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夜空の一番

夜空の一番は、なんといっても月である。夜空に煌めく星も捨てがたいが、なにせ数が多すぎる。数が多ければ多いほど、情愛は分散してしまう。それに、星というのは時刻や季節によって、見える位置が大きく異なる。星は常に動いているのだ。そのため、気まぐれに「お目当ての星がある方角」を見やったとしても、毎回必ず視認できるわけではない。星には星の道理というものがあるので、人間の浅薄な希望になど斟酌しない。そのような星の「気まぐれ体質」を好ましく思う人もいるだろうが、私はそうではない。星に振り回

    • 生まれた瞬間から格の違いを見せつけるアンパンマン

      アンパンマンが生まれた直後に「ぼくアンパンマンでちゅ」と名乗ったというエピソードはあまりにも有名です。この言葉には「他の有象無象のパンとは違い、生まれてすぐに言葉を話せるぼくって凄いでしょ」という主張と「ジャムおじさんが変な名前を付けないように自ら名乗っておこう」という牽制が含まれています。ジャムおじさんは何でも起用にこなすために「万能の天才」と一部の好事家からは言われているものの、ネーミングセンスはありません。なので、アンパンマンが自ら名乗らなければ「非常食」などの無慈悲な

      • 魚の白身

        私の眼前には、魚の白身が横たわっている。その様子は大層ふてぶてしく、「ワシがここに置かれているのは至極当然のことであり、異議を唱えようとしても全くの無駄である」と主張しているかのようだ。魚の目は、虚空をじっと見つめたまま、ぴくりとも動かない。視界を遮るものはなにもなく、それでいて全てのものが集約されている一点に対して視点を固定しているのである。視点の土台となるものはとてつもなく強固であり、外界からの干渉を苦も無く撥ねつけていた。その土台は、観測の邪魔になり得る事象の一切合切を

        • アンパンマンの顔は美味

          アンパンマンは、自身の顔を空腹の人に与えています。「自分の顔をもぎとって食べさせるなんて・・・頭がおかしいんじゃないの・・・」という意見もあるでしょう。全くもって正常な反応です。見た目はともかく、美味であることは間違いありません。つまり、アンパンマンの頭はおかしいのではなく、おいしいのです。ステレオタイプの犯行動機として「ムシャクシャしてやった。相手は誰でも良かった」というものがありますが、アンパンマンの顔を食べた場合は「ムシャムシャして食った。相手はパンでも良かった」という

        夜空の一番

          沼の主

            沼の主は、腹の底でぐっと堪えた。沼の底には時折、激流と呼べるほど強い水流が噴き出る。沼に棲みついて日が浅い魚の大半は、見るも無残に流されてしまう。沼の主は、その様子を義務的に視界に収める。一所に留まる魚にとって、流され行く魚はただの経過物である。視界を横切るそれらに対して惜別の言葉をかけていたら、とてもではないが身が持たない。沼の主は、自己防衛のために沈黙を貫いているのである。 ただ、激流にしても「その到来を予期することは到底不可能」というわけではない。激流はほぼ等間

          アンパンマンは働きマン

          アンパンマンに対して「普段なにをやっているのかわからないふやけたパン」というイメージを持っている人は少なくありません。確かに、真っ赤な衣装に身を包み、昆布のような色のマントをはためかせながら空を飛び回っている姿からは「真っ当な勤め人」という印象を抱くことは難しいです。巨象を抱くぐらい難しいかもしれません。暇と度胸がある人はやってみて下さい。骨は拾いません。 アンパンマンはしっかりと働いています。しかも、休みが1日もありません(推測)。脅威の365連勤です。ブラック企業も真っ

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          発見ヤマト芋

          「その芋は黄金色の光沢を身に纏い、内側からは霊妙な輝きを放っていた」本棚の片隅に差し込まれていた年代物の植物図鑑にはそう書かれていた。その説明文の下には「ヤマト芋」という名称と共に、乱雑で簡素なイラストが添えられていた。そのイラストを見る限りでは、とても美味しそうには見えなかった。だが、だからこそ本物をこの目で見て、実際に味わってみたいと思った。僕は、ヤマト芋を探すことにした。 僕は、植物図鑑を片手に、ヤマト芋についての情報を集めることにした。手始めに、村の長老であるキイ婆

          発見ヤマト芋

          悪魔由来の化粧品

          「悪魔由来の成分を含んだ化粧品を肌に塗ると、みるみるうちに肌が爛れ落ちるらしい」 私が小さい頃、こんな噂があった。大人になった今の私は「そんな馬鹿なことがあるわけない」と一笑に付すことができる。だが、子供の頃の私には、そのように簡単に処理することはできなかった。紛れもない恐怖だったのである。「人生を縛る縄」は無数に存在するが、私にとっては、この噂は紛れもなくそれに属していた。 そもそもの話、悪魔のビジュアルとメイクは親和性が非常に高い。悪魔の顔といえば、アイシャドウを塗りた

