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【短編小説】S-t-2

 厚くたれこめた鈍色の雲の下に目指す高台はあった。
 そこへの道すがら男は一組の家族とすれ違った。
 高台へ続く一本道の先に数件の民家がある。そこから避難してきたのだろうと思われた。
 男はマントで体をしっかりと覆いフードを深く被りなおす。
 父親は大量の荷を両手と背に、母親も荷物を背負いながら片手に小さな女の子の手を引いていた。
 すれ違い様に父親が男に鋭い視線を投げつけてきた。
 小さな娘は元気に手を振ってみせ、母親はたしなめるように「ケイト」と名を呼びながら娘の手を強く引いた。
 男が数歩歩いて振り返ると依然としてこちらに向かって手を振りながら遠ざかる女の子の姿が見えた。
 男はフードを下げ、マントを押さえていた手を放して小さく手を振り返す。その腕はおよそ血が通った生き物とは思えぬほど真っ白だ。
 男の顔には満面の笑みがあった。だがその表情は突如哀しみの顔となり、次いで怒りの表情へと変化した。
 男の表情は驚くべき事に飛び飛びに変化した。
 中間が無くいつ変わったのかがわからない。速過ぎて捉えられないのではなく変化の瞬間が欠落していた。
 表情の変わり方もおかしかったが、顔のパーツにも不自然な点がいくつかあった。
 目はガラスのような乾いた硬質な輝きを放ち、鼻には鼻腔が存在せず、口は接合され開くことがない。
 男は自らの容姿がヒトから不気味がられる事を良く知っていた。
 ゆえにヒトの国に来る際は必ずフードを深く被り、なるべく顔を見せないようにしている。
 緩やかに続く一本道、両側を雑木林に囲まれたその行く先に目指す集落が見えた。
 高台に到着した男はまず最初に海を最もよく見渡せる向きで建てられた民家を探し始めた。
 そして白壁にオレンジの瓦屋根が映える二階建ての家屋をベストと見定め、裏口へと回り込んだ。
 避難予定の家主は鍵の隠し場所を事前に申告しており、その情報を元に男はそこへまっすぐ向かった。
 薪置き場、上段の棚に一本だけ断面に朱線の入った薪がある。その薪を引き出せば鍵は見つかるはずだった。
 薪の側面は削り取られ、丁度その場所に鍵が埋め込まれていた痕跡があった。
 まさか施錠を忘れたのだろうか。
 男は裏口のノブを回した。
 ビクともしない。
 もう一度鍵の隠し場所に戻り、薪置き場の周囲を探し、薪の隙間を覗き、最後は付近の薪を全て降ろしてみたが見つからない。
 男は探すのを諦め、裏口へ戻り「申し訳ありません」と呟いた。不思議な事にその呟きは口を全く動かさずに発せられた声であるにもかかわらず少しもくぐもってはおらず、むしろ滑舌も良く誰の耳にも明瞭に聞こえる類のものだった。
 だが続いて発せられた声は小さいがまるで三重、いや四重奏のような複雑で美しくおよそ生物から生み出されたとは思えないような代物だった。
 するとその発声とほぼ同時にドアノブが赤熱し始め、それはあっと言う間に炎を吹きながら弾け飛んだ。
 男は当然の帰結といった感じの落ち着いた様子でノブの壊れたドアを開けた。
 中へ進み、薄暗い廊下をさらに奥へ進んで階段を上がる。
 一部屋ずつ窓からの景色を確認し、選定を終えると今度は窓を開け外に向かって合図を送った。しばらくすると眼下に広がる雑木林の中からボロを纏った小柄な人物が姿を現した。
 人物というよりは二足歩行する甲虫と言った方が適切な形容であった―レスティナン人である。
 そのレスティナン人は手を振り、二階の窓辺に立つ男に向かって数度発音器官を震わせ、それから何かを二階に向かって放った。
