金子ヘッダー

金子由里奈:「物語的な展開がなくても、 物語はそこにある」 23歳の映画監督が語る自分らしさ

本を起点に京都に暮らす人にその人生を語ってもらう「キョウノホン」。
第一回目のゲストは23歳の金子由里奈さんです。

 金子由里奈さんは立命館大学の映画部に所属しており、自主制作を中心に映画を撮っている。2018年8月には映画監督である山戸結希さんが主催するオムニバス映画『21世紀の女の子』の監督公募において約200人の応募者から選出された。

 東京都出身の金子さんは、家族全員が映画や演劇に関わる“映画家庭”で育った。幼少期からテレビ番組や小説が好きだった。実際に小説を書いたこともあった。「子どもの頃から日常の些細なことにときめきを感じていたんです」と彼女は言う。
 中高時代は部活動でバスケットボールに勤しみ、めっきり本を読まなくなってしまったが、映画はたくさん見ていたということだ。
 大学進学を機に「映画を上映する空間をデザインしたい」と思いたった。映像の道に進もうと決めたものの、映画を撮る気はなかったそう。
 結果的に、大学の映画部に入部し、部長に勧められて「軽い気持ちで」映画を制作したことが金子さんの人生を大きく変えることになった。

 世間話をしているときはよく笑い、また、人を笑わせることにも抜かりがない。ゆとりのあるTシャツと花柄のズボンというラフな着こなしもあいまって、誰の話でも軽く受け止めてくれるような印象を受ける。しかし、創作の話になると、手元をじっと見つめる瞳の真剣さが際立つ。体の中にあるものを取りこぼさないよう、注意深く言葉を引き出す姿は、笑顔の彼女からは想像もつかない静謐さをたたえていた。

 23歳の彼女が選んだ「キョウのホン」は、カート・ヴォネガットの遺作となったエッセイ集『国のない男(中公文庫)』。この若き映画監督は、SF小説の巨匠であり、ヒューマニストとしての側面を持つ彼の作品をどのように読んだのだろうか?

目次
・家族が気持ち悪かった彼女は、しかし映像の道を選ぶ
・映画は本当の自分を恥じらいなく出せる
・ささやかなものがもつおかしさ、愛おしさ
・何百年経っても、この本を読んで心解かれる人がいるんだろうな

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家族が気持ち悪かった彼女は、しかし映像の道を選ぶ

幼い頃、夕食の団らんでは、わたしの話なんてだれもおもしろいと思ってくれなかった。子どもの報告する今日の出来事なんて興味がないにきまっている。みんなが好む話題といえば、もっとましなものばかり。
カート・ヴォネガット(金原瑞人 訳)『国のない男』 p14

 物心ついた時から、家族が気持ち悪かったんです。
 父親は映画監督、母親は女優、兄も映画が大好きで自分でも舞台をやっていて、食卓はいつも映画の話で持ちきりでした。“映画の話”と言っても、大抵は裏話。「誰と誰がまた組んだらしいよ」そんな言葉を聞きながら、私はずっとテレビを眺めていました。熱湯に飛び込むダチョウ倶楽部を見て、「こっちの方が本当だな」なんて思っていたんです。
 しかし、大学進学で京都に引っ越して、気がつくと映画を撮っていました。今思うと、家庭の中で知らず知らず受け取ってきたものに対する反応かもしれません。

--東京出身ということですが、なぜ京都の大学を選んだんですか?

 高校の修学旅行で訪れて以来、京都という街のことがずっと引っかかり続けていたからです。
 私、修学旅行の自由行動の時間に友達数人と吉田寮に行ったんですよ。ボロボロの寮舎に変な鳥が歩いていて、それだけでも情報量が多いのに、入り口で立ち尽くしていたら武器を持った人が出てきて、「戦争なんですよね」なんて言ってきたんです(笑)もう笑うことしかできなくて、本当に異世界ぶつけられた、という衝撃がありました。

 今思えば、京都に来てよかった。多分、京都に住まなかったら、私、映画を撮っていないと思います。

映画は本当の自分を恥じらいなく出せる

シャワーを浴びながら歌をうたおう。ラジオに合わせて踊ろう。お話を語ろう。友人に宛てて詩を書こう。どんなに下手でもかまわない。ただ、できる限りよいものをと心がけること。信じられないほどの見返りが期待できる。なにしろ、何かを創造することになるのだから。
カート・ヴォネガット(金原瑞人 訳)『国のない男』 p41

 映画を撮るきっかけは、入部してすぐ、映画部の部長に「すぐ撮れるから、撮ってみたらいいじゃん」って言われたことです。すぐ撮れるならやってみよう、と軽い気持ちで映画を撮りました。
 作った作品は、4月末の上映会に出しました。それで、上映会のアンケートを見たら、全然知らない人が褒めてくれていたんです。周りにも「金子は天才だ」とか言われて、それが嬉しくて。
 とりわけ、「楽しかった」「笑いました」という彼らの言葉を受け、「私が楽しかった時間を作ったんだ、笑うという動きを彼らにもたらしたんだ」と実感した瞬間はたまらなかったですね。

