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実家のIT化完了、そして覚醒は突然に 〜親の移住と、家族の記録#08〜

「実家のIT化3デイズ」という一大イベントを終え、私は自宅に戻った。翌日からは、約束した通り、母からのメールが毎日届いた。

物件情報を見ていると時間がたつのがあっというまだとか、時事ニュースはいろんな人のコメントを読むのが面白いとか、パソコンの本体が熱を持ってしまうが大丈夫か、などなど、変換や改行が時々おかしいところはあるが、がんばって打っているのがわかる。

ちゃんと送信できていることを褒め、質問に答え、父の様子や食事の献立など、次のメールを書くときのネタになりそうな問いかけを幾つか送って返す。父はまだ横で見ているだけだが、それでも物件情報は一緒にチェックすることもあるという。ふたり並んで画面をのぞきこんでいる様子がすぐに想像できた。まずは順調な滑り出しと言えるだろう。

この調子で気分よく、楽しく使ってもらうことが大事だ。そのためのケアを惜しんではいけない。順調な滑り出しを軌道に乗せるまでは気が抜けない。次の週末にも、私は様子を見に実家に帰ることにしていた。していたのだが、結果、一週先延ばしにすることになってしまった。

前週の3デイズが思った以上にヘビーだったうえに、その週明けから仕事が急に立て込んできてしまい、自分の中のお疲れモードがかなり高くなっていたのが理由だった。この状態で実家へ行き、「丁寧に教えるいい娘」を土日の二日間やりきれるか、ちょっと自信がなかった。
あくまでも私の善意でやっていることなのに、その自分がイライラした態度をとってしまったり、面倒くさそうな顔をしてしまったりしたら・・・想像するだけで自己嫌悪で落ち込みそうになる。ここはいったん、自分の気力と体力を回復させて、体勢を立て直そう。

身内でも気を遣って疲れることはあるのだ。親子だからずっと一緒にいられる、というものでもない。別々に暮らしていると生活のリズムは当然違ってくるし、どんなにダラダラ過ごせるとしても、実家はもう自分にとっての日常ではなくなっている。
親の知らない「ふだん」が私にはたくさんあって、むしろそれが私という人間の大部分だったりする。だから、実家に帰ることに対して疲れを感じたとしても、それを申し訳なく思うことはよそうと考えた。私にもきょうだいにも、そして親にも、それぞれの生活があるのだ。

というわけで、二週空けて実家へ帰ったのだが、驚いたことがふたつあった。

ひとつは、父がネットを使えるようになっていたこと。パソコンを立ち上げ、時事ニュースを見て、不動産屋のホームページで物件検索できるようになっていたのだ。これはすごいことだ。母が使っているのを見るうちに父も興味を持ってくれればと思っていたが、まさかこんなに早く覚えるとは。母が「やってみる?」と聞いてみたところ、素直に「うん」と答えたらしい。聞いた母自身もびっくりしたそうだ。偉いぞ、父よ!
必要な操作だけを母から聞いて、むしろ要領よく習得できたのかもしれない。おかげで、私がイチから教える手間が省けてとても助かった。

もうひとつ驚いたのは、自治体主催のパソコン教室に母が参加していたこと。なんでも娘に聞いてばかりではいけないと考え、市の広報に出ていた初心者向けの講座に申し込んだという。なんという自主性!そんな行動力があったとは。偉いぞ、母よ!
プログラムの内容は、基本的な操作などもう知っていることも多かったが、改めて説明を受けるとさらによく理解でき、自信になったようだ。ワードの文章作成や、簡単なエクセルの表作成も習ったと楽しそうに話している。

いつのまにか、両親が覚醒していた。知らないうちに、信じられないスピードで。

この二週間で、父と母は、自分たちの世界を大きく広げた。人間は何歳になっても進化できるのだ。よくがんばったなとうれしくなる。ひとりで疲れてダウンしていた自分が恥ずかしい。いやむしろ、私が来ないことがよかったのかもしれない。今後も定期的なフォローが必要なのはもちろんだが、実家のIT化はひとまず成功と言えるだろう。

安心したところで、パソコンの状態を一応チェックしておく。知らない間に設定を変えてしまっていたり、変なアプリをダウンロードしたりしていないか確認。プロバイダやアプリからのお知らせ系メールがたまっていたので、必要なさそうなものは削除し、配信停止の設定をかけた。

メールに写真を添付する方法を母に教え、ついでにデスクトップの壁紙も変えることにする。父が選んだ写真は、移住を希望する町で撮った一枚だった。愛車と海、その奥に広がる空。画面いっぱいに映る景色に、ふたりは「わあ」と声をあげた。
この場所への想いがなければ、今回のIT化プロジェクトはうまくいかなかっただろう。「住みたい場所の情報を得る」という明確で前向きな目的があったおかげで、パソコンやインターネットを「必要な手段」として受け入れることができ、デジタルという得体の知れないものに対する不安や抵抗、やってみるかどうかの迷いなどをすっ飛ばすことができた気がする。そういう意味では、これ以上ないくらいの動機と実行のタイミングだった。

父がひとり、パソコンを見ている。移住を希望する地域の気象情報を、台所の母に教えている。
「あっちは今日は風が強かったみたいだよ」
「お、明日は晴れるぞ」
背中を向けていて見えなかったけれど、母が微笑んで聞いているだろうことは私にもわかった。

実家IT化を振り返って
<やってよかったこと>
●お膳立てはすべてこちらで済ませ、両親のやること&覚えることは最小限に。
●教える時はいっぺんに詰めこみすぎず、何日かに分けて。つきっきりになりすぎない。
●教える対象はひとりに絞る。

<やってみてわかったこと>
●教える時の心構えは、「褒める、繰り返す、待つ」。
 想像以上に胆力が求められる。
●いかにやる気にさせるかが大事。
 目的やメリットがあればモチベーションが上がり、前向きに取り組める。
●「ひとつ覚えると、ひとつ忘れる」と心得ておく。
 細かく復習しながらゆっくりと。

覚醒した両親。いよいよ物件探しに本腰を入れはじめます。次回につづく。

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