283.子ども時代を過ぎて社会に出てもいじめは続き、人生の最後のお年寄りまでもい虐待や苛めが続く。
1.ある老人の言葉
当時も、今もまったく変わらないのがいじめです。
どうして、いじめは無くならないのでしょうか?
他者と何かが違う、動作が遅い、能力が劣る、変わっている、暗い感じ、おとなしい、我慢している、優しい、太っている、痩せているなど、容姿や話し方、性格や特徴等様々なものが人にはあります。人は違って当たり前なのに、人と違う事がいじめの対象になってしまうのです。
子どものいじめが社会問題になっていますが、いじめは子どもたちの世界だけの話ではありません。いじめる側もいじめられる側も、そのまま大人になります、そのまま年老いていきます。思考の醸成なくして、終わらないのがいじめの特徴ではないでしょうか?
脳梗塞を起こした九十二歳の老人がいました。
救急車で運ばれ、何とか死を免れ入院生活をしていました。心臓病、心臓弁膜症、脳梗塞の三つ巴の病気です。大きな大学病院ですから、安心感が漂い、サービスも良く見えます。彼の性格はおとなしく、特に我儘なども言わず、医師の注意をよく聞き、指示通りに従う素直な人です。
心臓の薬と、弁膜症で体内に水が溜りやすいため利尿剤を服用していたため、尿の回数が多く、そのたびにナースコールを鳴らして、看護師さんに排泄の介助をお願いします。
昼間は看護師さんの数は多く、看護の手も行き渡っていますが、夜勤帯の看護師さんは少なくなり、三人から四人で百名近い患者を担当します。
夜半のナースコールの数は多く、ベルは鳴りやみません。看護師さんたちは夜中の病棟内を駆け巡ります。
老人は尿が近くなると、昼間の看護師の指示通りにナースコールで看護師さんに伝えようとしました。
ある日、何度鳴らしても一向に看護師さんが来なくなりました。そのため何度も鳴らすようになりました。
やっと来てくれた看護師さんは老人に向かって、
「何度も何度も呼ぶな!」と怒鳴りました。
その看護師は他の患者に対しても同様に汚い言葉で怒鳴り続けます。
多くの患者はそのことに不満を持ち、他の看護師や医師に相談しますが、取り合ってはくれません。夜勤の激務に追われる看護師に遠慮してなのか、老人の戯言と思っているのか、一向に聞く耳がありませんでした。
ある時、喉に淡が詰まった老人は、呼吸困難になりながらベルを何度も何度も鳴らしました。しかし、誰も来ません。何とか、自力で淡を出すことができ、ようやく到着した看護師に文句をいいますが、真面に取り扱ってはくれませんでした。最終的には、家族の同意もなく、両手には手袋をハメさせられ、身体はベッドに固定されてしまいました。老人が暴れ出したからと言う理由でした。家族の同意がなければ、本来は拘束はできないはずなのですが。
老人の怒りは頂点に達していました。
身体の固定が外された朝、家族が見舞いに来た時に、
「この病院は駄目だ!出て行きたい・・出してくれ」と、家族に懇願して叫びます。
家族にしてみれば、老人の興奮は異様に思え、何のことだかわかりません。病院側では看護師が対応しているのですが、埒が明かず、医師数人、相談員と複数が集まり問題になりました。
その席で、老人は語りはじめました。
「私は人間だ!ここにいる患者もみんな人間だ!この病院は患者を人間扱いしていない。現代の医療の在り方は狂っている。私は死んでも構わないから、すぐさま病院から出して欲しい、こんな所で死ぬわけにはいかない。この病院には心がない」
最初は何を言っているのか家族にも、誰にもわかりませんでした。
いますぐ病院から出してくれと言い続ける老人でした。
「最後に、最後…どうせ死ぬのなら子どもたちと逢いたかった・・・」
聞き取りにくい言葉でしたが、家族にはこの言葉の意味がわかりました。
病院側は現在の状態で退院させる訳にはいかないという姿勢です。
