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#エッセイ 記事まとめ

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noteに投稿されたエッセイをまとめていきます。
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2020年8月の記事一覧

初めて自分らしく笑えた日。

「生まれた環境を言い訳にしない」 これは、僕がいつ何時でも忘れないように、 心の中で大切にしている信念。 でも昨日、ある飲み会がきっかけで、 僕の人生の中に、もう一個、信念ができた。 「本当の自分で生きる」 たけひろ シャルコーマリートゥース病。 はい?と思った方、その判断は間違ってない。 こんな病気、聞いたこともないだろう。 僕も初めて聞いた時、 外国の美人な女性を、頭に思い浮かべた。 そう、彼女の名前のような病気こそ、 僕が生まれつき抱えている難病である。

日常を3日間タイムループさせたら、74歳に娘ができた

先日、私は神楽坂でタイムループした。 タイムループっていうのは、「物語の中で、登場人物が同じ期間を何度も繰り返す」というもの。これに憧れていた私は、自分の手でちょっとだけ、ループさせてみた。妄想でもSF小説でもない。至って日常的な一日を、3回繰り返した。 そうしたら、とある74歳の女性に娘ができた。 ひとりじゃない。ふたりもできた。 何を言っているのかわからないと思うので、その3日間にしたこと、起きたことを、順を追って書いてみます。 ・ ・ ・ 8月のある日。 大切

ポートレートに隠れていた愛着

「あなたは自分の顔に満足していますか?」 ギクッとする質問だ。 人は基本的に自分の顔を選べない。 もしも自分の容貌が、同い年の俳優、佐藤健さんや松坂桃李さんのような顔であればどうだろう。満足ですと答えるかもしれない。しかし、実際はそんな端整な顔立ちをしていない。僕はいわゆるユニークフェイスである。 ユニークフェイスとは外見(容貌)に病症/ケガがある当事者を指す言葉だ。僕の場合は先天性の疾患・形成異常によって、瞼が閉じきれないのと、軽い斜視の症状がある。乾燥によって慢性的

結婚

私には9年前から付き合っている恋人がいる。 同じ母校の大学の一つ上、科違いの先輩だ。 彼は私が素材の選択を迷っていた学部2年の時から石彫を主な表現として選択し、そして作家になるまでの経緯を全て見てきた人でもあるし、逆に私も彼が社会人となるまでの揺らぎや葛藤を見てきた。 今はフリーランスである私と、サラリーマンとして生きる彼がいて、夫婦として共に生きている。 ------------------- 私の事を縛り上げる呪いの言葉の一つに 結婚したら、女性作家はダメになる

頑張ってるふりをするのも疲れるよな #8月31日の夜に

【243】 中学3年、夏の中体連の大会を最後に部活を引退した。 ここまで、部活で全力投球してきたから、そのあとの振る舞い方がわからなかった。ちなみに、全力投球と言ったけど野球部ではなくてバレーボール部だったんだけど。 苦手なことはとことん毛嫌いしてさ、そこよりも好きなことばかりやってきた。 苦手なことはなんとなくまわりと合わせて嫌いではないふりをしたし、わかったふりをしていた。 そんなことしても結局大変な思いするのは他でもない自分なんだよな。 大人になった自分から、当時

僕は泣きながら、教授におしぼりを何枚も何枚も投げつけたことがある【実話】

僕は、大学に9年間通った。 留年とかではない。 学部生として4年間、修士課程で2年間、博士課程が3年間で計9年間だ。 修士課程と博士課程の間は、大学院生を略して院生と呼ばれ、各自のテーマを研究しながらも研究室の後輩へ実験方法を伝授したり、相談事に乗ったり、夜な夜なボーリングに行ったりするマルチな活躍が期待されていた。 僕は院生時代には、上記の期待に応え、自分の研究を進めつつ、それ以外に嬉々としてやっていたことが一つある。 それは、色々な研究室を横断した飲み会を開くことだ。

水色の世界

ちゃぷちゃぷと水音を立てるちびの表情は、夏の太陽みたいだった。 「おかあさん、みてみて!!」 ぴょんぴょんと弾むような声が、青空の下に響き渡る。彼の「みて!」に従って目線を下げた私の前に、幻想的な世界が広がった。その色と光の美しさに、ちびの笑顔が重なる。 「ね、きれいでしょう?」 私の宝ものは、この世界から”きれいなもの”を見つけるのが得意だ。その瞬間の彼の笑顔は、あまりにも真っすぐで時々眩しくなる。子犬のようにしっとりと濡れた黒目の輝きをのぞき込むたび、奥のほうがぎ

