うみしずか

弾力

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ギガロポリス・ウィズ・ミミック

「で、その動く樹の捜索に付き合ってくれってことかい」 話を引継ぐヤガを横目に私は頬に生えた触角の一つを千切って口に放り込む。 古都カングルワングルは内海に匹敵するほどの直径と山脈に影を落す程の高さを誇るが、そんな巨大階層都市でも魔術に汚染された風を完全に遮断することはできず、おかげで私のようなミミックの肌は手入れを怠れば吹き込みに当てられて酷い変身(ミミクリー)を起こしてしまう。 変異部位は生え次第刈り取ることにしているのだが、 「また勝手に結界切りやがったなババア」

    • デバフ

      「あなた魔法間違ってかけてない?」 薪が爆ぜた。舞い上がった火の粉は風に運ばれ、遠くにそびえる塔のある方角に吹き流されていく。夜風に当たる甲子の顔が、セーブポイントの光に青白く照らされる。 「超回復だよ」 塔の後景には分厚い霧の壁がたちこめていて、頂上ではクリスタルが光っている。 「抵抗力を増やすために組織がちょっと多めに再生しているんだ。次同じ攻撃を受けた時のためにそうなるようにしたの」 私達の目的は、塔のクリスタルを手に入れること。霧はその分厚さで私達がその向こうに進むこ

      • 微笑み

        席を揺らす振動で舌を噛まないように気をつけながら私はサンドイッチを頬張る。 サンドイッチは早朝冷蔵庫を開けた中にあったものだ。その冷蔵庫は今はもう遠くにある。 車窓から見えるのは以前として赤茶けた大地とまばらに生えた植物だけだ。車窓からは間断なく土の匂いを運ぶ風が送り込まれて肌を打つ。それらを背景にして隣の座席には甲子が座っている。ステアリングの下半分にしか届かない短い腕で舵をとり、下半身を座席に埋めるように傾けてアクセルを踏んでいる。まだ幼い私達にとって車の運転は常時柔軟体

        • 魔術師とゴーレム

          「甲様、ちょっと」 詠唱を中断して振り返る。 乙がいるのはテラスのはずだが、伸び放題になった草花のせいで庭に出ているようにも見え、彼女の立っている場所は特に花が密集している。テラスに伸びてきたものも含めて全て一からやり直そうと思っていたけれど、あそこはそのままでもいいかもしれない。あとで伐採用魔法陣を書き直す必要があるだろう。 「『様』は要らないって」 と言うと、はっとした様子を見せ、申し訳なさそうに肩をすくめる。それも注意したかったが、するとさらに落ち込みそうなので、やめて

        ギガロポリス・ウィズ・ミミック

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        • 逆噴射小説大賞2020参加作品
          5本

        記事

          光の中

          樹冠から降り注ぐ陽光を背に、倒木をゆくハキリアリの隊列を眺めていた甲は、慣れた匂いが鼻腔を通り過ぎていくのに気づいた。 折り畳んでいた脚を広げて、幹を降り、まだ葉の上に残っている昨日の雨粒を弾き飛ばしながら、林の中へ分け入っていく。匂いを辿っていくうちに地面の傾斜は急になっていき、下に大きな岩でもあるのだろうか、そこだけが丘のように盛り上がった地形にさしかかった時、甲は丘の突端に乙の姿をみとめた。 みとめたといっても乙の体を全部、というわけではない。丘の突端には、折れ曲がった

          木の葉

          甲子の頭の上に木の葉が乗っていることに気づいたのは中学二年の夏休みの時だ。木の葉はどの種の樹木のものかは分からないが、広葉樹林のそれであることは確かで、真ん中に丸い切れ目が開いていた。私がそれを認める前、甲子は夏休みが始まってから一週間ほど祖父母の家に出掛けていたので、乗ったのはその一週間の間だと思う。位置は、頭頂部の後ろ寄りなので、正面から見ると気づきにくい。祖父母の家は山の方にあり、山菜とキノコのよく採れる自然豊かな土地として知られている。都会にはいないような獣の姿も頻繁

          遠い

          車内から出ると満点の星空だった。「わあわあ甲子見て見てオリオン座」と袖を引っ張る乙音を「天体観測じゃないんだから」と振り払い、トランクから荷物を取り出し始める。広場にいるのは私達二人だけで、周囲には草の匂いが立ちこめている。「今日は来るといいねえ」と乙音は言いながら、プルトップを倒し、缶をぐいとあおるが、即座に私はそれをひったくって中身を地面にぶちまける。乙音はぶうぶうと文句を垂れる。異星人と私達が倫理やマナーを共有しているとは考えられないが、それでもコンタクトでへまをしない

          城主とくノ一

          「殿。甲ノ国城塞の地図にござります」 と脇息にもたれた私の前に巻物が広げられる。 戦国の世というくらいなのだから、城主個人の事情がどうとかよりも自分の領地の安全を考えろと思うのに、女城主、女城主と内外うるさい。まあ比較的イレギュラーな例なんだから気になるのは百歩か千歩か万歩譲って仕方がないとして、それをとりわけ誇張して、それがもとで相手を見くびってしまうのを見るともう救いようがないな、と思う。領内の人々が言うなら、軽蔑で済むが、これが敵国となるといよいよ救いようがない。大名を

