佐々木仁孝

「風を読む~風土に培われる琉球ガラス」で第4回おきなわ文学賞受賞。 早稲田大学文学部文…

佐々木仁孝

「風を読む~風土に培われる琉球ガラス」で第4回おきなわ文学賞受賞。 早稲田大学文学部文芸専修卒業。三田誠広氏に師事。小浜清志、絹谷朱美、河林満(故人)、花村萬月などと交流を持つ。 東京都出身。沖縄県在住。

最近の記事

短編小説「満天の星」

 ハレオさんは汗に濡れた額を手の甲で拭った。そして窯の奥へと目を凝らす。何かが動いたと感じたからだ。しかし、そこには何もなく、満天の星々とただ海風にあおられたサトウキビ畑が静かに揺れているだけだった。 「な? いま何か見えなかったか?」  ハレオさんは六歳になるワタルに声をかけた。  なんも、とだけ言ってワタルは窯の口から噴き出すガラスの粉を目で追っていた。ハレオさんは夜十時を過ぎると、工房に戻り、ガラスを窯に継ぎ足しに行く。 ワタルはハレオさんにくっついて夜のガラス

    • ハンビー食堂

      ぼくが学生の頃、貧乏学生ご用達、といった感じで「大戸屋」があった。手頃な価格でちょっとした「おふくろの味」を食すことができた。しかし、何年前からか、この大戸屋は貧乏学生にはちょっと敷居の高いものになった。沖縄では国際通りに面したところに一軒ある。ここの鯖の塩焼きを好んでよく食べる。だが、読谷に住んでいて、ちょっと晩ご飯に鯖の塩焼きが食べたい、となると、わざわざそのためだけに那覇まで出るのは、難儀だ。先週の工芸市のときにお会いした読谷在住の詩人・野村さんと「食事に行きたいですね

      • 沖縄は傷だらけ

        10月下旬。東京時代から親交のある脚本家が娘さんを連れてきた。 娘さんは、沖縄に住む人々から直接「平和」についてお話を伺いたいという。 辺野古について。 佐敷教会の牧師さんからQABのドキュメント番組のビデオを見せていただくまで、正直、ぼくの中ではピンと来ない出来事でした。抵抗運動が、新左翼的だという風にも思っておりましたし。抵抗運動をしている方々と自分との間に距離を感じていました。 しかし、この番組は、防衛施設局(国)の数知れぬ非人道的な対応を映しこそすれ、抵抗運動を

        • 病気を語る。

          去年の冬だったろうか。国道58号線から見える海岸(恩納村)にむかってシャッターを切るぼくに、工場長は「写真に撮るほど?」と訊ねてきたことがあった。どうして? この美しい海に撃ち抜かれない? と逆にぼくは問いただした。あれから半年以上は経っている。毎日180度視界が開けた海を眺めて暮らしていると、たしかに、あのときの工場長がそうリアクションしたことも理解できる。「当たり前」になっているのだ。美しい空も海も星もいまでは「当たり前」。もちろん、美しいと感じるし、陽の光の射し具合で変

        短編小説「満天の星」

          カタツムリの歩み

          ・気を長く持つこと。 ・負の感情を溜め込まないこと。 ・感謝の気持ちを忘れないこと。 ワールドカップが始まった。 「もう4年が経ったのか!」と驚いた。「人生の夏休み」の間の時間の感覚というのは、ひどく鈍っているし、薬の影響もあるのだろう、記憶が非常にぼやけてもいる。 4年前の今頃は初診から3ヶ月目で、「重度のうつ病」と診断されたあとも大学の入試システムを構築し、タウン紙の副編集長を務めていた。タウン紙の副編集長を引き受けたのは、モノを書くことを仕事に持たなければ自分は小説

          カタツムリの歩み

          調子を崩したとき

          午前中、営業のためのパンフレットなどを作り、夕方から屋我と沖縄市へ。パークアベニューにあるAsian Flavorsというギャラリーで「輝く沖縄のガラス展」が開催されているためだ。ここで展示されているものは、すべて2つの工房のもの。ディスプレイが凝っていて、涼やかでありながらも温もりのある琉球ガラスの魅力がうまく表現されていてなかなかよい。このギャラリーは喫茶店も兼ねている。ここのアイスコーヒーがうまいんだ、と屋我に勧められたのでオーダーしてみた。たしかに、うまかった。 「

          調子を崩したとき

          沖縄滞在7ヶ月

          沖縄に移り住んで間もなく7ヶ月になる。「1週間があっという間に過ぎていく」と月曜日が訪れるたびに思うのだが、「あっという間」がいくら重なっても「あっという間」でしかなく、この7ヶ月は嘘みたいに早く過ぎていった。うつの最も激しい頃、ぼくは布団に根を生やした植物のように寝つづけていた。あの頃の時間の感覚と今とでは明らかに違う。 「スロウライフ」とか「沖縄に流れるスロウな時間」などといったキャッチコピーをよく耳にするし、自分も好んでそのような表現を用いていたのだが、「スロウ」とい

          沖縄滞在7ヶ月

          モノを書くということ

          一軒家を家賃1万円で貸してくれるところがあるという。これは最近のぼくのトピックス。東京に住所も住民票もおいたままなのだが(東京にぼくの家があり、家賃もまだ払いつづけている。とにかく引越すだけの時間がなかったのだ!)、そろそろ沖縄に籍を移してもいいのではないか、とこの話をもらって思い始めた。今回沖縄へ来たのはほとんど「勢い」だったので、引越に伴う手続きは何も行っていない。いまの工房生活にほとんど不満はないが(小説を書く時間さえ取れれば何の問題もない)、沖縄に根を張るためには沖縄

