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【美大進学】社会人学生として 「コミュニケーション」を考えてみることにした話/キャリア備忘録

あまりに変化が多く激しく、近況をきちんと周りに伝えきることが難しくなってきたので、noteでまとめてみようと思いました。まず、この春始めることについての最初のエピソード。(きっと長くなるヨ。。)

美大に入学します

2023年4月に、京都芸術大学通信教育部芸術学部デザイン科グラフィックデザインコースへ3年次編入をすることにしました。
「あ〜、なるほど」だったり、「え、そうなの?」だったり。周りのリアクションは様々だなあと思いましたが、ここに至るまでの経緯を書いてみます。
※なお、先に書いておくと拠点を京都に移すよという話ではないです!

「なりたい職業」が説明できない

高校生・大学生と、漠然と「こういう仕事がしたいなあ」と思っていたものがありました。でも、それを包括して説明するのがなかなか難しい。
実際にはいくつかあるのですが、今回そのなかから3つほどピックアップしてみます。

高校生、広告の世界に憧れを持つきっかけとなったPILOTの新聞広告

https://www.pilot.co.jp/ad/corporate/paper19.html

「さあ、自由だ」という一言がノートとペンの機能を表現することに、「すご…」と感動したことを覚えています。
ただ説明するだけでない、情緒にも訴えかけること。表現の力ひとつで、感じ方って大きく変わるんだなあと思いました。
これだけだと「新聞広告を作る人になろう!」などと思うのが自然なのでしょうが、インターネット元年生まれな私は、既に日常的にTVやWEBが十分すぎるくらい日常。包括してこのコミュニケーションを考えるとなんなのだろうと、この辺りから「ブランディング」という概念に興味を持つようになりました。

そして時を同じくして、雑誌「宣伝会議」に出会ったことで、「多分こっち!」と進路の方向性をざっくり広告業界と定め、大学では広告研究会の活動に精を出すようになっていきます。

大学時代 空前の大ヒットとなった映画『君の名は。』のプロモーション

宣伝戦略を担当された弭間友子さんのインタビューでもありましたが、とにかく、ひとつの媒体に依存しない相互連関したコミュニケーション設計がすごいなあと、感動した覚えがあります。著名人からのリコメンド、聖地巡礼によるオフライン連動のコミュニケーション、プロダクトプレイスメントを用いることで「企業」すらもコンテンツや媒体に変換する…etc
映画館に人が行かないと言われていた時代に、限りある予算でこれだけの人々を動かした、という事実が「恐ろしいこと」だと感じました。(もちろん、作品自体の良さなどは前提かと思います。)
「広告をつくってブランディングをしたい!」から「複数の要因を連動させて人を動かす方法を考えたい!」に移行したのは、この辺りです。

その後の就職活動では、OB訪問で先輩方に「総合代理店のストラテジックプランナーかねえ…」と言われながらも、なんとなく腹落ちしない感覚を覚え(
今思えばめちゃくちゃ失礼。。)、なんやかんやを経て、学生時代の映画イベント運営の実体験やジャーナリズムを専攻していたことを踏まえて「PRの代理店にいってプランナーをやる」と進路を決めました。

社会人直前に盛り上がりを見せたパンテーン「#この髪どうしてダメですか」

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000042936.html

私が社会人になる頃、急激に増加した(ように思われる)のはハッシュタグを用いたソーシャルキャンペーン。私自身もクライアントワークでやったことがあるし、今もなお使われている手法だとは思いますが、単一あるいは複数のFACTベースで根拠を作り込み、「言いたいこと(主張)」を発信することで、FACTをオーガニックメディアが取り上げ、ソーシャルでのインパクト(波及)を獲得している、という点を当時は斬新に感じたことを覚えています。個人的には近年で言うところの「パーセプションフロー」の概念も、この辺りが名付けられるきっかけとなったのではないかと勝手に思い当たっていました。

社会人になってから、カンヌライオンズなどの海外アワードを見ていくと構成が似ているケースも多く、且つその多くをPRエージェンシーが担っていることから「広告代理店でなくてPR代理店が担える可能性が高い領域だ」と当時は感じていました。

ここまで書いて…変わりすぎじゃない?コミュニケーションを仕事にする世界

高校生から就職までおよそ5年。この期間、様相も大きく変わったのに、個人的には更にこんな出会いがありました。

社会人になって出会った2つの概念

社会人としてPR代理店で「認知獲得」を目指して日々仕事をする合間に、新たに「インナーブランディング(インナーコミュニケーション)」「コミュニティ」2つの概念に出会いました。

