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あの夏、僕達は漫才の向こう側に行った


毎日note更新92日目。

9月が始まって4日経った。

僕の中で9月はM-1の季節である。

毎年8月から9月にかけてM-1グランプリ1回戦は行われる。

僕は9月に1回戦に出る事が多かったので9月はM-1の印象が強いのだ。

僕はコンビを組んでいた時以外にも2016年〜2018年の3年間、同期のピン芸人達とトリオでM-1に出場していた。

僕の元同居人でもあるムキムキ筋肉芸人のボブ、僕の一番の飲み仲間でもあるチャレンジ芸人のアキラ、そして僕の3人である。

普段ピン芸人の3人がM-1の時だけ即席のユニットを組んで漫才していたのだ。

トリオ名は「まっくすたいぷ」だ。

このまっくすたいぷで出るM-1はめちゃくちゃ楽しかった。

元々全員ピン芸人なので変に気負うことなく自分達のやりたい事をやる事が出来た。

ネタ合わせが楽しかったのはこのトリオでやった時だけかもしれない。

この3人でM-1に出た3年間は今振り返ってもいい思い出である。

中でも印象深いのはこのまっくすたいぷの三年目にあたる2018年のM-1出場である。

この年僕達はアクシデントを乗り越え漫才の向こう側に行く事が出来たのだ。



2018年9月。

僕とボブとアキラはサイゼリヤに集合していた。

M-11回戦に向けてのネタ作りのためである。

僕達まっくすたいぷは最初に出た2016年は1回戦を突破したがその次の2017年は1回戦敗退に甘んじていた。

自分達の中ではかなり手応えがあったのだが、おそらく下ネタ過ぎるめちゃくちゃな内容がダメだったのだろう。

そんな経緯もあって3人はリベンジに燃えていた。


まずはネタのテーマを考える。

ボブの口から淀みなく下ネタが溢れ出る。

まるで泉のようだ。

去年はこの泉を全て取り入れた結果、とんでもないめちゃくちゃなネタが出来てしまった。

ボブの下ネタは恐ろしい。

ついつい手を出したくなる甘い誘惑がある。

言うなればドラッグである。

気付いていない人も多いがNSC29期で一番ぶっ飛んでいる人はボブだと僕は確信している。


今年もこのドラッグに手を出しそうになったがそれでは去年の二の舞である。

僕とアキラは断腸の思いでボブの下ネタを無視した。

そして今年はしっかりとした漫才を作ってみようという方向に決まった。

ちなみに3人の役割は

僕がツッコミで2人がボケである。


そこから長い時間みんなで考えた結果

今年の漫才のテーマは

「ゆるキャラになりたい」に決まった。


なぜこのテーマだったのかは今となっては分からない。

煮詰まりに煮詰まった結果めちゃくちゃいいテーマに思えてきたのだ。

これは煮詰まった会議あるあると言える。

いつの間にか「ゆるキャラになりたい」はテーマに居座っていたのだ。


とりあえずこのテーマでネタを考えていく事にした。

しかし中々いい案が出てこない。

そもそもこの3人で「しっかりとした漫才を作る」という事なんて出来るわけなかったのだ。

そして四苦八苦し何とか作り上げたネタの内容は


アキラとボブがゆるキャラになりたいと同時に言いだす。

アキラは自分がビバリーヒルズ出身だと言い張り、ビバリーヒルズのゆるキャラ「ビバちゃん」になる。

ボブはゆるキャラの事を「人体をゆるくするキャラ」だと勘違いしており、ビバちゃんの関節を外そうとする。

最終的に僕が二人にめっちゃ引っ張られる。


今書いてて改めて思う。


なんじゃこら。


しっかりとした漫才はどこにいったのか。

ボブの「人体をゆるくするキャラ」て何やねん。

全く意味わからん。

で最後にっしゃん何で引っ張られてんねん。

どんな展開やねん。


しかし当時の僕達はめちゃくちゃ満足していた。

僕達の代表作が出来た、と。

待ってろM-1、と。

後は世間を驚かすだけだ、と。


数日後、僕達は練習を始めた。

練習してみると何となく3人の中に疑問が芽生えた。


「あれ?このネタほんまにおもしろい?」


特にアキラがポーズを決めて「ビバちゃんや!!」と叫ぶくだりは

僕は内心「あ、ここめっちゃスベリそう」と思ってしまっていた。

じゃあその場で言えやっていう話なのだが。


その後、数日間練習を重ねた結果

何となくこのネタスベりそうとみんな思ったのか

終盤に新たな強いくだりを1つ入れる事になった。

ここでいう「強い」とは「おもしろい」や「ウケそう」という意味である。

そして出来上がった強いくだりがこちら。


ボブ・アキラ「にっしゃんこの前パチンコいくら負けたん〜??」

にっしゃん「8万や!!!」


はい、なんじゃこら。

これのどこが強いくだりなのか。

僕が8万負けた事の何が強いのか。

そもそもゆるキャラと何の関係もない。

しかし僕達はなぜかこのくだりで爆笑し、このネタの自信を深めていった。

