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新幹線にはチキン弁当が必要だ


 東京駅と京都駅を、新幹線で行き来する日々が続いている。仕事の関係で西日本に行く機会が増えた上、忙しさが歳末にかけてピークを迎えつつあるためだ。
 少年時代を振り返ってみる。旅行で新幹線に乗ろうものなら、それはもう舞い上がるような心地になったものだ。二人掛けのシートを回し、車窓を眺め、両親と弟の四人で旅路を楽しむ……。懐かしい記憶が脳裏に蘇る。
 しかし社会人となった今、新幹線の用途は旅行より仕事が主になっている。重い荷物を座席の上に押し上げ、隣接する人々に気を遣い、硬いジャケットと蒸れた革靴を脱ぎ、スマホを弄りながら目的地までの時間を過ごす、いや潰す……。かつて新幹線に抱いたワクワク感は、時の流れとともに薄れていきつつある。



 だが、決して新幹線の移動が憂鬱な訳ではない。よわい三十を越えてもなお、車内で俺の心を躍らせてくれる存在があるからだ。
 それは──


 チキン弁当。
誕生から何と今年で59年。幼い頃から愛食している、東京駅定番の由緒正しき駅弁。


 売り切れの憂き目に遭った場合以外、東京駅発の新幹線内で俺がチキン弁当を食べなかった日は、少なくともこの十数年間で一度もない。猛スピードで風を切る車体の中でこの愛すべき駅弁を味わうことは、ある種のルーティーンと化している。



 さて、今回も発車とともに開封の儀を行う。車体の揺れに身体が慣れきっていないので、うっかりテーブルから落とさないよう、慎重に箱の蓋を開ける。


 まずは透明なフィルムの上に置かれた箸袋にご注目。パッケージのチキン君(命名:俺)に紛れて、デフォルメされた鶏が一羽。銘菓「ひよ子」風のデザインが可愛らしい。弁当箱左下の「since1964」マークにも描かれているが、初代「チキン弁当」のパッケージに描かれていたそうだ。何度でも言う。可愛らしい。

かわいいね



 箸袋を一旦傍に置き、またまた慎重にフィルムのラッピングを剥がしていく。床に落とそうものなら新幹線を汚してしまうので、丸めてプラスチックの下にしまい込む。
 唐揚げをはじめとした惣菜、そして鮮やかなケチャップライスとの、真のご対面だ。

カラフルな左と茶色い右、コントラストが映える


 それでは、今度こそいただきます。


 ケチャップライス(正式名称:トマト風味ライス)の上にはスクランブルエッグとドライトマト、そしてグリーンピース。
 惣菜(特に唐揚げ)に割と塩分があるためか、ライスの味は濃すぎず、かつ薄すぎない絶妙な塩梅。甘めのドライトマトはケチャップ代わり。スクランブルエッグとライスを同時に口に含めばオムライス気分を楽しめる。それぞれの具材を好みの塩梅で調合しながら、様々な味のバリエーションのライスを味わうことができるのだ。
 数粒のグリーンピースは、味わい……というよりも色合い・食感を楽しませてくれるためのスパイスだろう。これが無ければRGBのRレッドが強すぎてしまい、見た目の印象も激変してしまう。



 お次は右側。


 「チキン弁当」の主役、鶏の唐揚げ。肉質は中々に噛み応えがあり、満腹中枢を刺激してくれる。先述の通りしっかりとした味付けがされているので、濃すぎないライスとの相性が抜群だ。
 丸い容器には人参などのピクルス。成分表示表によると一応「野菜サラダ」らしい。口のリセットに丁度良い甘味・酸味だ。なお、以前はまでは黄色・緑などのビタミンカラー系ピクルスが入っていたが、今年6月にマイナーチェンジしたらしい。
 残りはレモン果汁とスモークチーズ。言わずもがな、レモン果汁は唐揚げの「味変」を楽しむもの。全部レモン味にしては勿体無いので、二つだけに狙いを絞る。衣に果汁が染み込んで、味と食感に新鮮味が加わる。
 個人的にはスモークチーズが嬉しい。もちもちした食感、そして鼻と喉に突き抜ける、まろやかな香りと強めの味。この弁当の影のMVPと言っても過言ではない。お酒を嗜まれる方にとっては、おつまみとしても有難い品目ではないだろうか?



 というわけで完食。ごちそうさまでした。
 東京駅を発車して20分足らず──新横浜を出る頃には、既に弁当箱は空。ゆっくりと味わって楽しみたい……と思いながらも毎回こうだ。美味しい物に対して、箸が進む速度が上がるのは当然だ。やむを得ない。


 満腹感と満足感を抱えた俺を乗せ、列車は西へと進み行く。やがて静岡県に近付いた頃、進行方向右側の車窓を見ると、そこには霊峰 富士の山。


 この移動──いや、鉄道の旅も悪くないかもな。すっかり腹も心も満たされた俺は出張のことなど忘れ、つい景色に見入ってしまう。
 そう思わせてくれた助走の原動力は、間違いなくチキン弁当なのだ。
 俺の新幹線の旅には、チキン弁当が必要だ。

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