佐藤可士和さんが手がけた 「三井物産 Advertising Project」にみるインナーブランディング(インナーコミュニケーション)の価値

https://www.mitsui.com/jp/ja/innovation/brand/advertising/project/index.html

時系列では2014年〜2017年のプロジェクトなので、ただ単に私が知らなかっただけなのですが…新国立美術館で開催された佐藤可士和展で見て、うわぁとなりました。うわぁ。
企業ブランディングでありながら、インナーブランディングでもある。これまで外に向いていたベクトルは内にも向く可能性があり、そして何かを発信していくにはその主体の内部におけるコミュニケーションの構築が重要であるということが明示された例だと思います。
これ、「思考プロセスのデザインをやりました」ってさらっと書いているけれど、こうなるとアウトプットが言語でもビジュアルでもない何か(雑)になるので、そういう意味でも難易度が高い。
そして、ここまでくると、これまで見てきたシンプルな「できた商品のプロモーションをすること」からは随分と遠くまで来てしまう。けれど、それはマーケットインでもプロダクトインでもエンタープライズインでも必要な発想であると強く感じました。

コミュニティマネージャーの学校BUFFと体系化された「コミュニティ」

「コミュニティマネージャー」というものが言語化されて職種として成立していることを知ったのはちょうど3年ほど前。『BUFF(バフ)』に出会ってからの気づきでした。
その後、私は『BUFF』のPR立ち上げを担当することになるのですが(※2023年現在はコアメンバーから外れています)、「コミュニティ」という”今までなんとなくわかってい(るつもりになってい)たけれど、きちんと目を向けられてこなかった見えざる空気感たち”を言語化・体系化していくことで意識的に仲間を集めるという話は広義のコミュニケーションワークにおける大きな動きだなと感じています。

最近では、Figmaが地域ごとのコミュニティ構築をSNSで呼びかけるなど、企業やブランドにおけるコミュニティ構築もとても活発で、どれだけ強いコミュニティを持てるかがある種試される時代が来ているのでは…と感じるまでになったと思っています。

いろいろ考えたけどやっぱり説明できない

そんなこんなで、コミュニケーションの仕事はどんどん変化・膨張していき、当初はPRだ!と思っていた私も「どんな仕事をやりたいんだっけ」が徐々に単一で言語化できなくなっていきました。

情報という時に「見えないもの」が相互に役割を果たして、そうして個人が直接お金を払うことに頼らず、エンタメや気づきに溢れたおもしろい社会がつくられていく、というプロセスが好きで、これをつくっていくところにずっといれたらいいなあ、という感覚です。

どんどん変わっていく社会において、一気通貫で「xxxxの仕事に就きたい!」「xxxxとしてプロを目指したい!」と言い続ける方が難しいのではないかと思うときがあります。
でも、少なくとも私が扱うのは情報という無形(な場合も多い)商材で、だからこそ職種名が重要になのではという考えもあり、そこもずっと自分の中で行ったり来たり。
ただ、シンプルに「コミュニケーションの仕事をしていたい」という気持ちはあるなと、感じています。

だから、次やってみることを「美大進学」に決めた

「広報PR」を日本で本業としてやっていると、強くなるのは「言語」の部分です。そして転職サイトに登録をすると、職種で行くとPMもディレクションも、業種で行くとアドや制作の領域もやっていたにも関わらず、単一で「広報」の仕事で連絡をいただきます。それはそれでありがたいのですが、それゆえ「言語」以外の部分を担う機会はなくなる一方だなと感じました。

私は、状況を変えたいときに必要なものが必ずしも言語かと言われると、そうでもないように感じています。(私の学士卒論は「営利・非営利団体のビジュアルコミュニケーション利用について」だったということも、これを書いてて思い出した。)
コミュニケーション≒広義のPublic Relationsでもっと役に立ちたい。だから今できる具体的なこととして、視覚コミュニケーションを美大に行って学んでみようと思いました。

ちなみに、個人的な動機としては「デザイナーになりたい!」ではなく、「なんでこういうアウトプットになるのか」「これの背景にはどんな概念や社会事象があるのか」「どうしたらクリエイターの方々とより強い協働ができるのか」が関心ごとだったので、今回は専門学校というのは選択肢から外し、あえて美術大学への進学を決めました。

進学が決まった後ではありますが、この1ヶ月、多分今までで一番と言えそうなくらい、多くの人と対話をしました。(この話もまたどこかで書きたいです。)
その対話を通して、コミュニケーションを仕事にすると、「正解がない仕事」だからこそ、「もっと役に立ちたい」という意欲があっても「次」が見つからないというようなこともあるのかもしれないと、ふんわり思っています。
じゃあ、とりあえず明確に自分が集中してやったことがないことを確実にやれる場所に行ってみるのは良い判断だったのではないかと、単純に楽しみな気持ちが大きいです。

・・・などと、真面目に書き連ねてみましたが、実は中学生の頃、美術の成績がめちゃくちゃ良かったのです。そんなこともあって、もう一回深めてみるのもいいかもなんて思ったというのもあります。昔やりたかったことをもっと自由にやれるのは大人の特権だなと。

以上、今後も重ねていきたい「広告PR業界・コミュニケーションの仕事をするキャリア」に向けた備忘録でした。

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