そしてもう1つ、最後に僕が二人に引っ張られる部分をブランコのように前後に激しく動くように改変した。

僕の両腕を持ったアキラとボブが僕を前後に激しく揺さぶるのだ。

今書いてて改めて思う。

だから何やねん。


当日。

僕達はめちゃくちゃ気合が入っていた。

最高のネタが出来た。

後はやるだけである。

出番の少し前に公園に集合してネタ合わせをする事になった。

「どうもどうも〜!!!」

2人の気合が伝わる。

これはイケそうだ。

そしてネタ合わせは最後のくだりに入る。

ボブとアキラが僕を前後に激しく揺さぶるシーンである。

2人が僕の両腕を掴んで思いっきり前に振る。

2人ともいつもより力が強い。

気合が入っている証である。

僕は勢いよく前に出る。

そしてグッと左足を踏ん張った瞬間


ブチッッッ!!!!


左足から何か音がした。

絶対これ何かやった。

左足に力が入らへん。


ボブが無表情で言う。

「これやったな」


いや、やったなてあんた。

何で無表情やねん。

どないすんのよ、これ。


アキラの方を見る。

アキラは心なしかニヤニヤしていた。

いや、何で笑っとんねん。

とりあえず左足めっちゃ痛い。

僕はおそらく前代未聞の

本番直前のネタ合わせ中に負傷したのだ。


そこからはボブとアキラの肩を借りながら何とか会場へと移動した。

しかし相当まずい。

全く歩けないわけではないが普通に歩けない。

舞台袖からマイクに移動するまでかなり変な感じになる。

そして最後の僕を揺さぶるくだりは絶対に出来ない。

どうするか。

出番直前僕達は必死に考えた。


本番。


「どうも〜!!!まっくすたいぷです!!!」と元気よく叫ぶアキラ。

左足を引きずる僕。

そして

ありとあらゆる様々なマッスルポーズを披露するボブ。


僕達が考えた作戦はこうだ。

ボブが様々なマッスルポーズを披露する事によりお客さんの目線を一点に集め、僕が足を引きずっている事を気付かなくさせる、というものだ。

アキラの「どうも〜!!!」をバックにボブが肉体美を披露している。

M-1が一瞬でボディービル大会の会場へと変化した。

そしてそこからネタが始まる。

アキラ・ボブ「ゆるキャラになりたい」

いや今さっきのマッスルポーズラッシュ何やってん。

普通に関係ないネタ始まったやん。

おそらくお客さんはこう思っただろう。

しかしこれはアクシデントなのだ。

これ以外どうしようもなかったのである。


ネタが進んでいく。

アキラ「ビバちゃんや!!!」

会場シーン

僕は思った。

「やっぱりな、、、」

だからその場で言えやって話なのだが。


それからボブが「人体をゆるくするキャラ」になりアキラ扮するビバちゃんの関節を外そうとする。

うん、何回書いてもわけがわからない。

とりあえずここまでは全くといっていい程ウケていない。

そしてネタも終盤に差し掛かり

新たに追加した強いくだりがやってきた。


ボブ・アキラ「にっしゃんこの前パチンコいくら負けたん〜??」

にっしゃん「8万や!!!」


会場シーーーーーーン。

あたりは静寂に包まれた。

そらそうである。

急に僕のパチンコの負け額を言って一体何になるのか。

これのどこが強いくだりやねん。

むしろとどめさしたやないか。


強いくだりも敗れ去った今、僕達に残されたのは最後のボブとアキラが僕を激しく揺さぶるシーンだけだ。

ここで何とかするしかない。

しかし左足を負傷した今、当初の前後の動きは出来ない。

どうするのか?

何と僕達は出番直前、新たな動きを生み出していたのだ。

ボブとアキラが僕の両腕を掴む。

そしてそこから

2人が僕の両腕を高速でグルグルと回転させ始めた。


僕は両腕を2人にグルングルン回されている。

まるで風車のようである。

これなら足に負担はかからない。

負担はかからないのだが


何これ???


僕達3人を含め会場全員が思っただろう。

一体何だこれは?と。

デブが2人に両腕をグルングルン回されている。

何をしているのか分からなかっただろうし、何でこうなったのかも分からなかっただろう。


腕の回転数が上がっていく。

僕は両腕を回されながら視線の先にぼんやりと

真っ白な世界が見えた。


あれはたぶん漫才の向こう側だ。

真っ白で温かな世界が広がっていた。

おそらくスベって極限状態を超えた先にたどり着ける世界なのではないか。

もしかしたら僕の回転している両腕が空間を切り開いたのかもしれない。

たぶん僕の両腕を必死で回している2人にも同じ世界が見えていたと思う。


2018年。

僕達はアクシデントを乗り越えて漫才の向こう側にたどり着いた。

僕は一生あの瞬間を忘れないだろう。

「まっくすたいぷ」の思い出は永遠である。

ちなみに僕の左足の負傷は肉離れだった。

今はもちろん完治しているのでご心配なく。











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