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師走の献立|現状に満足せず1年ごとによりおいしく。料理は進化する

乃木坂しんのnoteでは、毎月の献立を、石田伸二料理長が解説してきましたが、今月は趣向を変えて実食レポート形式で献立を紹介してみます。

いつも冷静沈着で落ち着いた師(僧侶)ですら忙しく走り回る。「師走」は文字通り、年末のあわただしさを感じるひと月であります。そんな忙しい日々でも、食事をしながら一年をゆっくりと振り返ることもまた大事ではないでしょうか。

そんな1年を締めくくる食事にぴったりな乃木坂しんの12月の献立を紹介していきます。

乃木坂しん 師走のおまかせコース(22,000円)を紹介します。

唐津焼(佐賀県)の作家・藤ノ木陽太郎さんの蓋物の器。

先附|車海老の百合根まんじゅう

12月も中旬を過ぎると一気に寒くなってきました。冷え切った体をお料理を食べて温まりたい。今月の最初のひと品は、そんな気持ちを十分に満たしてくれます。

唐津焼(佐賀県)の作家・藤ノ木陽太郎さんの蓋物の器をあけると、中には透き通った温かい銀あんがはられ、まん丸で白くかわいらしいお饅頭が浮かんでいます。

ゆでた百合根だけで作ったお饅頭の中には、車海老のそぼろが入っています。蒸したての百合根まんじゅうと温かい餡が、冷えた体をしっかりと温めてくれます。

まるでデザートのようにしっかり甘い百合根は、蒸さずにゆでるのが石田さん流。「百合根のなかでも『月光』という品種を使っています。糖度が22〜24度といわれていて、メロンよりも甘いんです。それをくたくたにゆでることで、ここまでしっかりと甘味がでます」といいます。お饅頭の餡の車海老は油で揚げてからそぼろにしているとうことで、しっかりと油脂分のうま味が利いています。

さらに車海老の頭やこのあと出てくる蟹など甲殻類の出汁と濃口醤油と味醂で味付けされています。この餡がほっこりとした甘味の百合根を引き立てながら、同じく甲殻類の出汁とくず粉、少量の生姜汁のあんをつないでくれています。

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前菜|香箱蟹の押し寿司と甲羅盛り

霜月の献立にもあった香箱蟹こうばこがに(ズワイガニの雌)を2種類の仕立てにしていたお料理は、押し寿司の仕立てが少し変わっています。

プチプチとした食感がおいしい外子そとこ(卵)と香箱蟹の足を使った押し寿司は、先月は、赤酢を利かせたシャリでしたが、今回は柚子果汁で酸味がつけてあります。そして最後に柚子の皮を削りかけてもいるので、口に入れた瞬間ふわっと柚子の香りが鼻腔を駆け抜けて、より冬らしさを感じるひと品になっています。

甲羅には、ほぐし身とうま味が強い内子うちこ(未成熟卵)を合わせて盛り込んでから、温かいまま出てくるので、こちらもゆっくりお酒(ワイン)とともにお召し上がりください。

香箱蟹の外子を一つひとつ丁寧に外していきます。

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椀物|金目鯛酒蒸し
金時人参、聖護院蕪、若布、芽蕪、黄柚子

毎月楽しみなお椀、12月は金目鯛の酒蒸しです。鰹節と昆布の一番出汁に、金時人参や聖護院蕪しょうごいんかぶら、小さな芽蕪めかぶとともにいただきます。

お椀の蓋を開けると、香箱蟹の押し寿司にもあった柚子の香りが立ち上がります。食感と風味がおもしろいのが若布です。試作中に支配人の飛田泰秀さんのアイディアで加わったひとつの素材が、お椀の構成に奥行きを与えています。

魚の酒蒸しは、お酒に浸して蒸す方法もありますが、石田さんの酒蒸しは、お酒をかるく振りかけてから蒸しているそうです。あくまで蒸気で蒸すことでふっくらと仕上がるのです。

