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リンゴの木


村のはずれの野原に、リンゴの木が生えています。その木はとても大きく、たくさんの葉っぱが風に吹かれてワサワサと揺れています。その賑やかな動きに誘われて、小鳥たちが一羽、また一羽とやってきます。リンゴの木の枝はしっかりしているので、小鳥たちは安心して羽を休めることができるのです。小鳥たちは、木の枝の上で踊ったり、歌ったり、昼寝をしたりして楽しく過ごしています。
 
リンゴの木に集まるのは、小鳥だけではありません。木の根っこの周りでは、リスたちがほっぺたをプウと膨らませながら、元気よく走り回っています。リスたちのほっぺたの中には、どこからか取ってきた、おいしい食べ物がわんさか詰まっているのです。ほっぺたをいっぱいにふくらませたリスたちの顔は、とても幸せそうに見えます。お腹がパンパンになるまで食べて、足がガクガクになるまで走り回り、疲れたらグウグウと眠るのです。
 
リスたちは木の根っこをかじってイタズラをしますが、りんごの木は怒りません。「かじられちゃって、しょうがないなぁ」というように、葉っぱをワサワサと揺らすだけです。葉っぱの面倒くさそうな動きを見る度に、リスたちはクツクツと声を上げて笑います。ワサワサ、クツクツ。ワサワサ、クツクツ。リスたちがかじると、葉っぱが揺れる。リンゴの木とリスたちだけの、ささやかなやりとりです。このやりとりは、夜になって、リスたちがグウグウと眠るまで続きます。
 
夜になると、リンゴの木の周りは静まり返ります。朝や昼とは違って、にぎやかな小鳥たちもいなければ、イタズラをするリスたちもいません。月の光に照らされて、リンゴの木はポツンと野原にたたずんでいます。リンゴの木は眠らないので、夜の時間がとてつもなく長く感じます。朝や昼の時間と夜の時間は、たとえ同じ時間でも、その中身は全く違うのです。
 
リンゴの木は、夜になる度に「この暗闇がいつまでも続いたらどうしよう」と不安になります。小鳥たちやリスたちは、そのような不安を感じ続けることはありません。夜になったら自然にウトウトして、当たり前のようにグウグウと眠るので、不安はそこでプツリと途切れてしまいます。ですが、リンゴの木には、そのプツリが訪れないので、夜の間中ずっと不安を感じ続けなければなりません。リンゴの木は、不安と共に長い夜を過ごすのです。
 
そんな眠らない夜を何度も繰り返していたら、いつの間にか何十年も経っていました。にぎやかな小鳥たちも、イタズラをするリスたちも、もういません。小鳥たちやリスたちは、それぞれの命をまっとうして姿を消したのです。リンゴの木は、その様子をただじっと見守っていました。「自分も小鳥たちやリスたちのように、いつか消えてしまうんだろうな」と考えるようになりました。そのことを考える度に、リンゴの木の幹はピキピキと悲しそうな音を立てます。いつの日か、このピキピキという音も聞こえなくなるのです。「自分が消えて、ピキピキという音が聞こえなくなる」ということを想像すると、不安で押しつぶされそうになります。それは、夜を過ごす不安とは違う種類の不安でした。
 
さらに何十年も経ち、ついにリンゴの木の命が消えるときが訪れました。リンゴの木はすっかりボロボロになっていました。葉っぱはダラリと垂れ下がり、根っこはやせ細っています。これまでリンゴの木を支えてきた、ありとあらゆるものが失われてしまったのです。リンゴの木は、変わり果てた自分の姿を見て、「自分はこんなにも長く生きてきたんだなぁ」としみじみと感じました。自分が生まれたばかりのことを思い出そうとしても、あまりにも昔のことなので、うまく思い出すことができません。リンゴの木は、ボロボロになった自分の姿をただじっと見つめていました。
 
リンゴの木の意識は少しずつ薄れていきます。薄れていく意識の中で、リンゴの木は、自分がいなくなった後の世界を想像していました。そこには、今はもう消えてしまった小鳥たちやリスたちの姿があります。小鳥たちはどこからともなくやってきますが、リンゴの木がないので、羽を休めることができません。リスたちはリンゴの木がないので、木の根っこをかじってイタズラすることができません。小鳥たちはあてもなく空を飛び回り、リスたちはつまらなそうに地面を見つめています。やがて日が暮れると、小鳥たちは飛び去り、リスたちは走り去りました。
 
リンゴの木は、小鳥たちとリスたちが去っていく姿を悲しい気持ちで見つめています。ですが、リンゴの木には悲しい気持ちだけではなく、楽しい気持ちや嬉しい気持ちも芽生えています。楽しさがあるからこそ苦しさがあり、悲しさがあるからこそ嬉しさがあるのです。リンゴの木は様々な気持ちに包まれたまま意識を失い、やがて姿を消しました。
 
リンゴの木が姿を消してから、数十年が経ちました。リンゴの木が生えていた場所には、今では色とりどりの花が咲いています。風が吹く度に、たくさんの花びらがソヨソヨと楽しそうに揺れています。それは、リンゴの木の葉っぱが揺れる様子とそっくりでした。


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