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密猟ホルモン。

 じゅむうううぅぅぅううぅぅぅぅ……。
 網の上で肉が焼け、白い煙が天井へ昇っていく。
 焼けたホルモンを手元にある空の皿に置き、熱くなった網の上に新たなホルモンを載せる。ぱつぱつ、とホルモンが鼻歌を口遊む。
 手元の皿に載っている、とろとろになったホルモン。こいつをタレ皿に並々と注いだ檸檬のタレに漬け、茶碗に盛られた大盛りの白米の上で、ちょんちょんと軽く踊らせる。酸っぱくなったそいつを口へ投入し、後追いで真っ白なエンジェル達も向かわせる。
 あぁ、完璧……。
 口いっぱいに広がる程よい酸味と、こりゅこりゅとした何とも言い難い癖になる食感。脂味を中和する程よく冷めた米粒。間違いなく、極楽浄土だ。
 ここは、居酒屋街にある小さな個人経営の焼肉屋、「膵」。縦に長い空間に、6席分のカウンターと、独立したテーブルが3席しかない。小さいからと言って、舐めてはいけない。小さい店だからこそ、店主の拘り(拘りと書いて、愛と読む)あるメニューが揃っている。
 この街でアンダーグラウンドをテーマに記事を書く僕は、取材や執筆をした後、よくここへ空腹を満たしに来る。
 今夜は1番奥のテーブル席で1人、のんびりとピーチサワーを片手に、好物であるホルモンを堪能している。
 テレビのニュース番組でアナウンサーが原稿を読み上げる声、肉を焼く音、店主のかけ声、常連客の酔った話し声、ライターの火を点ける音……。
 落ち着く。誰の目も、誰の評価も関係ない。この世に存在しても、誰も俺のことを批判しない空間にいるような気分になる。
 今度は、ホルモンを甘口の焼肉タレに漬ける。白米に数回付け、口に入れる。後追い白米も。
 あぁ、生きていてよかった。
 からからから……。
 店のスライド式のドアが開く音が聞こえた。
「へい、らっしゃい! 好きな席いいよ!」
 厨房から、店主の声が飛んでくる。
 からからから……。
 ドアを閉める音がし、足音が近付いてくる。長靴を履いているのか、むきゅむきゅ、という木製の床を踏む独特な足音が聞こえた。
 そこで不思議に思った。店の奥の席は、全て埋まっている。狭い店内だ。店に入った時に、どこが空いているのかなんてすぐに分かる筈。
 気になって、思わず顔を上げた。
 厨房と食堂を隔てるようにしてある、腰ぐらいの高さしかないスイングドア。そのドアの前に、こちらに背を向けるように体格のいい男が立っていた。
 黒色の帽子を深く被っている為、顔はあまり見えない。水色の作業着を着て、想像通り黒色の長靴を履いている。また、左肩に青色のクーラーボックスをかけていた。
「『牛』」
 黒帽子の男がそう呟いたと同時に、僕は咀嚼していたホルモンを飲み込んだ。そして、自身の口を左手で抑えた。
「奥に」
 店主は作業を続けながら、低い声でそう言った。
 黒帽子の男は、厨房の奥にあるドアの向こうへと消えていった。
 僕は我慢出来なくなり、震える脚で何とか立ち上がる。
「お、お会計を」
「へい!」
 くしゃっとした店主の素敵な笑顔が、今日は見られないでいた。

*

 会計を済ませ、急いで店から出る。
 近くの路地裏にあった自動販売機でペットボトルのコーラを買って、すぐに口に注いだ。飲み込む前に、ごしゅごしゅと口の中を炭酸で洗浄し、気が済んだら喉の奥へ流し込む。それを数回繰り返し、やっとの思いで一息吐いた。
「密猟ホルモン」。
 頭の中で、その言葉がぐるぐると回っている。
 この街で噂されている、都市伝説の1つだ。
 ある焼肉屋の黒い話。その焼肉屋は、ある特殊な肉屋と繋がっている。特殊な肉屋では、行き場のなくなった肉を取り扱っている。全て言わなくても察しは付くだろうが、その肉屋へ肉を届けているのは、人を消す仕事をしている方や、抑えられない衝動を持った方だ。
 焼肉屋と肉屋でやり取りされるのは、臓器のみ。何故それだけなのかは不明だ。そこで売買されている臓器が、密猟ホルモンと呼ばれている。
 また、焼肉屋と特殊な肉屋には、合言葉がある。それが、牛、だ。黒帽子の男は、確かに店主にそう言っていた。
 まさか、噂の焼肉屋が膵だったのか? 今までここで食べてきた全てのホルモンが、密猟ホルモンだったってこと? 今日も僕は気付かずに、密猟ホルモンを食べていたのか? 僕が美味しいと思っていたのは……。
 それ以上、何も考えたくなかった。
 路地裏から出て、近くにある風呂屋、「掃」を目指す。今すぐにでも身体中の汚れを落としたかった。家ではなく、外で。大量に浴びた煙、口の中に残る感触、黒帽子の男が言った牛という言葉。全て、熱いシャワーで綺麗さっぱり流し去りたかった。
 その時ふと、別の焼肉屋が目に入った。どこにでもある、チェーン店だ。
 店のドアが、今まさに閉じようとしている。
 青色のクーラーボックスが、中へ消えていくのが見えた気がした。

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