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目糞、鼻糞を笑う事勿れ:ショートショート

「目糞、鼻糞を笑うってあるじゃない」
「どうした。藪から棒に」
「いやね、目糞が鼻糞笑う姿をリアルに想像してほしいのですよ」
「できねぇよ、そんなもん」
「目糞というくらいだから、目にある訳じゃない」
「まぁ、目の付近にあるわな」
「それでさ、鼻糞というものは、その名の通り鼻にあるじゃない」
「まぁ、鼻の中にあるわな。たまに飛び出してる人とかいるけど」
「目糞って、そこまで大きくない訳じゃない」
「まぁ、大きい目糞付いてたら嫌だわな」
「だからさ、その大きくもないサイズのものが、わざわざ笑うためだけに目から鼻まで移動するって凄いよね。もはや愛だよね、それ」
「愛、ではないと、思うが……」
「うん、愛だよね、愛。愛があれば、ラブイズオッケーだよね、うんうん」  
 何が「うん」なのかは俺にはわからないが、彼女にはわかるのだろう。
 いずれにせよ、彼女はそんな突拍子もないことを唐突に繰り広げてくるような女性だ。

 そうして、言い終わってスッキリしたのか、彼女はどこかに行ってしまった。
 やれやれと思うと同時に、俺の顔は少しだけ綻ぶ。

 さて、寝るとするかと俺は思う。
「電気消すぞ」と俺は彼女の方に声を掛ける。
 返事はない。もう眠ってしまっているのかもしれない。

 翌朝、起きると俺は酷い寝汗をかいていた。覚えてはいないが、物凄く辛く暗い夢の中にいたような気がする。

「ねぇねぇ。知ってる」
「なんだよ」
「UFOってあるじゃない」
「あぁ、未確認飛行物体な」
「UFOって何の略だと思う」
「ふ。俺を甘く見るなよ。unidentified flying object だろ」
「ぶー、外れー」
「な。じゃあ、なんだよ」
「Umai Futoi Ookii の略でしたー」
「なんだよ、それ」
「君の大好きなカップ焼きそばだよー」
「ふ。くだらねぇー」
「あ、今、笑った。笑ったでしょ、ね。笑ったよね」
「……笑ってねぇよ」
「えー、笑ったじゃんー。嘘吐きー」
「笑ってねぇって……!!」
「ほらほら、怒らない、怒らない。だってさー、君が笑ってくれないと、私、成仏できないじゃない」

 俺は彼女が死んでからというもの、笑顔というものを忘れてしまった。
 そんなことだから、彼女はこのところ毎日俺の元へ笑わせにやって来る。
 その度に俺の目が潤んでいることを、彼女はきっと知っている。

「ほらー、笑ってよ」
 彼女の語尾が揺れていることを、俺は知っている。

 あぁ、君がまだ此処にいてくれるなら、俺は絶対に笑わない。

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