 男がキャッチしたのは木製の芯に巻き付けられた植物のツルでそれは下にいるレスティナン人の元まで繋がっていた。
 思考植物の感応蔓。
 男がツルの先端をつかむと同時にそれを伝ってレスティナン人の思考が男の頭の中に流れ込んできた。
「おせーじゃねえか、S-t-2」
 男―S-t-2は辟易した意識を隠すことなくそれを受けた。
「やあ、ギ・グ。君と僕は直接会話できるんだ。わざわざ思考植物を介してそんな汚い言葉遣いで話しかけてくる必要があるかい?」
「汚い?汚く聞こえるのは思考植物の野郎の偏見のせいだろうよ。こいつら俺達の事嫌ってやがるからな。んなことより、てめえが遅えからこっちは危なくサナギに戻るところだぜ?たく」
「約束の場所に鍵がなくてね。悪いとは思ったけど〈火の言葉〉でノブを壊して入るハメになってしまったんだ」
「てめえは〈火の言葉〉遣いだったな。だがそんな事で無駄に〈真実の言葉〉を使ったら肝心な時に精神力が消耗しちまうだろうが、さっさと窓ぶっ壊して中へ入りゃよかったんだ。疲れすぎて弾作れなくなっちまうことだってあんだろうが」
「大丈夫だ。心理状態が一番いい時にブレットは作ってある。もう弾倉に入ってるよ」
「慎重なのはいいけどよ。もっと大胆かつスピーディーに動けや。ウォルフォリス人は皆そんなにチマチマしてんのか?」
「僕はウォルフォリス生まれだけどウォルフォリス人じゃないって言ったろ?彼らはもうみんな死んでしまったよ。2割にも満たない陸地を争う戦争でね」
「ああ…お前は海で生まれたんだっけな」
「そうだよ。彼らにこの体へと頭の中身を移されたんだ」
 思考通信をするS-t-2の顔が泣き顔になっていた。
 その哀しみは瞬間、ギ・グへと伝わり彼は気まずそうに沈黙した。
「じゃあ、僕はこれから準備を始める。君も抜かりなく頼むよ?スポッター殿」
「お、おう、任せておけ、アリの巣の数まで報告してやるぜ」
「よろしくね」
 S-t-2は思考樹から意識を切り離すと、ツルを室内に引き込み左側の窓に僅かな隙間を作った。
 そこから外へ伸びるツルはギ・グが恐らくこの雑木林内に構築したネットワークに結び付けられているはずだ。
 レスティナン人は植物学のエキスパート。完全に信頼できる。
 S-t-2はもう一度、窓から外を眺め改めて標的のエリアを確認した。
 白いさざ波を描く海岸。
 平原が広がり、街道が海と平行に走っている。
 街道を境にしてS-t-2のいる高台までは雑木林が続く。
 その街道の一点、そこを中心としてドーム状に拡がるその輪郭がほんのりと白く縁どられた広大な空間があった。
 S-t-2はそれを見て頷くと背中の荷物を降ろし、肩に担いだ腕程の太さの細長い包みを丁寧に壁に立てかけた。
 室内を観察し、使えそうな物を探す。
 大きなベッドと子供用のベッド―寝室。
 床には女の子の好きそうな小さな鳥の人形が転がっていた。
 慌てて退去した名残りだろうか。
 手を振っていた女の子の顔が目に浮かんだ。
 S-t-2の表情は笑顔から哀しみへと変わった。
 クローゼットの上の鏡にその顔が映っていた。
 その頬に描かれる哀しみの表現としての雫の絵。
 ヒト族の友人からピエロのようだと言われた事があった。
 道化と呼ばれる役回り。広場で芸を披露する姿を見て自分でもそっくりだと思った。
 S-t-2は感傷的な気分を振り払い再び動き始める。
 手始めに大きいベッドを動かして窓際にスペースを作った。
 次に子供用ベッドを移動する。
 ベッドは手作りらしくあまり仕上がりが綺麗な物ではなかったがしっかり作られていた。
 転落防止用の柵にケイトと彫られていた。あの女の子の家で間違いないことがわかった。
 S-t-2はそれを窓際に移動し、布団を取り払い、横倒しにする。