          悪魔由来の化粧品

          アンパンマンの顔へのダメージはパワーダウンに直結する

          アンパンマンのことをあまり知らない人でも「顔が濡れて力が出ない」というセリフは聞いたことがあるでしょう。アンパンマンは、水に濡れたり、カビや泥で汚れたりすると、本来の力が出せなくなってしまいます。犬の鼻が濡れるのにも「匂いをしっかりと嗅ぎ分ける」という理由があるように、アンパンマンの顔が濡れるのにも「水も滴る良い男パンを演出する」という理由があるのです。前者は生存する上で欠かせない行為として、後者は人気を集めるための演出として分類することができます。「演出過剰である」という声

          アンパンマンの顔へのダメージはパワーダウンに直結する

          些細な邂逅

          小雨そぼ降る昼下がりのこと。私は、自室において半睡半醒の状態に耽溺していた。すると出し抜けに「いやはや、懇ろな関係になりたいなぁ」という声が襖の奥から聞こえてきた。その声には切迫感がまるでなく、これ以上ないほど弛緩しきっていた。 「あなたには大変に気の毒な話なのですが、ここに居る私という存在は、そこに居るあなたという存在とお近づきになりたいのです」 私は、襖の奥から聞こえてくる台詞の内容を検分してみた。どうやら、こちらに害意があるわけではないらしい。私は逡巡することなく、襖を

          些細な邂逅

          元気を100倍にしてどうするつもりなんだろう

          アンパンマンの有名なセリフの一つに「元気100倍、アンパンマン!」というものがあります。「そんなに元気いっぱいになったら、顔が膨張して破裂しちゃうんじゃないの?」という疑問を抱く人もいるでしょう。かくいう私がそうです。アンパンマンが件のセリフを得意げに言い放つ度に「顔が破裂してあんこが飛び散るんじゃないだろうか。もしもあんこが飛び散った場合、制作スタッフ一同がおいしく頂くのだろうか」という不安に駆られます。心臓の内部にドキンちゃんが棲みついているんじゃないかと疑うぐらいドキド

          元気を100倍にしてどうするつもりなんだろう

          奇妙な頬杖

          その頬杖は、見る者に奇妙な印象を与えた。一見すると、取るに足らない頬杖である。だが、注視してみると、それが歪なものであり、その姿形に対して疑問を抱かずにはいられない。ある者は読みかけの本をそっと閉じ、その頬杖をちらりと見やった。視線が向けられているという事実を頬杖に気取られてはならない。頬杖に感知された瞬間、頬杖を構成する諸要素の一切は瓦解する。頬杖はその瞬間を今か今かと待ち侘びているのだ。 ただ、頬杖にしても、野放図に朽ち果てるつもりは毛頭ない。頬杖の周辺には「頬杖という

          奇妙な頬杖

          アンパンマンの頭の中身はあんこじゃなくても構わない

          アンパンマンの頭の中には、あんこがたっぷり詰まっています。ですが「中身はあんこじゃなければいけない」という決まりがあるわけではありません。あんこ以外のものを頭の中に入れても大丈夫です。黒柳徹子のように頭の中に飴を入れても良いし、韓国映画のように頭の中に消しゴムを入れても良いのです。「でも、アンパンマンっていうぐらいだし、本当はあんこじゃなければいけないんじゃないの?『平服(私服)でお越し下さい』と書かれているから平服で行ったのに、周りは皆スーツを着ていて恥をかくパターンじゃな

          アンパンマンの頭の中身はあんこじゃなくても構わない

          会長の煩悶

          私は、ある集団の長、すなわち某団体の会長を務めているのだが、一人の会員の復帰を待ち望んでいる。会員達に優劣を付けるのは気が引けるが、彼は特別であり、会における求心力は私よりも遥かに高い。言い訳めいたことだと思われるだろうが、私の求心力が低いのではない。人並ほどはあるはずだし、そう思い込みたい。改めて強調するが、私の能力が低いのではなく、彼の能力が特段に優れているのである。であるからして、彼の復帰というのは、私だけではなく、全会員にとっての切なる望みなのだ。率直に言って、私は彼

          会長の煩悶

          アンパンマンは博愛主義者

          アンパンマンは「この世界に住んでいる全ての人が好きである」と公言してはばかりません。テレビという公共の電波を利用した番組内での発言なので、文字通りの公言です。「そんなことをわざわざ公言するなんて、後ろ暗いところがあるんじゃないの?」という意見もあるかもしれません。確かに、このセリフだけをピックアップすると、頭がおかしい奴だと思われる可能性もあります。ただ、アンパンというのは菓子パンの一種なので「頭がお菓子な奴」ではあるのです。考えが甘い人などを糾弾する際にはピッタリの言葉です

          アンパンマンは博愛主義者

          落下猿・名高いハム

          逆さまに落ちてゆく猿がいた。猿の表情は険しく、その顔を覆う表情筋の一切は強張っていた。猿は、敵の姦計に陥って、そのような危機的な状況に瀕しているのだが、怒気をあらわにしなかった。そもそも猿が怒り心頭に発したからといって、事態が好転するわけではない。猿は、自身が落下する過程において、怒りの感情が消失する様子を見た。正面からまじまじと見たのではなく、横目でちらりと見ただけなのだが、見たということには変わりない。自身の内に次々と湧き起こる感情を注視して、その一切を丁寧に検分する余裕

          落下猿・名高いハム