椀種は食材に合わせてて、別々に調理。金時人参と聖護院蕪は出汁で炊き、芽蕪は湯がいてから盛り込みます。

脂がしっかりのった金目鯛は、一番出汁にまったり脂の甘味が染み出て舌にほどよくまとわりついて離れない。そんな冬らしいしっかりとした仕立てになっています。

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造り|鰤の漬け 海老芋 山うに

まるでぶりのお寿司のようなひと品。シャリはお米ではなく、なんと海老芋。それを握り寿司のように仕立てる乃木坂しんでは珍しい(石田さんいわく初めて)料理です。石田さんが1カンずつ握ったものを、お醤油などはつけずに、江戸前寿司のようにいただきます。

アツアツの海老芋と冷えた鰤。2つの食材の温度の差が口のなかで少しずつ均一になっていくとともに、鰤の香りと温かくなることで生まれる食感の変化がはっきりと感じられるような楽しい料理です。

鰤は切り出して包丁目を入れてから、15分ほどさっと漬けにしてあります。シャリ変わりの海老芋は、二番出汁で炊く際に酢をしっかり加えて酸味を利かせ、寿司のように握ったうえに薬味として福井県に伝わる辛味調味料「山うに」が添えてあります。

炊いているときに嗅いだらゴホゴホとむせてしまうくらい酢を入れるんですよ」と石田さん。

じつはこの料理、昨年の12月にもあったもので、今年は仕立てを変えたそうです。

2020年12月の献立で出された「鰤の漬け 海老芋」。

軽く漬けにした鰤と酢で炊いた海老芋、山うにを寿司のように仕立てているのは変わっていませんが、酢を加えて炊いた海老芋をダイス状にカットしてから握り寿司のように海老芋と鰤をぎゅっと握っているため「より一体感が生まれて、ひと口めからしっかりおいしい仕立てになったと思います」と石田さんはいいます。

鰤は、握る前に15分ほど漬けにする。
寿司のように鰤と海老芋を握る。

2019年に現代作家の鴻来有希さんとコラボレーションした食事会で《心地よいズレ⦆で考案した石田さんのオリジナル料理で、漬けにした鰤と出汁で炊いた海老芋という珍しくはない調理ながら、食べる人が予想する以上に強い酸味の海老芋をシャリに見立てて、握り寿司のようにして食べる。

この酸味が味の想像を裏切るので食べたときは驚いて戸惑うのですが、味の構成自体は整っているので心地よい。まさに《心地よいズレ⦆という感覚が料理として表現されています。

自分自身でイチから考えた、ある意味で創作料理なのですが、お客様からの評判も良くて、自信にもなった思い出深い料理なんです

香箱蟹やこの後出てくる焼き松葉蟹や青首鴨の炭火焼、九絵くえ鍋など冬を代表するお料理に隠れていますが、師走の献立の"隠れたハイライト"と呼びたい料理です。

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焼物|焼き松葉蟹
蟹味噌添え 牛蒡の白扇揚げ

焼物は、霜月に続いて焼き松葉蟹です。香箱蟹とともに、乃木坂しんでは11月と12月しか食べられない冬の食材の王様です。

しんさんの蟹は、しっとりしておいしいとよく言っていただきます」というように、蟹のうま味がしっかりのこった蟹は足や胴の片面だけ殻を剥いて、殻を下にして炭火で焼いています。殻が焼けた香りも香ばしいですし、身から出たうま味を逃がさずに溜めておく鍋の役目もしています。

胴は、ほぐし身にして足に添えてお出しします。先月にはなかった蟹味噌(醤油と酒で風味付け)も加わって、より松葉蟹の楽しみ方が増えました。

そして牛蒡ごぼう白扇はくせん揚げは、石田さんの義理の母のレシピを参考にしているとのこと。

牛蒡を揚げるなら、ささがきにすることが多いと思うんですね。それが義母が揚げてくれた牛蒡の天ぷらは、献立にあるように四つ切りにした天ぷらだったんです。ひと口食べたらものすごくおおいしくて。作り方を聞いたら、出汁で炊いてから揚げているというので、さっそく参考にさせてもらいました

