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平田 謙次/slowberry strawberry

法人名/農園名:slowberry strawberry 
農園所在地:福岡県糸島市
就農年数:8年
生産品目:イチゴ「あまおう」「さちのか」、直売所で販売するスイーツ類(スムージー、いちご大福、フルーツサンド、いちごジャム)
HP:https://www.slowberry.net/

no.31

大量生産から完熟まで"ゆっくり"育てる農業へ。元銀行マンが移住先で育てる個性とは?

■プロフィール

 山口県の兼業米農家の次男として生まれるが、家業を継ぐつもりはなく、横浜国立大学経済学部を卒業後、地元の銀行に就職して法人向けの融資の営業を担当。大分や福岡など2〜3年ごとに転勤する生活を送るうちに、地に足がついた農業を志すようになる。

 西日本最大のイチゴの産地である福岡県を移住先に見据え、各地のイチゴ農家を訪ね歩いた結果、大都市・福岡市に近い糸島市での転居・就農を決める。2014年10月、銀行を退職し、2015年1月に移住。

 ベテラン農家で栽培技術を学びながら、地域への挨拶を続けた結果、4カ月目で好条件の農地と住まいの紹介を受ける。その年の夏には、12アールから栽培を開始。JAの生産部会に所属して6年間は大量生産のための栽培技術を磨く。

 2021年に生産部会を脱退後は、慣行栽培とは正反対の完熟するまでゆっくり株で育てる栽培方法に切り替えた。2022年、朝摘みイチゴのパック詰めやスイーツを販売する直売所をスタート。

 「ゆっくり育てて、すぐに食べると、ベリー美味しい」という意味を込めて「slowberry strawberry」というブランドを立ち上げ、店舗設計からホームページ作成、スイーツのレシピ開発まで、プロのデザインチームがトータルブランディングを手がけた。

■農業を職業にした理由

 銀行で法人向けの融資を担当した13 年間に多くの経営者に会ううちに、「自分も起業したい」「地に足のついた仕事につきたい」と考えるようになった。

 時間をかけて妻と話し合った結果、家族でイチゴ狩りに行った思い出から「自分たちが好きなものを扱う仕事をしたい」とイチゴ農家を志すように…。当時、住んでいた福岡県であれば「あまおう」が産地化しているので栽培技術が確立し、研修先も多いとして、休みのたびに県内のイチゴ農家を訪ね歩き、最終的に糸島市を移住先に選ぶ。

 2014年の脱サラ後は、地元の新規就農者ネットワークから紹介された高齢農家で研修しながら、就農への思いやプロフィールを書いた挨拶状を携えて訪問を繰り返すことで、地域社会にスムーズに馴染む努力を続けた。

 これが功を奏して、子供の通学・通園先近くに見つかった農地で、中古のビニールハウス3棟を購入。当初はJAの生産部会に所属して、収穫量を追求する栽培に専念していたが、次第に量よりも味にこだわる栽培方法に興味を持つようになった。

 そうしたなか、完熟まで時間をかける市外のベテラン農家を知ったことがきっかけとなって、こだわったイチゴ作りをしたいと生産部会を脱退。農協や仲間からは無謀だと引き止められたものの、植物性堆肥を使った土づくりからやり直し、農薬の回数を減らして、ハウス内の暖房や電照もやめ、灌水も制限するという一般的な方法とは正反対の栽培に挑戦。

 収穫量は減ったが、完熟まで時間をかけた分、濃厚な甘さと酸味と香りのバランスがとれた理想としていたイチゴ作りに成功。2022年には自宅倉庫を改装して、直売所を開設。イチゴの商品価値を高めるために、デザイン会社に依頼して、ロゴや店舗デザイン、HP作成まで、トータルブランディングに力を入れた。

 主力商品のパック詰めイチゴに加えて、プロの料理研究家の監修で、スムージーやいちご大福、フルーツサンド、いちごジャムなどを開発。生産農家にしかできない、朝摘んだばかりの完熟イチゴを使ったスイーツを目当てに福岡市から訪れる客も増えている。

■農業の魅力とは

 銀行員は2〜3年で転勤がありますから、一生は続けたくないと考えていましたが、さまざまな業界の経営者に出会えたことは勉強になりました。農業は何でも自分で決められますし、転勤もありません。

 13年のサラリーマン生活で貯蓄はありましたから、家族全員が好きなイチゴ作りを仕事にしたいと、「あまおう」の産地、福岡県での就農を決めたのです。

 それでも、銀行員を辞めて農業をするなんてアヤシイ人間だと思われないか心配でした(笑)。営業マンの経験を活かして、移住直後から「農業への想い」と「家族のプロフィール」をまとめたA4サイズの挨拶状を名刺代わりにあちこちに飛び込み訪問を続けました。

 生産部会に参加していた6年間は比較的順調で、最後は上位1割の収穫量を上げることができるようになりましたが、大量に促成栽培するやり方よりは、量は減っても味にこだわる方法に興味を持つようになりました。

 イチゴは追熟しても甘くなりませんし、鮮度がいのちですから、流通に乗せるためには、完熟する数日前に摘み取ってしまいます。そこで市外のベテラン農家さんから教えていただいたように、ハウスの加温も電照もやめて、水やりも減らすことで、イチゴが完熟するまでじっくり育て、一番美味しい時に食べてもらう方法に切り替えました。

 このやり方は、収穫量は少なくなりますが、その分、濃厚な甘さが高付加価値につながります。燃料代が高騰していますから、暖房や夜間照明の必要がない栽培はコスト削減になります。

 直売所では、主力のイチゴのパックだけで勝負するのもアリですが、福岡市から足を運んでいただくお客さまに、SNSなどで広めてもらうためにも、スイーツも楽しんでもらっています。

 6次産業化と言っても、単なるスイーツでは大手には敵いませんから、農家にしかできないことを目指そうと、朝摘みの完熟イチゴを材料にしているのが売りです。

 農業は目の前の畑で採れたものを食べてもらえる仕事です。私もせっかく育てたイチゴがうどん粉病の被害にあったり、完熟させすぎて廃棄処分させるなどの失敗を経験しましたが、天候や植物が相手の仕事ですから、何年続けていても毎年同じようにはならないし、つかみどころがないのが農業の魅力だと思います。

■今後の展望

 2022年は、うどん粉病の発生や、完熟させすぎて腐らせてしまった被害があったので、その反省から、作付面積を20アールから16アールに減らしました。そのうち、一定割合をJAに出荷していますが、栽培方法はすべて同じで、JA出荷分だけ、完熟より早めに収穫しております。

 それでも2023年は2月までの2カ月で、売上が増加傾向にあります。販路も複数の直販サイトから、ふるさと納税の返礼品などに拡充しています。 また、農協の生産部会は脱退しましたが、出荷部会には今も所属しているので「slowberry strawberry」のブランドではないイチゴの出荷も続けてます。

 料理研究家にレシピ監修していただいたスイーツ類は開店したら数十分で売り切れてしまう人気商品ですが、製造を担当する妻の負担が大きいので、今後、これ以上種類を増やす考えはありません。

 今後は、シーズン期間中は、パートタイマーさんを増やすなりして、オンとオフのメリハリをつけていきたいと思います。イチゴは1年に1回しか作れませんから、私もまだ8年目、今の栽培方法に切り替えてからは3年目です。

 銀行員時代、さまざまな経営者や事業を見てきましたが、最後に生き残るのは際立った個性があるものだけ。私たちにしかできない農業を「ゆっくり」育てていきたいのです。

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