 そしてその上になった側面の部分に布団を敷きなおし、その枕元にツルを引いた。
 壁に立てかけた細長い包みを解く。
 取りだされたのは平べったく細長い板と短い円筒を組み合わせた代物だった。
 板の一方の先端からはその内部へと深い穴が穿たれている。
 それを手に、敷いた布団へ上がろうとしたところでS-t-2は自らが纏った薄汚れた衣服を見つめた。
「申し訳ありません」と呟き意を決して真っ白な布団の上にうつ伏せに寝転がる。
 子供の匂いがした。
 思考植物のツルを手に取り意識を繋ぐ。
「ねえギ・グ、名だたるアーチャーを差し置いて、どうして僕が呼ばれたか知ってたら教えてくれないか」
「ドーム状のバカでかい空間の境目見ただろ?ブレーンてやつなんだが、あれが〈遺跡〉を中心に半径約1400セルの範囲を覆ってるんだ。そんな距離をカバーできるアーチャーがいると思うか?ワールミューズでも半分まで届きゃ良い方だろうよ、お前のラ…ライ」
「ライフル」
「ライフルじゃなきゃ届かねえ」
 〈遺跡〉を調査する調査官が持つ魔獣に非常に有効な装備-メタフィジカルブレイカーには剣、弓、槍等様々な形態がある。が、S-t-2のそれには同じようなタイプが存在しなかった。名前は分類に困った調査局がヒト族のロストテクノロジーの中に弾丸を撃ち出す類似の武器の存在を見つけそう名付けたに過ぎない。
「ターゲットが中に侵入する前に止められなかったのが不思議だったんだ」
「その魔獣は普段は目視できねえ。俺らレスティナン人にもだ」
「それは珍しいね」
「だが光がある角度から入射すると姿が見える時がある」
「じゃあ、その角度まで陽か月が昇る頃狙えばいいのかな?」
「いや、ヤツはランダムに動きながら〈遺跡〉に接近してる。高次元を移動してるとかなんとか本局の野郎は言ってた。出現場所は予測できねえから光の入射角も一定にならねえ。ひたすら監視してチャンスを待つしかねえんだ」
「とても難しそうだね」
「1日300セル。ヤツは赤ん坊が這うくれえのクソ遅い速度で近づいてる。だから猶予は3~4日あるが…」
「大きな〈火の言葉〉を使える連中に360度方向から光を照射させるとかいくらでもやり様はあった気がするけど」
「まず魔獣の発見が遅れた。次に物質を全て通さないあのブレーンは魔獣も通さないはずだった。実際その通りになってたんだ。四大エレメントの力の影響を受けた物を通さないんだから当たり前だ。ヤツも弾かれるはずだった…。ヤツは特別。10の4万乗分の1の確率で生まれた新種だ」
「なるほど、レアキャラなんだ」
「ヤツが〈遺跡〉に触れて対消滅が起こればてめえのいる高台まで辺り一面が吹っ飛ぶ。4日目は退避だぜ?」
 実質3日で1日に1回か2回あるかわからないチャンスを待つことになるというわけだった。
「じゃあ、さっさと仕事にとりかかった方がいいね」
「ああ、ツルは腕に巻いておけよ」
 ギ・グの気配が消えた。
 S-t-2も意識を切り離す。
 伏射の態勢をとり、短い方の円筒―照準器を覗いて〈遺跡〉の位置を確認した。
 〈遺跡〉は報告通り搬送中に突然〈現象〉を発現した時のまま街道上で採光を放っていた。
 S-t-2はトリガーに指をかけた状態で目視と照準器両方による索敵を続けながら一瞬たりとも集中力を切らさない。
 そのまま6時間が経過した。
「起きてるか?」
 32時ジャスト。日付が変わった瞬間いきなり動きがあった。
「どこだ」
 S-t-2は〈火の言葉〉を囁く準備を整えた。語られる爆発はトリガーにかけた指から生まれるイメージだがそれはメタフィジカルブレイカーに吸い込まれて位置を変え、そのシリンダー内に発生する。トリガーを引くと同時に爆圧はブレットを押し出す。
