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前田 彩花/Strawberry House 彩

法人名/農園名:Strawberry House 彩
農園所在地:鹿児島県鹿屋(かのや)市
就農年数:8年
生産品目:完熟イチゴ「さがほのか」「恋みのり」
SNS:https://www.facebook.com/strawberryhouse.aya/

no.202

農業は自由が魅力。自分の意志ですべて選択でき、責任が伴うもの

■プロフィール

1993年 鹿児島県鹿屋市生まれ。
小学校2年生の時に両親がイチゴ農家を始める。
鹿児島県立鹿屋農業高校卒業後、拓殖大学北海道短期大学へ。
卒業後、国際農業者交流協会(JAEC)からの派遣により、1年間オランダで農業研修を受ける。
帰国後の2015年、両親が営む「ストロベリーハウス彩」で本格的に栽培に着手。ロゴマークの作成、ビニールハウスの縮小など新しい試みを行う。
2021年、両親より事業を継承し、現在は両親と三人で農園を運営。

■農業を職業にした理由

~いちごを残したい〜
 小学2年生の頃に、サラリーマンだった父が農業に転向。「農業には定年がない、そして時間の拘束がない」というのが主な理由だった。もともと土地は持っていたがハウスなどの施設はなく、離農する農家から要らなくなったハウスを安く譲り受け、イチゴ農家としてスタート。農業技術については、近所のイチゴ農家に教えてもらったり、苗を分けてもらったりして協力を仰ぎながら実践を重ねた。

 両親二人が農園を経営する姿を見て育ち、子供の頃から箱詰め作業などを手伝ううちに、家に併設した作業場に訪れたお客さんから、「ここのイチゴは美味しい」と褒められると、とても誇らしい気持ちになった。

 高校進学を考える際、「美味しい」と言われる両親のイチゴを守りたい、自分にしか歩むことができない人生にしたいという思いが重なって、鹿児島県立鹿屋農業高校に進学。ただ、両親は娘の就農には積極的に賛成せず、どちらかというと農業高校の教師になる道を望んでいた。

〜世界一のイチゴ農家への第一歩〜
 高校卒業後は、農業コースがある拓殖大学北海道短期大学へ。故郷を離れたのは、幼い頃からの目標である「世界一のイチゴ農家」に近づくため、鹿児島を離れて、広い視野を持とうと思ったからだ。

 大学では農業の勉強もしたが、いろいろな地域から来た友人と交流を深め、ひとり暮らしを経験して、世界観が広がったことが何よりも大きな経験になった。

 卒業後は、国際農業者交流協会のプログラムで施設園芸の先進国オランダへ農業研修に。オランダでは、家族経営と法人組織という異なるタイプの農場で働きながら、1年間にわたる滞在で、農業に対する考え方や働き方、販売方法などを学んだ。研修先にイチゴを生産している農家はいなかったため、自分でイチゴ農家を探して見学させてもらうなどの行動力を発揮。

〜両親と共に、さらに先のイチゴ農家を目指す〜
 帰国後は実家に戻り、両親と一緒に栽培を手がけるように……。最初に着手したのは5棟あったビニールハウスを3棟に減少。その分、栽培管理を徹底することで1個あたりの品質を上げたことで販売単価と収穫量が向上し、最終的な収益増につながった。

 さらに生産面積が減ったことで作業工数も5分の3程度に減り、経費も軽減。管理方法は、オランダで学んだ水と太陽光と二酸化炭素を活用して、光合成を促進させるという基本を守り、2022年からは日射量に応じて水をあげるタイミングを決定する自動灌水装置を導入している。

■農業の魅力とは

 絵を描くことが好きだったので、就農した2015年には他の農家と差別化するために「ストロベリーハウス彩」のロゴを自らデザインしました。ウチの一番のこだわりは、両親の時代から続けているイチゴの糖度がピークに達するまで畑で完熟させる“完熟イチゴ”です。
 
 子供の頃から「世界一のイチゴ農家になりたい」と漠然と夢見てきましたが、具体的に何をしたらいいのかは見つかりませんでした。そこで就農2年目から、若手農業者が集まる「4Hクラブ」に参加するようになりました。
 
 仲間の農業者のなかには、「この資材を導入したら、作物の生育が変わった!」とか、「日本の農業の未来」や「食料問題」について真剣に考えている人、新しいことにチャレンジするのが好きな人もいれば、お客さまとのコミュニケーションや、販売戦略を練るのが好きな人、ひたすら栽培技術を追求する人などさまざまな人がいます。そういった人たちから刺激を受けて、私の視野も広がりました。
 
 農業の魅力は"自由なこと"。自分に合った規模で、自分が一番良いと思う栽培方法や販売方法で、自分が大事にしたいと思うお客さまに、「美味しい」と思ってもらえるイチゴを届け、その結果としてお客さまに喜んでいただける。すべてを自分の意志で選択できるということは、自由であると同時に、自分の選択一つ一つにそれだけの責任が伴います。

 簡単ではありませんが、少しずつでいいから自分に負荷をかけることができれば、その分、達成感が得られます。その加減を自分の好きなようにコントロールできるのが農業なのです。

 だから、今の自分には達成できないほどの理想を描いて、それを実現できるよう励み続けるなかで、苦しみと楽しみを面白がりながら農業ができればいいと思います。農業は、そういう働き方ができる仕事です。

■今後の展望

 2021年に事業を引き継ぎ、今は家族で経営していますが、両親も年齢を重ねてきているので先のことは考えなければなりません。2022年に父が腰を傷め、現在はサポート役に回ってもらっているので、実質は母と2人で作業しています。
 
 2023年からは定植の時などに、福祉施設から手伝いに来てもらうなど、農福連携も取り入れましたが、それだけだと、今後私か母のいずれかが体調を崩したら立ち行かなくなりますので、そろそろ従業員を雇用したり、ゆくゆくは法人化も視野に入れています。
 
 ただ、法人化すると年間を通じての雇用となるので、農閑期が課題です。とはいえ私自身は、1年を通じて仕事を創出しなければならないとも思っていません。繁忙期と農閑期があることは農業のいい面だと思います。
 
 だから、イチゴの場合、農閑期にあたる夏はそれほど仕事しなくても賃金を払えるような、そういう仕組みを作れないものか、と考えてます。
 
 正直言うと、私自身はあまり農業に向いていないのではないか、と考えていました。それでも農業を志したのは"美味しい"と言ってもらえるイチゴを残したいという思いが強かったから…。そのために頑張ってきたし、就農から8年経った今、知識も経験も増えて、ようやく楽しめるようになってきました。だからこそ、これからも自分らしい農業をしたいと思います。
 
 父は元会社員ですから、農業しながらも、休みはきちんと取るというメリハリのある営農スタイルでした。私もそれをみならって、茶道やフラダンス、パラグライダーなどの趣味にかける時間も大切にしています。

 そうやってライフワークバランスを整え、楽しみながら農業したい。私は、農業は「長く続けられる仕事」であるべきだと思っています。そのために、続けられる仕事の方法を自ら実践していきたいし、後の世代にも伝えたいと思っています。
 
 販路についても、両親の時代からの顧客とのつながりも大切にしていますが、スーパーでウチのイチゴを買い求めていただいた洋菓子店に直接卸したり、最近はSNSから注文を受けたり、新しいことにも挑戦しています。2023年からは食べチョクなど産直サイトに出店するための準備を進めています。常にうちのイチゴを買ってくださるお客さまを大事にする気持ちで農業を続けています。(記:沼田実季)

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