学びと継承:口伝と文章
歴史学的には、話しして残す口伝などを主体に様々な伝統や知見が伝わってきました。たくさんの史料は残されていますが、口伝の方は暗黙知で、一子相伝のように伝えられたり、ある時代には集中的に文章化して史料として残されています。今でも歴史学ではそうやって頑張って過去へアタックし続けているし、現在の情報も未来へ向けて史料化、資料化を常に考えて取り組まれていると思います。
最終的に時代に残るのは口伝えで残っていくものよりは、言語化され、史料化されたもののほうがきちっと残りはします。ですが、口頭でも、技術などのように暗黙知や体験として伝えていくというのも非常に大事な方法ではあるのは間違いないです。伝統芸能などでは今でも師匠から弟子へと言語だけではなく、感覚的なもの、体術や動作、所作なども含めた伝承が行われます。言葉だけではなく、五感すべてを使い、それこそ寝食を共にして育てていくという方法が採られます。
これはトップアスリートでもありますし、経営者などでも帝王学として受け継がれている部分はあると思います。さて、口伝と文章。どちらの方がより多くのものを次代に、後世に残せるでしょうか?
今の時代はとにかく言語化、資料化しやすい時代ではあります。今までは語ることはできても、文章にすると陳腐化したような知見でも、ChatGPTや様々なAI、ツールなどを使えば要約や生成、音声認識などでも文章に変換したり、資料化することができます。
今までは属人的なことで、継承しにくかった作業や行動、技術なども、録画技術や分析技術など、様々なツールを使えば多くを残せるようになってきています。こうしたnoteもそうですね。1人の頭の中にあったものを書き出す場所がある。環境がある。見るチャンスがある。それは素晴らしいことだと思います。
だからこそ、神屋は多くの方々に書くことをおすすめしますし、話すことをおすすめします。ご自分では気づきていない様々な体験談や思考、知恵や知識などは後世にとっては貴重な史料になりえるし、今の時代でもすぐさま活動する上でプラスに働くことも多いです。
昔はそういった情報を秘匿すること、うまく使うことで権力化したりできましたが、今はそういった手法を使う場所はよほどのレッドオーシャンでない限りはスルーされ、界隈そのものが廃れるだけとなってきました。
都会はともかく、地域が衰退する遠因の1つにはこうした部分があると思います。歴史学的にも地域における史料は少なかったり、どこかの古民家に埋没したりといったことがありますし、魅力ある出来事なども、発信されず、文章化されず、消失していく、機会を逸していることもいくらでもあります。
ですので、これからの地域起こしや創生、活力を生み出すのはそういった歴史的な史料の発掘と同時に、現在に生きる自分たちの情報をどんどん言語化し、シェアし、発信していくことだと思います。
このnoteが参考になれば幸いです。こういった考えのもと、神屋とともに加古川を中心とした播磨地域、兵庫県で活動しませんか?学びにきませんか?オンラインでも可能です。いつかスポーツ史料館や史料館なども作りたいですね。インタビューや電子書籍化も検討しませんか?
こういった感じで発信や創作、フリーで活動するためのノウハウ、こういったテクノロジーをスポーツやコーチに活かす方法。いろんなことが研究材料となると思います。学びに来る方、一緒に研究する方はぜひ登録、参加ください!
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