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僕らは目を奪われている
こんにちは!
シンガーソングライターの廣野ノブユキです!
今日は日々の生活について考えていきたいと思います。
どこに、どうやって幸せを感じるか
現在あらゆるサービスが「○○放題」「月額○○円」といった、いわゆる「サブスクリプション型」のコンテンツが世に溢れています。皆さんも一つや二つ加入されているのではないかと思います。僕もいっぱい加入しています((
世の中にコンテンツが増えたとしても、それを受け取る僕らの五感は増えていないんですよね。僕らが幸せに感じられる総量に限りがあるのだとすると、僕らはインプット量をコントロールできているのかなぁ、なんてことも思うのです。
自分自身がどういう部分に、どんな感情をきっかけに感動や喜びを感じて幸せを味わう人間なのか、今一度考えたい今日この頃です。
時代のカモにならぬよう
僕はドキュメンタリー作品を観ることが好きなのですが、SNSというものに警鐘を鳴らすものも少なくありません。人間の「欲求」に対してイタズラに快楽を起こさせて依存性を高めたり、抜けられない状況を作り出しているぞ!というような内容(雑な要約)で、観ているとビジネスの面白さを感じるとともに、恐くもなります。
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Netflix加入者の方は是非。
僕らの五感が、企業のターゲットになっていてそこに投資をして(されて)世界にお金がまわっている。「基本無料!(広告あり)」みたいなものとか、多いですもんね。無料で利用できる=その場自体が広告のプラットフォーム、みたいに考えるとわかりやすいですね。
目を奪われ" すぎ "ている
一目惚れ、的な意味ではないんです。
Youtube,Netflix,PrimeVideo,Hulu,漫画月額読み放題サービスなんかも含めると本当にたくさんのビジネスが動いています。でも僕らに与えられた時間は24時間で変わっていなくて、情報を受け取る器官も増えてはいない。
その中で僕らの目は奪われすぎているなぁと思うわけです。
本来の意味の通り「目を奪われる」機会も、以前より圧倒的に増えて身近になったことは憂うものではありません。それこそ僕が最初に「鬼滅の刃」という作品に出会ったのはPrimeVideo、Netflixでは「進撃の巨人」「東京喰種」「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」「魔王城でおやすみ」など(最後めっちゃゆるふわ)、感性に響くほどの衝撃をくれた作品にそこで出会いました。
以前だとTSUTAYAに借りに行ったら行ったで返すのが面倒だなぁとか。友人に漫画を借りたら「なるべく早く返したい」だとか。
そういう感覚ってセットだった気がするんですが、今や無縁。好きな時に好きな場所で、好きなだけ観れます。改めて、これってすごいことですよね。
自分なりの最大幸福値を探したい
「損益分岐点」的な考え方で「自分が一番ストレスなく、その上で一番幸せだと感じられる状況」をイメージしておきたい、なんて思います。
現代は完全に「供給過多」。
考えなしに様々なコンテンツに手を出すと、インプット量が増えすぎて、一体何に幸せを感じていて何に不満を覚えていたのかすら自分の感覚は覚えていられなくなる気もしています。
iPhoneなんかには「スクリーンタイム」というものが実装されて久しいですが、その機能の中に「時間で制限をかける」というブレーキ機能もあったりします。つまり、便利すぎるが故にそれはほとんど依存状態と同じだよね、ブレーキもつけとくね、といったところでしょうか。なんとも皮肉なものです。
離れてみると、見えてくるものもある
最近自分のカラダで試してみています。意識的に「供給されてくるものから離れてみる」。そうすると少しずつ見えてくるものがありました。それはとてもアナログな感情・感覚でした。
音の話をさせてください。
音を作る音楽家としては、しばしばお世話になる「AD/DAコンバーター」。なんのこっちゃわからんという方がほとんどかと思うのですが実は簡単で「A(オーディオ)D(デジタル)コンバーター」の略なんです。
例えばマイク。我々人間の声(オーディオデータ・アナログデータ)はマイクという機械に向けて発するとどうやら電気信号(デジタルデータ)に変わるらしいです。古くは蓄音器、そこからボイスレコーダー。デジタルデータに変換されてるんですね。この時に一役買ってくれているのが、この「AD/DAコンバーター」です。
僕らが普段イヤホンで聴いているもの、テレビから聴こえてくるものなんかは全て「変換された音」です。一度電気になっているんですね。
僕は五感の中で「聴覚」へ意識を向けることが多い生活を送っているので、離れてみたことで、この聴覚(=耳)が体感でとてもラクになりました。「あぁ疲れていたんだなぁ」と初めて気付いたわけです。同時に、生活の中で交わされる会話(ご近所さんとのやり取りとかレジの店員さんとのちょっとしたやり取りとか)に耳が満たされる感覚もあって、本来の耳の使い方に帰着できたような。そんなアナログな感覚。
今は「目」についても少しずつ試してみています。いくつかのサブスクリプションサービスも解約してみました。おそらく無くても困りません(エンタメサービスで無くて困るものはSpotifyのみ説)。
どうやって自分の幸せをデザインしていくか
2022年も、もう四分の一が満ちました。
時の流れの早さに毎年同じテンションで驚いております(まじ早い!!)。
僕は普段音声配信サービスを通して弾き語りのライブ配信をしたり、音楽にまつわるTips、生活で気付いたことをゆるゆる収録して配信しています。皆さんの耳をお借りして、本当に楽しい時間を過ごさせて頂いています。
その中で最近こんなことも実験しています。それは「トーク収録配信の際にBGMを入れない」ということです。たしかにBGMがあった方が隙間が埋まって良いのですが、この「隙間」を心地良く感じる僕もいたりして、ひっそり試してみていたりします。
なんでもかんでも「やれる・できること」を詰め込むのではなく「ない部分・足りない部分」を愛でたり、自分以外の誰かと一緒に味わったりする幸せもあるのかな、なんて考えています。
一度今ある状況を整理して、本来自分自身が感じ取れる幸福の最大値を「どういう形で現実化させるか・デザインするか」考える時間をとってもいいかもしれませんね。最後までお読みくださりありがとうございました。
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シンガーソングライターとして活動しつつ、オンラインでギターやDTM、ボーカルレッスンをしています。YouTubeで観れる無料のコンテンツは下のリンクからどうぞ。
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