「あなたたちには心がないのか!老人たちを馬鹿にしているのか?老人にも生きる権利がある。なぜ患者を怒鳴りつけるのか?馬鹿にするのか?私たちは人間だ!話し方も、言い方も幼い子供に言って聞かせるような言葉使い、聞いてもわからないだろうと馬鹿にした態度や扱い、人には思う心があるはずだ!ものを言えない、身体も動かせない弱い患者たちは、皆我慢している。人を傷つけるのが病院なのか・・・・」
「・・・・」
「私はあまりにも苦しくて、死ぬかと思った。だから看護師に家族に来るよう、電話を入れて欲しいと哀願した。しかし、『病院の規則ですからできません』『担当医師の許可がなければできません』の一点張りだった。ならば、公衆電話から電話させてくれと言ったら、『患者が勝手に電話することは許可がないとできません』と言う。私は死ぬかと思ったから、死ぬ前に電話を入れて、家族と話したかった。それなのに、看護師は私の身体を縛った・・・」
このような経過に対して、病院側はただただ平謝りでした。
病院にとって患者は客です。患者が来なければ成り立たない商売なのですから。心を持った「いのち」と向き合うことで成り立つのですから。
確かに夜間の看護師さんは大変だと思うのですが、昼間と違い、様相が分かりにくいのが夜間看護です。何があっても、怒鳴ったり、意地悪したり、人としてあってはならないのです。
医師も、看護師たちも、老人の話に真剣に耳を傾けていました。
医療も教育も、政治も宗教も、人の「いのち」をみつめる世界だからこそ、こうした問題に真摯に向き合わなければならないのです。
この老人は私の父です。
死ぬ前に子どもたちに逢いたかった、という願いでした・・。
「弱き者を馬鹿にし、軽んじてはならない、弱き者の声なき声を聞きなさい」
これは、私の父の遺言です。
Ⓒ編集協力coucou@note作家
あまりにも、酷い事件が続きます。
子ども時代にいじめられ、社会に出ていじめられ、人生の最後のお年寄りたちも虐待や苛めが続きます。
これらの情報はスマホによって証明できたものですが、10数年前は、なんの証明ができませんでした。
スマホは人を傷つける場合もありますが、録音や録画ができる時代になりました。
どちらにしろ、許されるものではありません。
k_maru027さんからの素晴らしい、応援、ありがとうございます~
k_maru027さんからの言葉、
「私も、決して無関心ではいられないnoteでの誹謗中傷。」
ぜひ、読んでください。
※本内容は、悪口、いじめ、誹謗・中傷を中心とした内容ですが、「著作権侵害」「著作者人格権侵害」「肖像権侵害」「プライバシー権」「パブリシティ権」「個人情報保護法」、その他「人格権」「人権」等に最終的にはつながるものばかりです。
特に、ツィッター、フェイスブック等のSNS全般、このnoteなども含まれるものです。断じて、許すことのできない犯罪です。
言葉によるいじめ、暴力など他人を著しく傷つける行為がウイルスのように広がっていく時代になりました。
同時に「なりすまし」「偽物」「フェイク」などの画像やメールなどが出回りまるでカオスの様相を帯びているネット社会。
また、皆様もご存知の通り「偽物メール」なども大量、いや無限に近く飛び回っています。
今や、銀行や郵便局の偽メール、アマゾンやメルカリ、国税庁の偽物請求メール、裁判所からの金品請求の偽メールが出回り、市や都からの偽物メールなど多くの人たちが、混乱しています。
さらに、「本物ぽい偽物」などは何とか見分けがつきますが、「偽物ぽい本物」などはまるで見分けられないという問題が生じています。
一番の被害者は、子どもたちです。それを確認できないお父さんやお母さんたちにも問題があり、子どもたちは何も知らないまま犯罪に手を染めてしまったり、人を傷つけてしまいます。ぜひ、お読みください。
本内容は、全国の都道府県、市町村、学校、NPО団体、中小企業、noteの皆様、クリエイター、個人の方々を対象としているものです。また、全国の職員研修での講演先のみなさまにもおすすめしています。
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