          モノを書くということ

          記憶の病

          5月のある日、激しい雨音で目が覚めた。正午過ぎ。その前にも何度か目が覚めたが、「今日は休日、しかも雨」という脳の指令により、ぐったり。ぼくに電話、ということで起こされ、ようやく脳が目覚めたのが午後1時過ぎ。その後、請求書を起こし、某リゾートホテルへ。また、工房に戻り仕事をしていたところ、「休日なんだから、どこか逃亡しちゃえ。このままだとずっと仕事することになるぞ」と屋我に言われる。晴れていればマングローブの生い茂る北部へ行ってみたかったが、「さて、どうするか?」と車を走らせな

          ニラカナちゃんフィーバー

          ニラカナちゃんの人気はじわじわと広がりはじめ、沖縄三越にもおいていただくようになった。そして今日、10色のニラカナちゃんを福岡出張(納品)させた。また、現在、工房の近くのショップにもニラカナちゃんスペースが設けられ、ニラカナちゃん読本・「ニラカナちゃんのひみつ」も同時に置いていただいた。ショップの担当者がニラカナちゃんにえらく惚れ込んでいて、イメージにあわせ流木を拾い、その周辺でニラカナちゃんが舞うようなディスプレイをしてくださっている。 また、レストランのいかついウェイタ

          ニラカナちゃんフィーバー

          病気は恩人

          沖縄に住んで4ヶ月が経った。 沖縄在住の早稲田大学出身者の会や、ぼくが作ったトンボ玉のキャラクター・ニラカナちゃんのコミュニティができ、毎日を楽しく過ごしていた。ニラカナちゃんは、芸能界でも浸透しはじめ、またニラカナちゃんにまつわるハッピーな話題も増えた。 昨年の夏、父は聴力を失った。突発性難聴という病による。原因不明の病気で特効性のある治療法もないといわれている。「耳が聞こえない」ということがどれほどのことなのか、ぼくには想像することができない。東京を離れる直前まで、父の

          病気は恩人

          父と別れ、沖縄での新生活が始まる

          昨晩はほとんど眠れなかった。午前4時ごろ携帯電話を見ると、2年前に別れた彼女からメールが入っていた。「東京に戻っているなら連絡をとりたい」といった内容だった。タイムスタンプは前日の夜9時。今日には東京を発つ。連絡を入れてもややこしいことにはならないと思い、「戻っていたけれども朝には東京を発つよ」と返事を書いた。すぐにメールの返事があった。睡眠薬を飲んでいたのでぼくの意識は朦朧としている。 そのあと電話で何か話したが、あまり記憶には残っていない。ただ、「ぼくがいなくなってしま

          父と別れ、沖縄での新生活が始まる

          沖縄永住の覚悟

          東京での仕事があるというので、この機会にクルマを東京から沖縄に送ることにした。父とは3ヶ月ぶりの再会だった。 朝、ぼくの車を運転して我が家まで父がきた。ぼくを起こすためだ。 ぼくにとって何よりも嬉しいことは、補聴器さえつければ、会話ができる程度に父の聴力が戻っていることだ。突発性難聴についていろいろ調べてきたけれども、このような例は他には聞かない。初めにかかった病院でも、人工内耳手術をしなければ聴力は戻らないと言われていた。 だから、沖縄にいるときに母から、父の耳が聞こ

          沖縄永住の覚悟

          沖縄在住の早稲田出身者の会を作る

          1年前の今頃は沖縄を懐かしみ、沖縄にいた余韻でなんとか生きながらえていた。その沖縄が、いまは生活の場となっている。不思議といえば不思議なことだ。 ぼくを苛んだ病は、本当に自然な形で小さくなってきている。自分のなかでも、「もう大丈夫だろう」という思いが立ってきた。たまたまいまは受験シーズンであるが、この「もう大丈夫だろう」という感慨は、浪人生時代の、早稲田大学受験前夜を思い出させる。「これで終わった。この1年ぼくは本当に良くやった。大学には合格するだろう。しかし、なんとなく寂

          沖縄在住の早稲田出身者の会を作る

          ニラカナちゃんストーリー

          海のむこうにあるという神の島・ニライカナイ。ニラカナちゃんは、ニライカナイからやってきた妖精です。 東京の生活に疲れた小説家・ニラカナさんが、ふらっと沖縄を旅し、海を眺めていたときのことです。透き通った沖縄の海と空。どこまでもつづく水平線。空と海の境目もわからない。目に入る沢山の自然の恩恵に、ニラカナさんは手を合わせるような思いでした。 そのときです。波に乗って小さな生き物たちがやってくるではありませんか 「魚かな? 貝かな?」 ニラカナさんは腰を下ろし、顔を近づけてみま

          ニラカナちゃんストーリー

          ガラス工房所属小説家

          トンボ玉でオリジナル作品を作り始めて数日が経った。名前が思い浮かばないので、「ネーミングの天才」とぼくが呼んでいる黒糖屋のショウさんに以下の注文をつけて、名づけをお願いした。 ・沖縄らしい名前 ・海に関連するもの ・天使に関連するもの うーん、そうですねぇー、とちょっと首をひねって彼は言った。 「ニラカナなんてどうでしょう?」 「ニライカナイのニラカナちゃん?」 「そうそう、そうですっ!」 「超ナイスネーミング!」 男二人で、わははわははと笑いあった。 いま抱えている仕

          ガラス工房所属小説家