 パワーも初速もそして射程さえも〈真実の言葉〉を生み出す心の力に依存していると言えた。
「近いぜ14時方向。約600セル。海風だがほとんど無風」
 目と鼻の先だ。
「見えない」
 雲が度々月明かりを隠していた。
「クソ、大チャンスだぜ。青白い光だ。視覚を繋ぐか?」
「繋いでもこっちは照準器で捉えないと意味がないんだ。なにか目印はある?」
「13時方向に住居。そこから200セル手前」
 照準器で指定の場所を覗く。
 暗い。雲も動かない。
「僕の目が捉えられる光の波長域じゃない」
「だめだ。こっちもロスト」
 
 

 2日目、31時52分。
 曇り空が続いていた。
 魔獣を捉えることができないまま何事もなく32時間が経過し日付が変わろうとしていた。
「眠らなくて済むってやっぱ便利だよな」
 初日から合わせて38時間。その間S-t-2はずっと狙撃台の上で、食事や排泄すらしていない。
「眠っているよ。半分ずつね」
 一旦は陸に上がり、進化の途上で海に戻ったS-t-2の祖先は水中で呼吸ができないため脳を左右交互に眠らせる事で睡眠時に溺れずに生きていく術を身に着けたと言われている。
「器用だな」
「瞬きするようなものだよ。特に意識しない。可笑しいだろ?」
「あ?」
「海で生きるための能力が破壊するための能力に転用されるなんてさ」
「今は破壊を防ぐために使ってるぜ」
「そうだね」
 虫の声が聞こえる。
 美しく成り立つ命の環。
 それがいつか終わりを迎える運命にあったとしても今である必要はない。

 

 3日目、16時33分。
「見つけた。海沿いの平原」
 今度はS-t-2が先に見つけた。
「こっちが見えねえ、やれるか?北西からの陸風、微風だ」
 青白くぼんやりと霞む何かがある。
「初めて見るから確認するよ?球状だ…上の…弧しか見えないけど。陽炎みたいだ」
「そいつだ。ターゲットで間違いねえ」
 例え上だけでもメタフィジカルブレイカーの一撃は心理的衝撃そのもの。心の負のエネルギー体とも言える魔獣の体のどこかに当たれば大なり小なりダメージは奥深くへと伝播する。
 S-t-2は〈火の言葉〉を口にした。同時にトリガーを引く。
 爆圧が解放されブレットがくぐもった爆発音と共に吐き出される。
「着弾確認。大分手前の雑木林だぜ?」
 外れた。
「どのくらい手前?」
「20セルくれえかな」
「次、行く」
「了解。こっちはまだ補足できてねえ」
 二発目を装填し、〈火の言葉〉を口にしようとした時、魔獣の姿が消えた。「ロスト」S-t-2は無念さを噛みしめて言った。
「ブレーンとブレットの干渉が予測と随分違ったよ」
 弾道はブレーンを通過する時にかなり落ちた。
 無論、ブレーンとの相互作用なしでブレットが通過できるとは思っていなかったがベストコンディションで装填しておいたブレットがここまで影響を受けてしまうとは思わなかった。
「試射しときゃよかったか」
「どうだろう。撃つことで量子的な変化を引き起こすリスクが大きいと判断したから」
「明日の午前中は退避準備を始めるぜ?」
 それはチャンスは今日だけだという意味だった。
「わかってる」
 最大のチャンスと思われたそれを逃したことは少なからずS-t-2の気持ちを萎えさせた。
 沈んだ気持ちで見る海がやたらと感傷的に見えた。
 ウォルフォリス人が滅んだ今、S-t-2の体を元に戻せる者はいない。それは海へ帰る事ができない事を意味していた。
 青い海の中を自由に泳いだ記憶が今も夢に形を変えて浮かび上がって来る事がある。
 半球睡眠を繰り返していると、たまにその夢の名残りが記憶として鮮やかに引き継がれる。
「戻りたいな」