 映画を作りはじめたことで、家族との関係にも変化がうまれました。これまでただの観客だった私は、作り手になることではじめて父や兄と対等になれた。
 今でも、普通の食卓での会話とかうまく話せなくて、家族は本当の私のことを全然知らないと思います。けれど、映画を見てもらうことで、はじめてちゃんとしたコミュニケーションのスタートラインに立てたんです。
 さらに言えば、他の人と話すときも同じで、いつだって私はふざけたり、変なことを言ってみたりして自分を取り繕ってしまうんです。けれど、映画は違う。本当の自分を恥じらいなく出せるのは、映画なんです。

ささやかなものがもつおかしさ、愛おしさ

 今回『国のない男』を選んだ理由は、まず第一に私が純粋にヴォネガットという人のことが好きだからです。彼は人間を諦めていて、でも、人間をすごく愛している人なんだな、と思うんです。
 次に、この本にはもやもやした心をたった一文でサッとほどいてくれる、そういう力があるからです。
 映画を製作する中で、どうしても評価を気にしてしまって、奇をてらってみたり、どう見えるのかってことばかりを考えてしまう時があります。自分が作っているものなのに、本来の自分から遠くかけ離れていってしまう、そんな苦しみに飲み込まれそうになった時、この本をめくると、ああ、小さくていいんだ、些細でいいんだなと安心できます。『国のない男』のおかげで、自分らしい自分をちゃんとつなぎとめることができるんです。

--自分らしい自分とは?

 誰もが気にも留めないような小さなものにときめける自分ですね。
 映画を撮るようになってから、はじめて自分らしさと向き合えたのは、2年前に単身パリにいったときかな。すごく孤独で、でもそこで初めて自分が露わになった感じがしました。
 映画にしても、パリに行く前は、ウケを狙って脚本にギャグの要素を入れてみたり、派手な演出をしてみたりしていて。
 例えば、3年前に作った『おいしいコーヒーの作り方』という作品。

 内容は、女子高生が先生に恋をするという王道のストーリーですが、女子高生が先生と結ばれる、その絶頂の瞬間に先生がコーヒー豆に変態するんです。その演出は、当時の私らしくていいなと思うんですけれども、もし同じ題材で今映画を撮ったら全然違うものになるんじゃないかなって思うんです。
 一方、私が本当に好きなもの、ときめきを感じるものは、空き地のような些細な風景の中にある小さな物語なんです。
 今年の頭に撮ったフィーチャーシリーズ①というドキュメンタリーは、新宿駅のトイレで見つけた花束を夜行バスで京都の家まで運んで飾る、という地味な作品なんですけど、これはかなり私らしいですね。

 新宿駅のトイレで捨てられるはずの花が、私の部屋で咲いている、というところに救いや美しさを感じます。
 そんな私だから、ささやかなものにおかしさや愛しさを見出すヴォネガットにすごく共感できるんです。

進化はとてもクリエイティヴだ。なにしろ、そのおかげでキリンがいるんだから。
カート・ヴォネガット(金原瑞人 訳)『国のない男』 p66-67

何百年経っても、この本を読んで心解かれる人がいるんだろうな

私がさっき、凝り固まった思考をほぐそうとついた溜息を、巡り巡って1000年後のアイルランドの片田舎で誰かが拾うかもしれない。その人がそれを材料に物語を書いたら…。もしかしたら「表現」はそういう風に時代を泳ぐ舟なのかも。紀元前の文章に「これ、私のことを言っている!」のがあるように、未来の物語にも「これ、私のことを言ってる!」のがあるんだろうな。たぶん。
金子由里奈手記 雑誌『装苑 2018年11月号』p39

 最近の日本映画のヒット作の中で、いいと思えない作品がたまにあります。そうした作品が高く評価されていたりすると、私は本当に世界の中心とかけ離れているんだな、と実感します。
 でも、私がこんなにも共感できる『国のない男』が世界中で読まれているんだから、私と同じような人も必ずいると思うんです。私はそうした人を救う作品を作りたいと思っています。
 これまでは自分を救うために作品を作ってきたけど、最近ようやく他者を救うために作品を作りたいと思えるようになってきました。恋がなくてもミステリーがなくても、物語はそこにあるし、日常の些細な出来事だって美しいよねって言い張っていいんです。
 今は、100年後の人はこの本を読んでどう思うんだろうって考えながら『国のない男』を開きます。何百年経っても、この本を読んで心解かれる人がいるんだろうな。

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