焼きバナナがおいしいので、暑くてもいい。

お腹が空くと思考が停止してしまうので、手で皮をむくだけですぐに食べられるバナナを常備している。 皮に少し緑色が残った固めで青い味のバナナも好きだし、黒い点々が出てきた甘いバナナも好きだ。 そのままでも、ヨーグルトやグラノーラに入れても。牛乳と一緒にジュースにするのもいい。 ▽▽▽ 時間に余裕がある朝は、いつもと違うことがしたくなる。 「朝食後のデザートは焼きバナナにしよう。」 フライパンで軽く焼きめをつけたら、オリーブオイルと岩塩をふる。 熟れ気味だったバナナが

頂くということ

小さい頃、お年玉をもらうことが苦手だった。お年玉をもらって嬉しくないわけではない。「頂く」過程が苦手だった。 新年の親戚の集まりで、久しぶりに会う縁のある幼い私に「お父さんお母さんには内緒よ」と言って、おじさん、おばさんがお小遣いを握らせてくれる。いいですいいですと、申し訳なさから拒否するも結局頂くことになる。 「内緒よ」と言われても、そういうわけにはいかない。両親にもらったことを報告すると「貰うべきじゃない!謝りに行きなさい!」と言われ、もう一度親と謝罪とお礼をしに行く

「尊厳とアイス」について考えた夜

雨上がりの夜空は少し重くて、ちょっぴり近く感じる。私は大股で、交差点を渡った先にあるコンビニに向かった。 お目当てはアイスクリーム。最近、はまっていたレモン味のアイスを買いに、わざわざやってきたのだ。 それなのにレモン味のアイスは薄情者だから、他の人のもとに旅立ってしまった模様。ため息がてら手を伸ばした先にあったのが四角い「カップアイス」のバニラ味だった。 その角張ったパッケージに、ふとある人の顔がよぎる。そういえば、このアイスクリームをビニール袋いっぱいに詰めて、我が家に

丁寧な暮らしなんてクソくらえ。と思う私もいる話

ある時期から、ほとんどコンビニ飯で育った。 毎晩、「好きなものを買ってきていいよ」と、500円を渡される。 夕暮れ時に4つ下の妹と一緒にコンビニへ行く。セブンイレブンの「ミルクフランス」とか「お好み焼きパン」とかを好んで買っていた。 中学生になると、放課後は塾に通いはじめた。夜はリプトンのあまーい紅茶の500mlパックと菓子パンをセットで買うのがお決まりだった。 ちょっと贅沢したい時は、ロッテリアのハンバーガーを買って、シャカシャカポテトをキメてやった。あとは牛丼と「

世界線の彼方で 【エッセイ】

長い階段の坂を登っていた。 まだ朝なのに陽が昇ってくると暑い。湿度も高い。カラダから汗が噴き出てきた。坂の途中の夏みかんの木には大小の実がなっている。両脇は、木が生い茂り苔の匂いがした。登りきると視界がひらける。古いお寺の門をくぐった。境内には人の気配はなくて、しずまりかえっていた。微かなお香の香りを感じる。白い砂利は綺麗に整えられていた。 私の祖母は京都の寺で眠っている。明治時代の最後の年に生まれて、大正、昭和、平成と4つの時代を生き抜いた。彼女は強く、私の唯一の理解者

瓶ビールはまた、そのときに

「俺、飲めへんから、都村付き合ったってくれや」 ぱたんと部長はメニューを閉じ、「烏龍茶と瓶ビール、グラス」とおばちゃんに指を2本立ててみせた。向かいの席のA先輩は「おお」とだけ言うと、椅子の背にずかっと体をあずける。それは「頼むわ」や「たくさん飲めよ」と受け取っていいのだろうか。まじまじと表情を窺っていたが、威圧感に負けて私は視線を机の上に落とした。ホテル1階の定食屋は他に人けがなく、食器を洗うガチャガチャという音だけが厨房から漏れていた。 こうしてサシで瓶ビールを交わす

いつか宇宙の藻屑になることを夢見ていた。

「宇宙の藻屑になりたい。」 そうつぶやくと、親しい人たちはきまって、何言ってるの、と笑う。 ははは、いや、本当に、と言っても、ほとんど本気にしてもらえない。 でもそれでいい。この感情はやはり、わたしだけの特別なものなのだと再認識し、そのたび、胸の中には静かな海が広がる。 幼い頃から漠然と、宇宙や星というものに心惹かれていた。 中学の天体の授業は苦手だったし、天文部に入っていたわけでもない。プラネタリウムに連れていってもらうのは大好きだったけれど、星座に特別詳しいわけで