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«1995» (4)

上智大学の受験は、フランス語とドイツ語の試験だけ初日にあった。寒いけれど、雲のない快晴の青空だったのを覚えている。

僕は外国語学部フランス語学科と、法学部法律学科、法学部国際関係法学科の3学科に出願していた。
そういえば、今となっては記憶が曖昧なのだが、英語選択の人は学科ごとに英語の試験があったのだろうか。そうなのだとしたら、フランス語受験はいささかいびつ、即ち、旨くヤマが当たれば出願したすべての学科で好成績となるし、外せばすべての学科の合格の可能性が一気に下がってしまう。

今日、上智大学はフランス語、ドイツ語での受験を認めなくなったと仄聞するが、受験者の減少だけではなしに、こうした不公平感を払拭する必要があったのかもしれない。

上智大学のフランス語の試験は、1か所必ずひっかけのような、通常使う意味と違う単語の用法が出てくると聞いたことがあって、過去問にはカンパーニュ(田舎)を、英語読みした時と同じキャンペーンの意味で使う問題があった。そして僕が臨んだ時には、パンダン(「~の間に」という前置詞)が、名詞形になるとこれまた英語読みと同じペンダントの意味になるという問題だったことを覚えている。

フランス語の試験は何とかやり切ったのだが、難関は日本史だった。鎌倉時代のマイナーな出来事を年代順に並べ替えろという問題が出てきてこれには参った。上智はフランス語を除けばマークシートなので、目をつむる思いでこれぞと思う選択肢に黒丸を打ったものだった。

翌日、法律学科では思わぬ幸運があった。代々木の予備校で習った古文の問題が、寸分違わず出題されたのだ。マークシートだから、あらすじを押さえていれば答えは問題用紙に書いてある。あ、もしかするとフランス語学科は駄目でも法律学科は通るかもしれないな、と少しだけ気持ちが軽くなった。

その翌日が国際関係法学科の試験で、その日の夕方に外国語学部の一次合格発表があった。

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