うま味がのった牛蒡の白扇揚げ、お楽しみください。

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落ち葉をわけていくと、さまざまな料理があらわれます。

八寸|もみ河豚、赤カブ甘酢漬け
あん肝下仁田葱 酢味噌ゼリー
柿の白和へ、焼き白子の茶わんむし、

前菜盛り合わせのように少量のお料理を集めて、献立の最初に出てくる「前八寸」もありますが、乃木坂しんでは、献立の中盤に出る「中八寸」で用意しています。

八寸は、お店の味を楽しんでもらうものだと思っています。ですので、ゆっくりとお酒を飲みながら召し上がっていただきたい。ですがどうしても、初めていらっしゃるお客様などは、『どんなお店なのかな?』と序盤は緊張されていらっしゃると思うんです。そうんなときに『ゆっくりしてください』といっても難しいと思うんです。それだったら、お食事も進んで気持ちが落ち着いてきたころに、八寸をお出しして楽しんでもらいたい。そんな気持ちもあって、中八寸にするようにしています

「もみ河豚 酢橘」「赤カブ甘酢漬け」

ふぐのお刺身は薄造りにしてぽん酢で食べることが多いですが、「それもおいしいのですが、ふぐのおいしさをもっと味わってもらう仕立てをしたい」と石田さん。あえて厚めにフグを切って塩もみし、シンプルに酢橘を絞って食べます。厚めのフグを繰り返しかみしめることで溢れるうま味を感じてほしいといいます。

「焼き白子の茶わんむし」
「あん肝下仁田葱 酢味噌ゼリー」
「柿の白和へ」

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強肴|青首鴨炭火焼
半田そうめん 鴨肉味噌山椒

新潟県・燕三条から届いた青首鴨の炭火焼を、なんと徳島県の名産・半田そうめんとあわせたひと品がお肉料理として出てきます。石田さんのイメージは「ジャージャー麺」だそう。確かに、ピリリと山椒の利いた鴨肉で作った肉味噌としっかりした半田そうめんは、中国料理のニュアンスがあります。

青首鴨とは首のまわりの毛が文字通り青い野生の真鴨で、フランスではコルベールと呼ばれる冬のジビエ料理を代表する食材です。できるだけストレスのないように獲りたいと、燕三条の猟師さんが銃や縄ではなく、網で獲っている鴨ということで、とても状態がよいのが特徴です。

脂が被った皮目をしっかりと炭火焼きにし、身のほうは本当にササっと火を通す。石田さんが鰹や鯛を料理するときに使う"たたき"のような調理方法です。

しっかり焼かれた脂の香ばしい香り、かみしめるほどにあふれ出る鴨らしいうま味。この料理には、赤ワインがほんとうによく合います。

乃木坂しんでは、料理に合わせたワインや日本酒のアルコールペアリングがあり、この日、青首鴨炭火焼に合わせたのはフランス南部・南ローヌにある小さな産地ヴァケラス村の「DOMAINE LE SANG DES CAILLOUX / VACQUEYRAS CUVÉE LOPY(ドメーヌ・ル・サン・デ・カイユ/ヴァケラス・キュヴェ・ロピ)2005」です。

炭火焼の鴨の下には、鴨のモモ、手羽、ハツ、ズリ、肝を混ぜてミンチにしてから赤味噌を加えて炒め、実山椒を利かせた鴨肉味噌が隠れています。半田そうめんと混ぜて食べてみてください。

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鍋物|九絵鍋

食事前の最後のひと品は、九絵くえ鍋です。セリと白菜、飛龍頭ひりゅうず(がんもどき)と、最後に酢橘の皮を削ってあります。

九絵の骨でとった出汁と二番出汁を合わせて鍋のベースを作ったら、九絵の切り身、下茹でした白菜、飛龍頭を加え、出来上がる直前にセリを加えてます。庶民的なイメージがある鍋ですが、1品1品おいしく炊きあがるように手間をかけていきます。