          城主とくノ一

          沈む

          ぐっ。 カッ。 ぐっ。 カッ。 ぐっ。 カッ。 飲み下す音とグラスが面にぶつかる音。 決まったペースで。 相手もそれに合わせてグラスを仰ぐ。 脇についた店員は干されたそばからグラスを満たしていく。カウンターの幅一杯に列をなす琥珀色。音響のせいか自分の目がおかしいのか、うるうると揺れ、照明を反射している。 一番壁際に置かれたグラスを飲み干し、折り返す。 ぐっ。 カッ。 ぐっ。 カッ。 相手はまだ平然としている。 清潔な顔つき。 好みのタイプ。でも乙美ほどじゃない。 乙美は分か

          記念写真

          甲子は鬼だ。マジの鬼だ。 赤い。 金棒を持っている。 時々人を食う。 そんな奴がなんで転校してきたのか分からない。 あっちの事情なのだという。 あっちっていうのは地獄のことで、最近善人が溢れかえってしまっていて、というかそもそもあっちに行く人の数自体が減ってしまっていて、どうも地獄的に商売上がったりなのだという。地獄にも経済は回っているんだと思ったことをよく覚えている。こうも死者の供給がないと関係者を現地に出向かせて調達してくるしかなく、後代の育成も兼ねてということで甲子のよ

          山と谷

          三日に一回、私はあなたに裏返る。 「そう、私たちはちくわなんだね」 と、女学院という場ではひどく頓狂に聞こえる語彙(というかこれに関してはどこで発されてもそんな印象を受けるのでその効果を狙って作られたジャーゴンなのではないかと思うのだが)をいつかの生物の時間に呟いたのは、私だったかあなただったか。 窓から射し込んで教室中の物に散乱する午後の日射しに邪魔されて、あの時の記憶はどこまでも曖昧なままだ。その光の弾幕の中でもくっきりと浮かび上がっているのは、教師が黒板に書いた解剖図で

          Cursor Girl(2)

          前回 https://note.com/nikyu_nikyu_/n/n4877b6f23293 「なんでこんなに多くの郷田がいるんだよ」 というのが、添付範囲を誤ったことで町内全域に大量に複製された郷田を見て統男が発した言葉だ。 彼が組織した調査団体によれば、複製された郷田の数はざっと見積もって千人ほどらしい。今、千「人」といったが、この単位を今の郷田に適用するのが正しいのかどうか分からない。 「文字化け」が原因だと詩洲香ちゃんはいう。郷田だったデータが規格の違う空間に

          Cursor Girl

          詩州香ちゃんがまた郷田をコピペしている。 私の指はね。神様がくれた指なの。 初めそう聞いた時、彼女にしては随分安い台詞を言うな、と思ってしまった。その台詞が、生きていることの有難みを謳ったものではなく、他者をひれ伏させる圧倒的権能を誇ったものだということに気づかされたのは、付き合ってから一週間くらいのことだ。 「やめてくれやめてくれ、もう飛騨には手を出さないから」 詩洲香ちゃんの指は止まらない。そもそもなぜ今まで気づかなかったのか不思議だ。詩洲香ちゃんの指になぞられた郷田の身

          超大型機動自律兵器スノー・ホワイト

          昔々。 王国。城の最深部。 「ああそうさ、やったのは私だよ。馬鹿な娘だ、見知らぬ人の差し出す物によく手を出せたもんさ」 老婆は腕と壁を繋いだ鎖をがちゃつかせる。皺と老斑に覆われているものの、姿の変わる前の美貌はその顔に確かな痕跡としてとどまっている。 「無駄話はいい。聞かれたことに応えろ」 「何度も言ってるじゃないか。口づけしかないんだって」 尋問官の手には押収した林檎が握られている。二週間外に放置しているのに、黴一つ付かない。 「愛する人の口づけでしか、目覚めない。あたしで

          超大型機動自律兵器スノー・ホワイト

          Please Calm Down a Little

          空が斜めに裁断されていた。 端末であればそこで画面が破損しているかのように断ち切られていた。言い換えれば、そこから先は「語る」必要はない、というように「オチ」を付けられていた。 「綺麗にオチてねえなあ」 オチ。話の結末とか、クライマックス。読者がそれを境に物語から関心を失っていく特異点。 —世界を、それを認識する者にとっての物語、と捉えてみましょう。器官を通して得られる感覚情報を題材に、即興で書かれる物語、と。物語だと劇的過ぎますね。落語、小噺くらいにとどめておいた方がいいか

          Please Calm Down a Little

          Brave Buzzy World

          広告が端末画面から溢れ出て、生命圏の八割がスパムの海に沈んでから、どれくらいの時が経ったのだろう。 「リセマラ不要!美少女と共に秋のインターンシップに参加してきたるイノベーションを全身脱毛!今だけ【特報】【特報】【特】ほほほほほほほほ#」 物思いに耽りながら放った銃弾は脳天を貫き、広告粒子(プロモ・グレイン)によって流し込まれたお得情報の地獄から住民を解放した。 「生存者は極力救助するはずでは」 マスクにくぐもった声でリゼが言う。 「広告粒子(グレイン)の浸食が激しい。仮に浄

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