 全身で受けていたあの水を切る感覚を今はもう僅かしか思い出す事ができない。
 


 4日目、14時11分。
「粘るのもここまでだ。正午ー16時前後に魔獣は〈遺跡〉と接触しちまう。ヒトのために命を賭ける義理もねえし退避しようや」
「そうだね」
 S-t-2は思考樹から意識を切り離す。
 134時間ぶりに起き上がる。
 体の節々が軋み、軽い痛みがあった。
 首を回し、両足をゆっくり床に降ろす。
 床に転がったままの小さな鳥のぬいぐるみが目に入った。
 あの女の子は僕じゃなくてこの家に、あのぬいぐるみにお別れをしていたのかもしれない。S-t-2は思った。
 あの子にとってここは故郷だ。
 窓から緩やかに吹き込む風が微かな波音と潮の匂いを運んでくる。
 S-t-2は解いた思考樹のツルをもう一度腕に巻いた。
「よお」
 ギ・グの思考にはやっぱりなという感情が漂っていた。
「故郷ってなんだと思う?」唐突なS-t-2の問いかけをギ・グは戸惑いつつもしっかり受けた。
「生まれ育った場所だろうが」
「海は僕の家だった」
「でかい家だな」
「だけどもう戻れない。深く潜るためのヒレが、速く泳ぐための体がもうない。生まれた星に戻れても海には帰れない」
「そんなのわかんねえだろうが」
「それだけじゃない。僕は海に帰れればどこだっていいわけじゃないんだ」S-t-2の泣き顔。流れない涙。「故郷って家だと思うんだよ、ギ・グ。そして多分、それはヒトにとっても同じだと思う」
 その言葉をギ・グは驚くほどあっさりと受け入れた。
「俺達の仲間がやらかした事だしな。原因は俺達側にあるし…逃げるのは面白くねえと思ってた」
 S-t-2は満面の笑みを浮かべて狙撃台に戻った。
 照準器を覗く。
 魔獣の出現場所は〈遺跡〉に大分近づいていた。出現予想エリアはずっと絞られる。発見の確率自体は高まっているはずだった。
「おい!いやがったぜ。もってるだろ?オレ」
 だが、またしてもS-t-2の場所からは見えなかった。
「〈遺跡〉のすぐ後ろ。平原地帯。2時方向。距離200セル。あ、ちょ…まて」
 ギ・グの焦りが届く。
「増速中だ!」
「君はすぐそこを離れて」
 魔獣に対する闘争心が一瞬S-t-2の顔を怒りに歪めた。
 ギ・グの情報を元に魔獣を探し続ける。
 見えない。
 角度が合わないのか、光量自体が足りないのか。
 その時雲の薄い部分を抜けてきた陽光に照らされ薄い霞みのような青白い輪郭が現れた。
 一射目の情報を元に現在の零点規制距離とブレットの落ち方を計算に入れ、ターゲットをレティクルの中心から下へ捉え直す。
 血液が急速に脳と腕に集中し、呼吸が無いに等しいほどゆっくりになる。銃身のブレがなくなる。
「風はねえぜ」
 ギ・グは離れる気はないらしい。
 魔獣の動きはまるで〈遺跡〉に引っ張られているかのようだった。
 S-t-2は銃身を静かにスライドさせていく。
 予想到達位置まで移動するとそれを追うように魔獣が照準器のフレームに入って来た。
 想像以上に速い。
 トリガーは優しく引かれた。
 照準器の中で魔獣が銀の塵に変わった。
「命中確認。良い腕だ」
「ありがとう。終わりだね」
 代謝が元に戻っていく。
 起き上がり、窓の外を見た。
 魔獣の分解は続き、銀の粒子は折から吹き始めた陸風に乗って海へと流れていく。
 やがてその全てが消え去る頃、雲の僅かな切れ目から射した陽光が波頭を美しく煌めかせた。
 狙撃台を降り、横倒しのベッドを元に戻してからS-t-2は小さな鳥のぬいぐるみを拾い上げて汚れを払い「ごめんね」とここに来てから3度目の謝罪を口にした。


〈了〉

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