脂もしっかりのっていて、お椀で食べた金目鯛と同じように冬の魚のおいしさを味わえるひと品といえます。

一方で、この日の九絵は「冷蔵庫に入らないくらい大きかった」と石田さんがいうように10㎏を超えた大きな九絵でした。そのため火を入れると金目鯛のホロホロとほどけるような身質とは違った、ブリブリとした筋肉質で大きな魚らしい食感を楽しむことができます。

そういった身質の違いを感じながら召し上がってみてください。

お客様の前でお鍋の仕上げをして盛り付けるのは、今年2月の献立にあった河豚のしゃぶしゃぶから「お客様に楽しんでいただきたい」と始めたことです。1年間さまざまな取り組みをしてきた乃木坂しんの1年を思い返すこともできますね。

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土鍋で炊いたご飯に蒸した鰆を混ぜ合わせる。

食事|蒸し鰆ごはん イクラ

ふっくらと蒸しあげさわらに酢醤油をかけて、土鍋で炊いた白ご飯に混ぜ合わせ、三つ葉をしっかりと加えた混ぜご飯が今月の食事です。

"味変"的に自家製のイクラの醤油漬けを好みでかけます。乃木坂しんのイクラの醤油漬けは、醤油よりもお出汁の方が多いので、醤油の風味はありながらも塩辛さはすくなくうま味がしっかりしているのが特徴です。

ですので、イクラをかけても鰆の風味を損なわない、むしろおいしさを底上げするような役目をはたしますので、どうぞたっぷりとかけてお召し上がりください!

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菓子|紅まどんなゼリー
りんごどら焼き 黒みつアイス

最後の菓子(デザート)もしっかりと食べてほしい」という石田さんの想いをそのままに、日本料理店では珍しく菓子が3点盛り合わせになって出てきます。

フランス料理などのコースで出る口直しのグラッセやジュレにあたるのが「黒みつアイス」に「紅まどんなゼリー」です。黒みつアイスは、甘さはおさえめで黒みつの香りを楽しむような風味になっています。愛媛県のブランド柑橘紅まどんなをシンプルにゼリーにして楽しみます。

デザートのメインは、「りんごどら焼き」です。あんこにグラニースミスという製菓でよく使われる品種のリンゴを使った自家製のリンゴジャムを合わせたリンゴあんのどら焼きのなかに、リンゴのスライス(こちらの品種はサンフジ)が入っています。

あくまでリンゴのどら焼きなので、あんこの量を抑えてリンゴのシャキッとした食感とみずみずしさが伝わるようにバランスを考えました」と石田さん。その狙い通り、あんこだけが中に入ったどら焼きとはまったく違った最初のひと口に驚かされます。「りんごどら焼き」の名がぴったりのお菓子です。

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いつもと趣向を変えてお届けした師走の献立紹介、いかがでしたでしょうか? 今月もこの時期にしかお出しできない食材をふんだんに使った献立をご用意して皆様のお越しをお待ちしております。

なお師走の献立は、新年10日前後まで提供予定です。ご予約お待ちしております。

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乃木坂しん
東京都港区赤坂8-11-19 エクレール乃木坂1F
☎03-6721-0086
【2021年11月1日よりコース料理の金額が変更になりました】
ランチ(水〜土) 12:00〜15:00(13:00LO、*前日までの予約制)
  おまかせ 10,000円、18,000円、22,000円
ディナー(月〜土) 17:30〜23:00(21:30LO)
     おまかせ 18,000円、22,000円、30,000円
※消費税、サービス料10%別
※緊急事態宣言中などは、夜の営業時間を変更して営業しておりますので、店舗までお問い合わせください。

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構成・文・撮影=江六前一郎

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