱的で」  嫌な事を思い出した。  ファイは嫌な事を思い出させる天才だ。  私が舌打ち

          【短編小説】赤は嫌い

          【短編小説】遺跡

          「そこの沼もさらってみたけどよ、もうこの辺りに似たような石板とか怪しい物は見当たらないぜ」  駐留軍兵士達の掘り返した場所を確認していたアイスコルが見上げるとロイド伍長の汗だくの顔があった。 「群にはなっていないようだな」  アイスコルはほっと息を吐いた。 「まだ掘るかい」 「いや」 「そりゃ助かる。早く上がって一杯やりたいぜ。昼間から飲む酒は最高だ」 「仕事はあるだろ?」 「午後から俺は非番なのさ!あんたも来るか?奢るぜ?」 「俺は飲まない」 「ああ…上から早くしろって急か

          【短編小説】遺跡

          【短編小説】真実の言葉

           揺るぎない陽光が大地を炙る午後。そよ風がアシスの湿地帯から湿った空気を運んでくる。 「お前らの念が足りねえからすぐ壊れる。今度はしくじるな」  彫出士のツィンマーマンは弟子達を怒鳴りつけている。  湿原で遺跡が発掘されるとそれに呼応して魔獣の出現頻度が増加し村の防御土塁は頻繁に小破するようになった。 「弱い」  シュパンは手に取った刻印石を見て思わず呟いていた。 「なんだ?」  ツィンマーマンに睨まれシュパンは体を硬直させた。 「ブツブツ言ってる暇があったら手を動かせ」 「

          【短編小説】真実の言葉

          【短編小説】考える樹

           見慣れた作業道を一歩外れただけなのにまるで別な世界へ足を踏み入れたかのようだった。  木の葉の作る濃淡様々な影が自分の歩いて来た道に軽快な模様を描いていた。  森の少しだけ開けた場所にこんもりとした広葉樹がぽつんと立っていた。  周囲の樹とどこか距離を置いて立っているように見えるその姿にユーカは自分を重ねている。  樹の枝からはたくさんの蔓が地面に向かって垂れ下がりまるでカーテンのように樹の周囲を覆っていた。  ユーカはいつものようにそれら蔓のカーテンをかき分け中へ進み樹の

          【短編小説】考える樹

          【短編小説】心の壁

           鈍色の鎧で作られた花道を銀髪の少年少女達が歩いていく。  その様子はまるで葬儀に赴く参列者のようだった。 「子供じゃないか」  使節団として訪れたヴェルム人を初めて見た時リンドグレンは思わずそう呟いていた。 「あいつらの寿命は千年。パッと見子供に見えても中身は立派な大人なんだろうよ」  小隊長のビャルヌはそう言ったがにわかには信じられなかった。  つい半年ほど前、人間は自治領域から資源を求めて侵攻を始め、アルクを落とし、一時はレスティナン、そしてゼムの領土にまで迫っていた。

          【短編小説】心の壁

          【短編小説】光の花

           踏みしめるべき大地はそこになく、カファルは一瞬にして沢の手前まで転がり落ちていた。 「痛っ…」  体の至る所を打った。  やっとの事で上体を起こし、立ち上がろうと出した右足首に激痛が走った。  ひどい捻挫だ。どんどん腫れてきている。  いずれ歩くことすらままならなくなるに違いない。  絶望に心を侵されていくその目の前に鉤のような手が差し伸べられた。  国境の町―エウィンに辿り着いたカファルはまず最初に宿を探した。  教授は異国人を受け入れている宿は一軒しかないはずだから行

          【短編小説】光の花

          【短編小説】折れた剣

           ウォレス・ローザには時折ふわりと浮かび上がる想い出がある。  それは特に忘れられないほどの記憶ということもない。  何もやる事がなく椅子に腰かけ光の中に浮かぶ幾多の塵を眺めている時に決まって記憶の淵に手をかけて這い上がってくる、しぶといがどうという事はない記憶である。 「お前の爺さん妖精王の騎士なんだろ?」 「死なないんだよな」 「でも普通に歳食ってるじゃん。おかしいよ、なんでだよ」  ウォレスは冷やかしの声を無視して帰り支度を進める。 「なあ、俺、この前素振りしてるの見

          【短編小説】折れた剣