ライブは一期一会の体験─ Mr.Children「miss you」ツアーによせて
○遂に聴けた、ナマ「Birthday」
去る1月13日、念願だったMr.Childrenのライブ「Mr.Children tour 2023/24 miss you」東京国際フォーラム公演に参加した。
ライブに当選した瞬間に溢れた感情は、以下の記事にて述べた通りである。当選から約半年──いや、最後にライブに行った日から数えて約5年間で熟成された期待は留まることを知らず、溢れ出しそうだった感情は1曲目のコール&レスポンスで早くも炸裂した。
1曲目の「Birthday」(2020年)は、本公演で最も嬉しかった選曲だった。俺の中では「2020年代ミスチル楽曲」の最高傑作であり、以前から一度は生で聴きたいと願っていたためである。
生演奏による「Birthday」は、最低限に抑えたバンドサウンドをストリングスで修飾していたCD音源よりも音の厚みが増しており、「ロックバンド:Mr.Childrenが放つ正統派なロックナンバー」と呼んでも差し支えない楽曲に昇華されていた。
その迫力ゆえか、ホール据え付けの椅子に腰掛けていた観客達は一気に総立ちになった。激しい演奏と観客の興奮が生み出した熱量は、ホールの天井を突き抜けて、雪が舞っていた東京の寒空を払うかのように拡散した。演奏が終わる約5分には、俺の背中を数滴の汗が伝っていた。
本作の制作にあたり、フロントマン:桜井和寿(以下、人物名敬称略)は、音楽雑誌のインタビューにてロックバンド「The Birthday」の影響を公言していた※1。「成熟していくにつれて失っていくがむしゃらさ」を彼らのライブで感じ取り、インスピレーションを受けて楽曲に込めたという。「叫ぶバンドとしてもまだまだ存在していたい」。所信表明のような一言を、桜井和寿は述べていた。
先述の通り俺は「Birthday」が好きだが、音源を耳にした際の印象は「がむしゃらさ」より「爽やかさ」が勝り、鋭利で乾いたガレージロックバンドからのインスパイア作品だとは、楽曲制作者本人の発言であっても中々信じられなかった。今回のライブで体感した生演奏により、曲に込めた意図をようやく呑み込めた気がしている。
○直接味わう新アルバム「miss you」
さて、本公演の中核を成していたのは、2023年10月に発売されたニューアルバム「miss you」の楽曲である。
本作はロックバンドの要:エレキギターを廃したムーディーな曲が大半を占める一枚に仕上がっていた。デビュー作「EVERYTHING」以降のアルバム全20作品中、最も地味な楽曲揃いの作品と言えよう。
2015年の「REFLECTION」〜2020年の前作「SOUNDTRACKS」に至るまで、徐々にロック色を増しつつあったミスチルの音楽性の流れからすると、その内容は極めて異質に思えた。2020年に「Birthday」で表現しようとしていた「叫ぶバンド」の気配を、一切感じ取れなかったためである。ミスチルの大ファンである俺でさえ、このアルバムの方向性を受け入れるまでには一ヶ月ほどを要した。今では「耳馴染みの良い曲が多い」と捉え、バンドが試みた新たな挑戦に納得している。
桜井和寿自身もファンクラブ会報※2にて「凄く特殊なアルバム」「以前の楽曲とは異なり、リスナーの存在をあまり意識せず作った」と言い切っていた程だ。俺が当初抱いた感情も、そう珍しいものではないのだろう。
そんな楽曲群の生演奏は、CD音源の雰囲気に近い「大人しく聴き浸るライブ」に仕上がっていると同時に、四人組バンドとしての存在感も感じさせてくれた(無論キーボード:SUNNYらサポートメンバーの存在も忘れてはならない)。
アルバムを聴いた際は各楽器の存在感をそれほど感じ取れず「桜井和寿のソロアルバムのようだ」とさえ思っていたので、楽器を奏でるメンバーの姿を目の当たりにした際、正直に言って安心感を覚えた。普段はエレキを相棒とするギタリスト:田原健一が大半の楽曲でアコギに徹している姿(更にMCまで担当し、普段のライブの5倍は喋っていた)は新鮮で、きっと今回のツアー以外で見ることはできないだろう。一ファンの感情としては、新曲・次回ツアーでは桜井和寿の右横で、いつも通りエレキを掻き鳴らして欲しいところであるが。
「miss you」の過去作以前から披露された曲は、基本的に「常套句」「放たれる」等のしっとり聴き浸れる作品が多かったため、「miss you」の世界観から逸脱しないセットリストを構築したのだろうと解釈している。それらの類似した過去作と比較しても、やはり「miss you」の楽曲は決して劣っていないことを、今回のライブで再認識した。
なお、冒頭の「Birthday」や「名もなき詩」、コール&レスポンスで会場内を一体にした「The song of praise」等の盛り上げ用選曲、またライブ向けに激しくアレンジされ、ミュージカルの如きパフォーマンスで声を荒げながら披露された新曲「アート=神の見えざる手」等、激しい曲は片手で数えるほどであった。それだけに先述の「Birthday」、また「アート=神の見えざる手」の印象は特に強い。どちらもCD音源よりも確実に聞き応えが高まっており、生演奏ゆえの迫力を体感できた。
○ライブは一期一会の体験
言わずもがな、ライブの終了後は余韻に浸ってしまうものだ。
一瞬で過ぎ去った至福の時間──。その余韻を蘇らせるために音源を再生しても、イヤホン越しの曲と先程聴いた生歌は、やはり感じ取れるものが違う。「Birthday」も「雨の日のパレード」も他のどの曲も、どこか物足りなさを感じてしまう。一期一会のライブアレンジが、思い出の中でますます美化されていくためだ。
残念ながら映像ソフトが発売されない限り、1月13日に聴いたメロディを完全に反芻することはできない。いや、仮にソフト化されても様々な編集が加わる以上、100%同じ旋律を楽しむことは不可能だろう。
そうか、ライブへ行く意義とはそういうものだった。言語化したところで絶対に蘇らない、その場限りの素晴らしいメロディ。運良くチケットを入手でき、アーティスト本人が披露する演奏に立ち上えた幸運。
何もミスチルだけに限らない。それら全てを引っくるめた一期一会の体験こそが、ライブが我々リスナーに与えてくれる恩恵なのだろう。
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