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ザリガニのハサミ

 

身も心も凍えるような寒い湖のほとりに、一匹のザリガニが住んでいました。ザリガニは、湖の周りに落ちているエサを食べて暮らしています。食べられないエサは、顔見知りのカラスにあげています。カラスはいつも、ザリガニがくれたエサを当たり前のように食べるので、ザリガニは不満に思っています。「せっかくエサをあげているのに、ありがとうの一言もないのかよ」ザリガニの心中に鬱積した憤懣は相当なものでした。
 
ザリガニの不満は、ある日突然、爆発しました。いつものようにカラスがエサを食べようとしたときのことです。ザリガニは自分のハサミでカラスの尻尾をちょん切ろうとしました。風に吹かれてユラユラと揺れているカラスの尻尾が、とにかく憎らしかったのです。カラスは突然の出来事に驚いて「カアアアアア」と泣き喚きました。カラスが慌てて飛び去っていく姿を見つめるザリガニの顔は、とても満足そうでした。
 
カラスを追い払った翌日の朝、ザリガニは、とても良い気分で目が覚めました。いつものようにうんと伸びをした後、自慢のハサミに目を向けると、そこにあるはずのハサミがありません。ザリガニのハサミは、ザリガニが寝ている間に、あのカラスによって切り落とされてしまったのです。憎しみの連鎖は止まりません。ザリガニは、ハサミを切り取られた仕返しをするために、血眼になってカラスを探しました。ですが、いくら探しても、カラスの姿は見当たりません。カラスはもはや、ザリガニの手の届かないところへ行ってしまったのです。
 
それからどれぐらいの月日が経ったでしょうか。ザリガニは、昔と変わらずに今も、身も心も凍るような湖のほとりに住んでいます。昔と違って、食べられないエサは、そのまま打ち捨てています。カラスによって切り取られたハサミは、もちろん今もありません。ザリガニは、ハサミがあった場所を時々じっと見つめます。その場所からは、今もなお、おぞましい何かが噴き出ているのです。


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